黄泉帰り
第1話 死は甘い蜜の味
2020年。
東欧で俺は死んだ。
「……」
全身血塗れのまま、空を見上げる。
ドローンが飛び交い、それを戦友達が銃撃している。
あれに
まさか、ドローンに機関銃が装着してあるとはな。
最期に
誰かがポケットに手を入れ、
ありがとう。
流石、戦友だ。
名も知らぬ戦友は、先端にライターで火を
最期くらい挨拶したかったが、これじゃあな。
「……」
故郷に残した子供や親友が、脳裏を駆け巡る。
これが、
遺書を作っておくべきだったな。
最期の
世界中で沢山の敵兵を殺した俺には、相応しい末路だろう。
多くの戦友は麻薬中毒で
俺の場合は、五体満足。
綺麗さっぱり、葬式が出来る筈だ。
……駄目か。
口から煙草がこぼれ落ちる。
これが俺———ルー・ブラッドリーの前世であり、最後の記憶だ。
今?
何の運命か、
「たっ君、また考え事?」
目の前に恐ろしい程、顔が整った美少女が、現れる。
ポニーテールをした身長150cmの
この体の持ち主である幼馴染。
全く自分で言うのも何だが、目付きの悪い犯罪者面の俺に、こんな
日本人の美的感覚は、よく分からない。
「あー。手術でボーっとしているんだよ」
大概はこの説明で皆、納得する。
学校の先生も。
だが、この女は馬鹿なのか反応が違う。
「大丈夫?」
今にも泣き出しそうな面で、慌てる。
良い奴なんだろうが、正直うざったい。
幼馴染だからこそ心配なんだろうが、何せ手術前のこの男と俺は違う。
例えるならば、ゲルマン人とスラブ人並に違う。
……日本人には、分かり難かったか?
「大丈夫だよ」
作り笑顔で話す気は無いと、暗に伝えるが、彼女はやっぱり、優しい。
「体調不良なら、すぐ言ってよね? お母さんに診てもらうから」
「……ありがとう」
日本人は優しい民族のイメージがあるのだが、彼女は程度が過ぎる。
戦場なら真っ先に殺されているだろう。
「……」
彼女に気付かれない様に
死んだら楽になれると思っていたが、どうも神様はサディストらしい。
沢山の人命を奪った俺を今度は、平和な国で生き地獄に遭わせたいのかもしれない。
だが生憎、俺は無神論者だ。
あー、
勘違いする人が居るかもしれないから、念の為。
司のお母さんが、俺の主治医だ。
臓器バンクに登録していた所、丁度、手術の数日前に適合者が見付かり、移植されたらしい。
適合者は言わずもがな、生前の俺。
戦争の混乱に乗じて、なんやかんやで日本まで来た。
酷い話だろう?
家族は、俺の死体を見る事は無いし、退職金も送金されている筈だし、米軍からも年金が入っていると思う。
確認したいが、日本での俺(臓器移植前の人格)は、養子の身。
簡単に海外に行けないし、行くことさえ
司の話じゃ、俺に病気が見付かった途端、両親は
生後3日目で育児放棄とは、良いご身分だ。
恐らく俺は、元々望まれていた訳ではないのだろう。
一夜限りの愛で出来た産物を、両親が一生をかけて養うのは、モチベーションとしては難しい。
責任逃れは、非難するがな。
兎にも角にも、俺は男のきょうだいを望んでいた北大路家に引き取られた。
親が
命を救うには俺の手は汚れ過ぎているし、第一、医学は苦手だ。
戦場でも
その点、軍人は
まさに学がない俺には非常に分かりやすい仕事だ。
こういう采配も、神様が俺に更生を願ってる証拠だろう。
全く、変に生きながらえてしまった所為で生き地獄だよ。
これだから、神様ってのは信用出来ないんだ。
「又、ボーっとしている」
体育の授業中、司が話しかけて来た。
スクール水着が、眩しい。
日本人の美的感覚には首を傾げざるを得ないが、こればかりは認めざるを得ない。
「泳げる?」
「ああ。得意だよ」
日本は島国の為、多くの学校には、プールが設置してある。
夏の間しか使わないのに、維持費が勿体無い気がするが、泳ぎは出来ていた方が良いだろう。
水泳に馴染みが無い国々では、水難事故が起きる度に死者が出ている。
一方、日本では、その数は、少ない印象を覚える。
結局は、自分の身を守る為になるのだから。
「あれ? たっ君、金槌じゃなかったっけ?」
しまった。
そうだったのか。
でも、今更、言い訳面倒だな。
「泳げるよ。200kmくらいはぶっ通しで」
「またまたwww」
嘲笑された。
うわ、すげー不愉快。
信じて無いな。
指の関節を鳴らし、ストレッチ。
こう見えても若い時は、特殊部隊の
多分、海上自衛隊より泳力あるぜ。
そして、そのまま飛び込む。
「あ、北大路!!!」
先生が慌てて後に続く。
手術の後遺症による異常行動と思ったのか、酷く慌てている。
が、俺はどんどん泳いで突き放す。
他の生徒達も、唖然としている。
然し、油断大敵。
25mをターンした所で、足に激痛が。
(
そのまま、大量の水を飲み込む。
息が出来ない。
誰かの叫び声が聞こえたが、多分、司だろう。
折角、生き長らえた義弟が溺死するのは、見たくない。
近くに居た生徒達が我先にと集まり、水中深く沈んでいく俺を担ぎ上げ、何とか縁に上げる。
意識不明になる寸前、救急車のサイレンが。
俺には、
「 」
司が抱き着いて、何事か騒いでいる。
止めろ、そんな顔するな。
守りたくなるじゃねーか。
救急隊員が到着する寸前、目の前が真っ暗になる。
これで第二の人生、終焉だな。
司の顔が、浮かぶ。
彼女の人生が、何故か脳裏で映写機のように流れる。
俺の葬式で大泣きする司。
出棺時、「私も一緒に焼いて」と懇願する司。
お墓の前で離れずにただただ、俺の彫られた名前を指でなぞる司。
……
卒業後、他家とお見合いし、結婚。
家庭を築くも、その顔は何時も作り笑いを浮かべているだけ。
そして、起床時と就寝前に仏壇を手を合わせ、居ない俺の為に御飯を用意している。
夫は何も言わないが、内心は幻滅だろう。
新妻が
俺も夫の立場なら、同じくドン引きするだろう。
2人は仮面夫婦とし、外では夫婦円満を装いながら、内では家庭内別居。
とても幸せそうには、思えない。
「……」
気付くと俺は、ずーっと見ていた。
夫の方ではなく、義姉を。
死んでも尚、あれ程想ってくれているのは、嬉しい。
又、夫は殴殺したい感情を持つ。
惚れちまったのか?
