第49話 トップアイドルの凄まじさを体感した件
ラスト公演、第五会場は異様な雰囲気に包まれていた。
美月たちのいる寮前ステージとここ――正門前ステージを繋ぐ一本の道には、新たに追加された仮設ステージが設置されている。
そしてその全三箇所には大型LEDビジョンまで配置されている。
これで、トゥルミラの姿が遠くてもビジョンには大きく映し出されることになる。
演出としてステージの端から端まで駆け抜けながら歌って踊ることはよくあるものの、トゥルミラでさえここまで大がかりなステージは初めてだという。
一大学祭へのスタープラネットミュージックの金の掛け方が半端ないな……!
最終公演を残り2分に控えた中、B会場のステージ袖で俺は大きく一息ついた。
トゥルミラの3人は既に打ち合わせを終え、最初の会場である寮前ステージに待機中だ。
「先パイ、ファイトっス」
ぐっと拳を突き出してくれるセナ。
「特等席で先パイの勇姿見届けさせてもらうっス。ここまでして一番取れなかったら、全方位に全力土下座っスからね!」
結局最初から最後まで、セナには世話になりっぱなしだったな。
「もちろんだ。誰かさんのおかげで、30分弾き続ける体力はついたみたいだからな」
「あっはははは! 最後の最後にぶっ続けで弾き続けるの、最高に先パイって感じっスもんね! 後先の考えなさヤベぇっス」
言って、ゲラゲラとセナは笑う。
「最後の最後までぶっ壊れたことやらなきゃ、勝てないだろうしな。覚悟は決まってるさ」
そう、最後の最後に俺たちが選んだ手法は――。
『30分間のノンストップメドレーで行きましょう。曲は全てトゥルミラ楽曲。大学祭だけで披露する、スペシャルアレンジバージョン、とでも銘打ちましょうか』
開始時間が残りわずかとなるなかでのミーティング。
B会場のステージ袖でパイプ机を囲むのは俺とセナ、そしてTRUE MIRAGEの美月と霧歌さん、咲さんの面々だ。
トゥルミラの戦略担当であるらしい霧歌さんは、顎に手をやり小さく頷く。
『なるほど。確かにそれなら曲間もなくお客さまを飽きさせることはないとは思いますね。それにアレンジ、というと……白井さんがおっしゃっていた、藤枝くんバージョンとやらになるんでしょうか?』
『はい。俺はトゥルミラの曲であれば美月……さん、霧歌さん、咲さんのそれぞれの旋律を主としたアレンジが出来るような楽曲作りをしています。皆さんは30分間、自分の持ち場の旋律を主としたフレーズが聞こえてくれば、各々センターに立って歌ってもらう形になります。自分を主軸に据えた曲、覚えていますか?」
『んー、「千の剣」は、わたし……かな?』
『……わすれた』
『
『キリちゃん、すごい……! わ、わたしは和く……藤枝くんの言うことは、その通りやってみせますから!』
『……キリさんにまかせる』
なるほど、トゥルミラの戦略担当がこの二人じゃなくて良かったなという感じはある。
霧歌さんはきっと、トゥルミラの凄く重要な屋台骨を支えてくれているのだ。
これが客の前に行くと、途端にクールに舞って歌えるのだから本当に尊敬する。
それに美月は相変わらず外面と内面の使い分けが出来ていないのもあるしな。
そして再び、霧歌さんは俺の出したアレンジ譜面を見て呟いた。
『それに、これは……私のパートが変イ長調寄り、咲のパートがト短調寄り、美月のパートがハ長調よりの転調になっているわけですね』
『それぞれ
『ここで私たちは一時休息を取りながら交代で力を温存できるわけですか。それなら、藤枝くんはいつ休息を?』
顔を引きつらせながら、霧歌さんは問うた。
『演目が終わる、その瞬間からですかね』
『なるほど、覚悟は充分のようですね。では信じましょう。私たちに
『こんな提案しか出来なくてすみません。30分もノンストップで活動してもらうことすらずいぶん負担をかけてしまうのに……』
この作戦は、「曲が途切れないこと」が重要な要素だ。
だが、それがあまりにキツいことを俺は知っている。
にも関わらず、「何をおっしゃいますか」と霧歌さんはにこやかに知的な笑みを浮かべる。
『天下に名だたるTRUE MIRAGEたるもの、この程度出来なくてトップにはなれませんもの』
そう言って、霧歌さんは来た時同様にピシッと背筋を伸ばして帰っていった。
『……キリさん、凄くやる気』
それに着いていくようにテコテコと着いていく咲さん。
そして――。
『では、わたしも』
ひらひらと控えめに手を振りながら背を向けたトゥルミラ衣装着の美月。
はにかむような笑みで帰っていくその姿は、幼馴染みの姿か、はたまたトゥルミラの姿だったのか。
どちらにせよ、やはり俺の幼馴染みはとんでもなく、世界一に可愛かった。
