第50話 ライバルに宣戦布告された件

 帝都音大の運営は優秀だ。

 ラスト公演が終わるや否や、今までどこに隠れていたのかと思うほどに一斉に薄黄緑色の《TEITO FESTA》Tシャツを羽織った運営の人達が出てきて、すぐさま撤去作業を開始する。

 おそらく全会場からステージが消え去るのに1時間もかからないだろう。

 一糸乱れぬ動きで会場を駆け回っているのは流石の一言だ。


 この優秀すぎる運営の方々がいたからこそ、1時間のインターバルしかない会場変更に、集客人数計算、観客の完璧な誘導などがこなされていたのだ。


 次々と運ばれていく機材を見送りながら、俺とセナは世話になったB会場を後にする。

 TRUE MIRAGEは第5公演後にまたすぐ寮前ステージの方に戻っていった。

 曰く、17時からはスタープラネットミュージック主催の握手会やら何やらのイベントがまだ残っているらしい。

 ライブを終えてもなお仕事が山ほど残っているというのは、アイドルという仕事も大変なものだ。


 こっちは既に満身創痍。腕の筋肉は張り切っている上に体力もほぼゼロ。何なら早く帰って2日間ほど廃人のように寝込んでいたいまであるというのに。


「音楽祭1位、おめでとうございますっス」


 セナは後ろの方から何か言いたげにわざとらしく俺の肩を揉む。


「どーも。セナとトゥルミラの力有りきだったけどな。ホント、世話になったよ」


「カガリは完全復活した先パイが見れてめちゃくちゃ楽しかったっス。5公演のなかの3公演が30分ぶっ続けって、人間離れもいいとこっスもんね」


「おかげであと1週間はピアノには触りたくもないな」


「そりゃ良かったっス」


 ふと、セナは俺の隣で肩にポス、と。小さな挙動で拳を打ち付けた。


「前までは、弾くこと自体が考えられなかったみたいっスから」


「……そうだな」


 確かに、今までの俺には「弾く」という選択肢自体が頭の中になかった。

 いつの間にか、当たり前のように俺の生活の隣に再び「音楽」が現れたのだ。


 張って痛んだ腕の筋肉も、指先のちょっとした硬さも、親指の関節の痛みもそこまで不快じゃない。


 声の明るいセナの表情は、夕日の反射に隠れて確認できなかった。

 だが――。


「カガリはしっかり役目を果たせたみたいっス。大好きな先パイのピアノが戻ってきてくれた。ふふふん、こんなに嬉しいことはないっスよ。」


 どこか吹っ切れたその声は、いつも俺の後を追っかけてくる小動物でノリの軽い後輩・香雅里星菜の様子とはどこか違っていて――。


「セナ、俺は――」


 ふと、セナの方を向き帰ろうとした――その時だった。

 

「負けたわ!!!!!!!」


 突如前方から、それはそれは大きな声がした。

 思わず運営の人達が撤去の手を止めて、突如現れたその人物を凝視するほどに。


「……大瀬良?」


 ピアノ衣装のドレスを着替えることも無く、そのまま俺の前に立ちはだかっている辺り、相当急いでいたのだろう。

 息切れ混じりな大瀬良真緒は、眼光強いその吊り目を更に細めて俺をピシッと指さした。


「アンタたちがが第5公演でA会場の打診を蹴ったって知った時、正直舐められてると思ったわ」


「なんってドストレートなんスかこのヒト」


 大瀬良の一言に、ジト目でセナが返す。

 セナは本当に彼女とは馬が合わないな。


「でも、違ったみたい。アタシがどれだけ第5会場で気合いを入れても、アンタ達には敵わなかった。圧倒的なキャパ数を持ちながらアタシは負けたの。最後の最後に、舞台装置とコマ・・を揃えきったアンタ達は強かったわ」


 そう言いながら彼女はドレスの袖をぐっと握った。


 とはいえ大瀬が担当した5会場は全てA会場。加えてその全てで安定した観客動員数を誇っている。いわば、大瀬良ブランドは完全に確立されていたのだ。


 大瀬良真緒というピアニストを見るためにA会場に足を運び続けた人たちが、常に1200人を超える。

 これは彼女のピアニストとしての才能と努力がなければ成し遂げられない、途方も無い数字なのだが――。


「知っての通り、こっちのやり方はかなりグレーだった。大瀬良の言ってたとおり、モノとチャンスが運良くまわってきただけだ」


「それでもあなた達は、アタシに勝った。この事実は揺るがないわ。自信を持ちなさい」


「何スかその上から目線は。言いたいことがあるならしゃきっと言ったらいいじゃないっスか」


「……うるっさいわね」


 俺の肩越しでは、文字通りセナが「グルルルル」と威嚇する小動物のように唸っていた。


「あぁ、もう! だから! 今度はアタシの土俵で勝負するんだから――絶対に負けないから! 学期末の演奏試験、今度こそ覚えてなさい!」


 顔を真っ赤にした大瀬良は、再度ピシッと指を突きつける。


「逃げるんじゃないわよ! 勝ち逃げは許さないんだから! じゃーね!」


 言い捨てながら大瀬良は、纏うドレスの綺麗さとは真反対で子どもっぽく、ズンズンズンとその場を後にしていった。


 なんというか、相変わらず台風みたいな奴だ。


 今回の土俵は音楽祭。お祭り騒ぎの何でもアリな状況だった。

 次は学期末演奏試験。コンサートのような厳かな雰囲気でやる演奏。これは大瀬良の土俵だ。

 

「あのヒトも、なんだかんだ先パイが復活したのが嬉しいんっスよ。伝え方が不器用すぎるっスけど」


 そんな姿を見て、セナはポツリと呟いた。


「……あのヒト・・・・みたいに直接自分をぶつけられるのが、カガリは出来ないんで。羨ましくて、大嫌いっス」


 ふと、肩から重みが消え去った。

 セナがひょいっと肩に置いていた手を外したのだ。


「そういうもんか。そういや学期末試験ももう1ヶ月半ってとこだもんなぁ……。ま、それは後々考えるとして。セナには世話んなったし、どっか行くか。何でも奢るぞ」


 いつものセナなら、「おぉぉぉぉ!! いっスね! いっスね!」とぴょんぴょん跳ねて着いてくるのだが、今日は少し違ったようだ。


「んー、お誘いありがたいっスけど、遠慮しておくっスよ。カガリ、まだやり残してることあるんで……今日は、このへんで!」


 ぺかっと、ふざけた敬礼を交えてセナは俺の進路とは正反対の道を指さした。


「分かった。じゃまた今度何かお礼させてくれ」


「もちろんっス。たかりにたからせてもらうっスから、覚悟しておくと良いっス!」


「……お手柔らかにな」


 ブンブンと俺の姿が見えなくなるまで両手を振り続けるセナに、俺は一人で帰路へとついていたのだった。

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