この娘に。
16歳は確かに魅力的だが、俺本来の好みは、25歳以上のバリバリしたOLの様な感じ。
日本では余り見た事は無いが、所謂、格好いい女性だ。
……
自分の手を見る。
もし、これが、恋愛感情とするならば、臓器移植前のたっ君のそれだろう。
臓器移植した事で、前世の記憶を持ったり、故人の趣味嗜好に変わったり、と。
様々な例が、報告されている。
その中で、1番興味深いのは、『肌色の変化』だろう。
あるロシア人がアフリカ系の臓器を移植してもらった所、見る見る内に肌はアフリカ系のそれになった例がある。
無論、全ての場合がそうなるとは限らないが。
人体の不思議か、神様の悪戯か。
兎にも角にも、人種が、変わったのは、事実だ。
(司よ。神がくれた好機だ。この人生、君が望むなら君の為に生きるよ。恩もあるしな。次があれば、だけど)
決意表明直後、眩い光を感じた。
天国への階段か、地獄の業火か。
覚悟を決めた俺は、目を開けるのであった。
「zzz」
と、寝台の上で寝息を立てる姫。
否、司。
俺の枕を奪い取り、添い寝している。
美少女が目前に居るのは思春期男子には刺激が強いだろうが、生憎、俺は元妻帯者。
子作りだってしている。
今更、こんな事で息子は、元気にならんよ。
ふと気付くと、俺は点滴をされていた。
見慣れた病室に嗅ぎ慣れた薬品。
ここは、北大路家だ。
「起きたわね。馬鹿息子」
点滴を入れ替える為に、女医がやって来た。
30代なのに大学生に見える恐ろしく美人な彼女こそ、俺達の母親、皐月だ。
眼鏡をかけ、泣きぼくろがチャーミング。
が、マイナス点は、相手に冷たさを感じさせる所だろう。
女王様を彷彿とさせるその印象は、幸運にも司に受け継がれていない。
良かったよ。
司までこんな感じだったら、肩身の狭い思いをしていた所だ。
「相変わらず、司には、懐く癖に私には、失礼ね?」
「何も言っていませんが?」
「女は男が幾ら誤魔化しても、本心は、分かるものよ。逆の場合は、男が馬鹿だから見抜けないけど」
おー、口を開けば女尊男卑。
俺が、市民団体なら確実に性差別として抗議するよ。
ただ、理論的には、間違っていなさそうなのが、現実っぽいが。
「司に良い所見せたかったのかもしれないけれど、明らかに筋力が足りないわ。運動は、前にも言った通り、程々にね?」
前言撤回。
優しい言葉に、惚れ掛ける。
糞、こんな美女を
会った事無いけど、会ったら、殴ってやる。
……が、訂正すべき点は、早急にしなければならない。
「申し上げ難いですが、自分は、司に惚れていませんよ?」
「あら、小さな頃に結婚を約束していた仲なのに?」
衝撃の事実。
俺の子供が、俺の知らない所でそんな約束していたなら、相手を児童ポルノで通報するね。
「昔はそうだったかもしれませんが、今は無いですよ」
「じゃあ、私?」
な?
魔性の女だろう?
だが、司と比べたら、皐月は、俺好みだ。
「では、立候補させて頂きます」
「ばっか。私が愛しているのは亡き夫だけよ? もし、結婚したいなら、それ位の
詰まり「国立大医学部に入って、首席で卒業し、自衛隊の医務官になれ」と?
俺くらいの実力なら、自衛隊でも活躍出来るが前者に関しては、無理だ。
「鬼ですね?」
「娘が優しいからね。その分、厳しくしないとね」
皐月の携帯電話が、震えた。
「急患みたい。じゃ、行くわ」
「行ってらっしゃい」
白衣を翻し、出て行く。
が、数秒で帰還。
「忘れ物ですか?」
「そんな所。娘が寝ている事を良い事に悪さしちゃ駄目よ?」
「例えば?」
「薬品使って
「医者にも母親にも似つかわしくない問題発言ですね」
「それが、私よ」
俺の額に口付けし、患者の元へ走る。
1分1秒が大事な医者なのに、この為だけに戻るのは、あまり感心しない。
だから、皐月は苦手なんだ。
「……」
静かに口紅の跡を拭っていると、
「たっ君、死んじゃ嫌」
「ぐわ」
姫が抱き着き、押し倒す。
司が覆い被さった為、身動きが出来ない。
点滴も外れ、意識が遠のく。
(司に殺されるんだけど?)
胸中で突っ込みつつも、悔しさは無い。
激痛の中、苦しみ死ぬより、愛を隠さない女性に
「お休み。姫」
皐月の真似で、司の額にキスすると、
「えへへ」
姫は、幸せそうに微笑むのであった。
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