第7話 Was mir behagt, ist nur muntre Jagd!
学校には近隣に米軍基地がある為、必然的に我が子を通わす米兵も多い。
基地内にも学校はあるのだが、
「折角、日本に居るのだから日本文化を体験させたい」
という親心が理由だ。
「―――」
「―――」
「———」
ドレッドヘアやアフロのアメリカ人生徒が、日本人同ように登校している。
こういった生徒が居る為、校則は緩い。
不純異性交遊以外、学校は基本的に問題視しない方針だ。
また、女子生徒が妊娠しても、学校側がバックアップする
恐らく、日本一緩い学校であろう。
当然、緩ければ緩いほど、生徒側も増長しやすい。
例えば彼のように。
(良い
ジョン・クレボルド。
軍人のような丸刈りだが、両耳には大きなピアス。
首筋には、双頭の鷲を
言わずもがな、丸刈り以外はどこの学校でも校則違反であろう。
刺青に関しては、開いた口が塞がらない。
もっとも、当校は違う。
生徒にアメリカ人が多い為、文化的背景を除けば、ドレッドヘアでも刺青でも認められる。
クレボルドは、左右に女子生徒を侍らして歩く。
代々、軍人の家系であり、退役後は政治家に転身する一家だ。
高校生で愛妾の1人や2人、居ても不思議ではない。
既に隠し子も居るだろう。
(お、いいじゃん)
クレボルドが目を付けたのは、ある日本人女子。
ポニーテールをゆらゆらさせるあの娘は、有名人だ。
名は確か、北大路司。
実家が医者で、日本の政界に大きな影響を持つ名家の
「HEY!」
声をかけるも、彼女は無視。
よくよく見ると、隣の男子生徒に夢中で話しかけている。
「……」
イラっとしたクレボルドは、その男子生徒の前に足を出す。
(
が、願いは空しく、男子生徒は足元を見ないまま、ジャンプして避ける。
分かっていたかのような反応だ。
「な!」
驚くクレボルドの目に映ったのは、中指であった。
男子生徒は、振り向きように
『クソガキが』
とでも言いたげに。
(……野郎)
宣戦布告されたクレボルドの怒りは凄まじい。
「……」
「あ、おい!」
丁度、目の前を通った野球部員から金属バットを盗む。
そして、男子生徒目掛けて振り上げた。
「「きゃー!」」
取り巻きの女子生徒が逃げていく。
「おい、あいつ、やべえぞ!」
「先生、呼べ!」
一斉に他の生徒達も距離を作る。
「死ね」
剣道のように金属バットを振り下ろす。
誰もが死んだ、と思った。
その時、
「……」
男子生徒は頭をずらし、肩で受ける。
ボゴッ!
鈍い音がした。
「!」
一度ならず二度までも避けられた事に流石のクレボルドも動揺を隠せない。
「たっくん!?」
司が、慌てて男子生徒を診た。
女医の娘だけあって、直ぐに診断を下す。
「打撲だ!」
「そうだな」
男子生徒―――北大路煉は、冷静沈着であった。
「う……」
その三白眼に、クレボルドも後ずさる。
軍人の父親が本気で叱った時よりも恐ろしい。
かつて映画で、米兵を演じたベトナム戦争を知る本物の教官を彷彿とさせる。
「……」
視線だけで震えが止まらない。
金属バットを落とし、腰が抜ける。
直後、駆け付けた警官隊に捕まった。
「変な人だったね?」
「そういう事もあるさ」
肩に包帯を巻いた俺を、司は心配していた。
病院から帰って来て以来、ずーっと、付きっ切りだ。
「でも、凄いね。やり返さないなんて」
「『弱い者ほど相手を許す事が出来ない。許すという事は、強さの証だ』」
「ガンジー?」
「そうだよ」
前世では、傭兵であったが、その実は平和主義者だ。
『崩れ落ちる兵士』などで有名な戦場カメラマンのロバート・キャパがWWII後、自身の名刺に『職業・無職』と入れて平和を喜んだように。
俺もまた、平和を好む。
殺し合いは、ゲームの中で良い。
「良かったよ。報復しなくて」
「何が?」
「仕返ししていたら、しょっ引かれるからね」
「そうだな」
逮捕を恐れて被害者になった、と司は思っているようだが、実際には別の理由がある。
俺が自制したのは、相手を殺さない為だ。
司や野次馬が居なければ俺は思う存分、力を発揮し、あいつを殺していた。
(本心からは、許していないけどな)
救急車で搬送されている間、俺はロビンソンに報告し、あいつの正体を調べさせた。
そして、実家の
仏教徒ではないが、合掌である。
「おーい、バカップル。イチャイチャするのは、ホテルか布団の中だけにしとけ~」
「先生、セクハラですよ」
ドッと、教室は揺れる。
この学校の特徴の一つが、担任の先生が若者な事。
大卒1年目や20代前半を積極的に採用し、意図的に生徒との年齢差を少なくしている。
こうする事によって、世代間ギャップを薄め、両者の交流を深め様という訳だ。
担任の冗談に生徒が突っ込む。
俺と司の仲は、半ば学校公認だ。
これほど自由恋愛OKな学校は、珍しいともいえる。
「たっ君。子供は、何人欲しい?」
「おいおい、被せるなよ」
「それは包茎? それともゴムの話?」
どこまでも下ネタな担任であった。
