第51話 幼馴染みがサプライズをしにやってきた件

 ――帝都音楽大学でのライブ、おつかれさまです。大盛り上がりでしたね!


『ありがとうございます。ファンの皆さまに楽しんで頂けたようで何よりです』


 ――その中でも話題となったのは、帝都音大の一般生徒さんとのコラボレーションだったそうですね。あれは元々打ち合わせをしていたことだったのでしょうか?


『あまりに彼の紡ぐ音色が綺麗だったことと、会場にいた皆さまが私たちの登場に期待して下さっていたことで実現したコラボでした。打ち合わせも満足に出来ないなかで上手くプログラムを遂行して下さった彼には、感謝しかありません』


 ――特に東城美月さんは、同じ一般生徒さんとのコラボを2回連続で行いました。それは第3公演にて同生徒さんがコラボした《ミスティーアイズ》の佐々岡みちる氏への挑戦状とも受け取れますが、いかがでしょう?


『否定は致しません。私たちがトップを目指す上で、彼女……佐々岡みちるさんは必ず超えなければならない壁ですから』


 家でぼーっとテレビを見ていると、先ほどの音楽祭のことが既にニュースになっていた。

 記者からのインタビューに淡々と答える美月の姿は、やはり格好良さが滲み出ている。

 とはいえ近寄りがたさもなく、いつにもまして爽やかである。


 あまりにもトゥルミラの営業戦略について、エンタメ……というよりかは経営側のような視点で話してしまう霧歌さん。

 そして何事も一言で返してしまう咲さんらを考えると、美月が自然とメディア対応の担当になっていったのだろう。

 美月の格好良さはメディア受けも抜群だからな。


 ――先月発売した6thシングル、『千の剣で斬り裂くように』はつい先日40万枚を突破しました。ミスティーアイズの最新シングル『短剣レイピアの突く先に』の60万枚に少しずつ近付いている今、その要因は何だと考えられますか?


『関係各所の皆さまのライブ手配や、応援して下さるファンの方々のおかげだと思っております。ですから、関わって下さった全ての人のために私は……私たちは、全身全霊で1位を目指していきます』


 美月の決意の一言に、テレビ右上のテロップでは『TRUE MIRAGEセンター 東城美月さん、堂々の1位宣言!!』と大見出しを付ける。


 確かに美月が公の場でここまでの意志を表明したのも初めてな気がする。

 あまりにも淡々とし過ぎている節もあるが、幼馴染みである俺には分かる。

 彼女の瞳には、確かな決意の炎が灯っていることに。


 ――ということはつまり、次の目標は8月下旬に行われるアイドル総選挙、というわけですね!


『えぇ、当面の目標と致しましてはそうなります。これからも精力的に活動していきますので、是非、変わらぬ温かいご声援をよろしくお願いしますね』


 ぺこりと21歳らしからぬ大人びた所作で御辞儀をする美月。


 インタビュー映像が終わり、テレビ画面はニュース番組のスタジオに戻った。


 スタジオのコメンテーターたちが次々にTRUE MIRAGEの躍進と現状トップのミスティーアイズについて、『アイドル戦国時代を勝ち抜くために』というテーマで語り始める。


 アイドル総選挙。

 それは1年に1回日本全国のアイドルグループの中から個人部門とグループ部門で競われる、アイドル界隈の頂点を決めるための人気投票だ。

 現状で3年連続で1位を獲得している絶対王者――ミスティーアイズ。

 同じく個人部門で2連覇中の佐々岡みちるさん。

 ここ3年で11位、7位、4位と着実に人気を伸ばしてきているTRUE MIRAGE。

 そして個人部門では5位、2位、2位と未だみちるさんを抜けずにいる美月。


 今年は特にTRUE MIRAGEの活動幅も大きく広がったことから、トゥルミラと美月の注目もうなぎ登りになり始めているそうだ。

 

「ここでついに宣伝した、か」


 タイミングを考えれば、確かに今が一番最善なのかもしれない。

 スタープラネットミュージックか、はたまた美月個人の意向かどうかは分からないが。

 全国ネットで彼女が大々的に宣伝したということは、これから世間にトゥルミラ旋風を起こす中では間違いなく波乱を迎えていくことになるだろうな。


 ――と。


 ピーンポーン、と。

 軽快なインターホンが鳴り響く。


「……セナか?」


 そういえばセナの様子もどこかおかしかったことも気になるな。

 もしセナだとしたら、世話になった分色々返させて欲しいな。

 インターホンを押して来客を確認する。


『かーずーくーん、あーそーぼーーー』


 ……美月だった。

 もはや一切正体を隠す気もなさげなトップアイドルは、インターホン越しに両手をぶんぶんと子どもみたいに振り回している。


 クールビューティー、どこいった。


 時刻は夕方の18時半。

 日は落ちているとはいえど、まだまだ人通りの多い時間だ。

 くすんだ緑色のパーカーとサングラス、ニット帽と一応形だけの変装はしているものの、そもそも美月の華奢な体格に合っておらず不自然さがマックスだ。


「周りに人は」


『……いません』


「尾行の可能性は」


『……ないと思います』


「手に持ってるそれは?」


『……さっきスーパーで買ってきた生ハムとアヒージョ、ナッツです。……あと和くんが大好きなチーズ春巻きと鶏皮チップスがあります』


「なんて不用心なんだと怒りたいところだけどチーズ春巻きと鶏皮チップスとで許さざるを得ないじゃないかッ!」


 ちくしょう、美月に好物を把握されているせいで食べたくなってしまった!

 そんなこんなで、打ち合わせの一つも無しに俺の部屋へと上がってきた現役トップアイドルは、スーパーの袋を台所に出すや否や「ふぅっ」と額に浮かんだ汗を拭い取った。


「……来ることさえ言ってくれてたら袋持つくらいはやっただろうに」


「ふふふーん! これはわたしからのサプライズだから、内緒にしておきたかったの!」


「……サプライズ?」


 俺の疑問に、美月は鞄の中からピンク色のエプロンを取り出しながら「うんうん」と頷く。

 背中まで垂れた長いポニーテールに白色のフワフワとしたシュシュを巻き付け、慣れた手つきで頭の上で邪魔にならないように結わえ直す。


 そして勝手知ったるかのようにウチの引き出しから包丁を取ってきて、彼女はピシッと決め顔をして言うのだ。


「それはもちろん、和くんが帝都音大で一番になったんだからやらないとだよね、そう! 祝勝会だよ! 不肖わたくし東城美月! 帝都音楽祭優勝者の和くんのために、腕に寄りを掛けて"手作り料理"を振る舞うのです!」


「分かった、分かったから包丁持ちながらガッツポーズするのやめろ、怪我するからな」


 TRUE MIRAGE不動のセンター東城美月。

 彼女がクールビューティーなのは、やっぱりテレビの中でだけだったようだ。

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