――そして有言は、実行された。
演奏開始から15分。トゥルミラの姿こそ見えないものの、爆発するかのような大歓声と音響アンプから聞こえてくる歌声で、各地で相当な盛り上がりを見せていることがすぐに分かった。
大型ビジョンに映し出される彼女ら3人の姿は、テレビの中で見るよりも洗練されている。
数百メートルものステージ間を次々に移動していくことは初めてのはずなのに、笑顔とキレは少しも衰えず、ピアノの音に難なく追随してきてくれている――否。
――俺のピアノの音色が、彼女らの歌と踊りに引っ張られているのだ。
観客の感情の機微に合わせて動き方も細やかに変えていき、ビジョンから映し出される動きだけでもこちらに詳細な指示が伝わってくる。
譜面からでもなく、本人たちのテンションからでもなく、場の空気から察した曲調に自らの歌とダンスで曲の彩りを変えていく。
俺はこの場でTRUE MIRAGEと自身の音色をコントロールするつもりでいた。
だが彼女らは違う。
自分の持つ旋律とダンス、そして即席で組んだはずの俺をも最大限に使って、ピアノの音と、観客と、場の空気の全てをコントロールしていた。
その司令塔として躍動しているのは霧歌さんだ。
絶妙な位置でのポジショニングとアイコンタクトによる咲さんへの指示、情熱的なダンスで観客の目線を釘付けにしている。
咲さんは、その小さな身体からは考えられないほどの強靱なスタミナで、霧歌さんの指示を忠実に実行し、誰よりも速く、誰よりも幅広くステージをダンスと歌で駆け抜ける。
最後に美月は画面がよく映るセンターで、堂々と横綱相撲を繰り広げる。
彼女の持ち得る妖艶な魅力と歌唱力は大多数の観客の視線を集めるに申し分がない。
それぞれが持ちうる最大の魅力を、それぞれの場所で遺憾なく発揮している。
それがTRUE MIRAGEという日本トップクラスのアイドルグループの正体だった。
――自分で言っておきながら、着いていくのがやっとだな……ッ!
歌いながらB会場のステージに上がってきた三人を後ろ目で見ながら俺は鍵盤に指を沿わせ続ける。
俺は複数のトゥルミラアレンジを持っていた。
だが彼らは、会場に合わせた無数のアレンジを持っていた。
ただそれだけのことだ。
場数の違い、音楽の熱意への違い、普段行っているライブでのキャパシティの違い、その全てが集約されたラストライブ。
地平線に落ち行く日の光が、ステージに舞う3人を後ろから照らしていく。
天然ものの照明となったそれは、まるで彼女らに後光が差したかのように神々しくさえ思えた。
――これが、プロ……!
30分間の集大成である最後の和音を弾ききり、鍵盤を呆然と眺める。
頬を伝う汗をようやく拭い取ろうとした俺に対して。
「最後まで、ありがとうございました。最高のステージでまた皆さんにお会いできること、楽しみにしています!」
「……みんな、お疲れさま」
「ふふふ、またお会いしましょう。遠くない未来、また遊びに来ますね、帝都音大さん」
顔に滴る汗を拭うこともせず、最後まで笑顔とクールさを掲げて舞台上で御辞儀をする彼女たち3人の姿は――紛うことなきトップアイドルの姿そのものだった。
『音楽祭出場者各位:第5公演における観客動員数通知(16:30~17:00)
A会場:帝都音楽大学メインホール(1380/1500人→92%)→器楽専攻ピアノ科3年 大瀬良真緒
B会場:正門前屋外ステージ(1755/1000人→175.5%)→作曲学専攻科3年 藤枝和紀
C会場:体育館ホール(580/800人→72.5%)→和楽器ロック《SINOBI》
D会場:多目的ホール(378/500人→75.6%)→作曲指揮専攻科4年 島内彰・吹奏楽アカデミー
E会場:東門前屋外ステージ(180/500人→36%)→オペラ同好会
F会場:本館前ステージ(98/300人→41.3%)→ジャズバンド《LOCK STAR》
G会場:本館特大教室(72/100人→72%)→器楽専攻ヴァイオリン科4年 遠藤薫
H会場:2号館アンサンブルスタジオ(50/50人→100%)→音楽療法研究会
I会場:2号館軽音部サークル室(26/30人→86.6%)→ピアノ専攻科2年 加藤汐音
J会場:部室棟2階元演劇サークル室(8/15人→53.3%)→声楽専攻科1年
【備考】
寮前ステージ(1858/1200人→154.8%)
寮前―正門前間仮設ステージ(1152/800人→144%)→藤枝和紀+《スペシャルゲスト》TRUE MIRAGE
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