数時間後、
「……?」
「お早う。クレボルド君」
「! 何だ?」
暗い部屋でクレボルドは、ロビンソンと相対していた。
2人は、対等な関係ではない。
クレボルドは、椅子に縛られているのだ。
「おい、外せよ! これ!」
「無理だな」
ロビンソンは、煙草に火を点けて咥える。
イケメンだけに画になる事は言う迄も無い。
「手前は、アチソンラインを越えた」
「? 何の話だよ?」
「お前は、とんだ親不孝ものんだな? 折角、何代もの先祖が守って来た青を次からは、赤に変えちまうんだからよ」
「!」
「次の大統領は、赤で決まりだな?」
「お、おい! 俺は―――」
「今の大統領は、君を酷く嫌っておられるよ。可哀想に。20歳も迎えられないだろうな?」
「……」
その真意は分からないが、危機的状況な事だけは、分かった。
「冗談、だよな?」
「冗談で大統領は、怒らんよ」
扉がノックされた。
「おお、来たか?」
ロビンソンが、開けると、
「失礼します」
黒服にサングラスと、黒衣の男が登場する。
「おいおい、映画かよ」
「未だ冗談が言えるのは大したもんだ。流石、軍人一家だな」
「あ、おい―――」
男達は、レオボルドに頭巾を被せる。
その後、彼の行方を知る者は居ない。
『―――カリフォルニア州選出の議員が、昨晩何者かに襲われ、一家全員殺されました。大統領は哀悼の意を表すと共に「テロリストであった場合、対話する」と発言し、支持率が急落しています―――』
———
事件を伝える
何しろ犠牲者は左派政党所属の議員。
対して放送局は、保守色が強い報道機関であった。
それをシャロンは、基地内のテレビで観ていた。
「……」
神妙な面持ちで。
大統領は軍縮を進めていた為、一部の軍人からの評判は悪い。
支持率が下がるごとに彼などは、嬉しそうに、ポスターに生卵を投げつける。
上官がシャロンの隣に座った。
「大事件ね? また、政権交代かしら?」
「多分、そうなるでしょうね」
カリフォルニア州は、左派政党の大票田だ。
1992年以来、左派政党の連勝が続いている。
大統領選挙の際、ここは、極めて重要な選挙区だ。
ここの選挙人は、全米最多の55人。
270人以上の選挙人(2020年現在)を得る為には、55という数字は非常に欲しい。
「今回の事件とは無関係なのかもしれないけれど、つい先日、この議員の息子が暴行事件を起こしたんだって」
「暴行事件?」
「そ。全く、私の子供が通う学校で起きるなんて。やっぱり、基地内の学校の方が安全かしら?」
そう言って上官は、新聞を見せる。
―――
『【アメリカ人留学生を暴行容疑で逮捕】
私立・明神学院にて、暴行事件が発生した。
容疑者は、16歳のアメリカ人男子留学生。
酩酊状態で登校した挙句に、日本人生徒に因縁をつけて金属バットで殴る蹴るの暴行を加えた。
生徒は、肩を打撲するなどの重傷。
動機は、現在、捜査中である』
―――
小さい記事だが、写真付きだ。
野次馬の誰かが、スマートフォンで撮影したのを使用しているのだろう。
暴行されている被害者の顔は分からないが、女子生徒を庇っているように見える。
記事には無いが、女子生徒が絡まれたのを守った裏の物語があるのかもしれない。
「……!」
そう思った時、電撃が体を貫くような感触が走った。
思い出したのは、亡き父との思い出である。
ある年の独立記念日、軍服で着飾った父と一緒に街を歩いていたら、石を投げられた。
犯人を見ると、『反戦』のプラカードを掲げた男であった。
恐らく父親が、米兵である事を知っての投石であろう。
2個目の石が飛んでくる。
今度は、大きめ。
1個目で距離を測り、目標を定め、2個目で狙いに行くという算段と思われる。
「……」
幼かったシャロンは敵意が判らず、ただ茫然と突っ立っていた。
今、思えば鈍感であった事は、確実だ。
大きめの石は、シャロンの頭に当たる。
寸前、
「!」
バッと、父が間に入り、自ら受けた。
父の頭部から血が流れる。
騒ぎに気付いた他の人々が2人を守り、男は警察官に捕まった。
「おとうさん……」
そこでシャロンは、初めて父が自分の代わりに流血したこと
を知る。
死んじゃう、と本気で思い、血を必死で拭うも止まらない。
焦るシャロンとは対照的に、父は冷静沈着であった。
「シャロン、良いかい? 『弱い者ほど相手を許す事が出来ない。許すということは、強さの証だ』」
「? だれ?」
「ガンジーというインドの偉い人のありがたいありがたい言葉だ」
「……?」
「今は分からなくても良い。怒る時は人の為の時だけであれ。優しくなるんだぞ?」
「……シャロン?」
「先輩、この新聞、貰っていいですか?」
「う、うん。何か良いのがあったか?」
「はい♡」
父とは違うが、この男子生徒は、父と似た雰囲気を感じる。
今まで勉強ばかりしていた不思議ちゃんは、導かれるように少年に惹かれるのであった。
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