第48話 マネージャーに試されていた件
トゥルミラのライブは、ちょうどステージ替えのインターバル中だ。
あと10分後にもなればトゥルミラ側の第2ステージが始まる。
俺たちの第4公演を終えてすぐに美月もそれに合わせるべく、舞台袖で衣装替えを始めていた。
「お疲れさまっス、先輩。めっっっっっちゃ格好良かったっス!!!」
一人で舞台を降りた俺を、ステージ袖にて笑顔で出迎えてくれたのはセナだ。
汗を拭うタオルを渡してくれた優しい後輩の目元と頬は、少々赤みを帯びていた。
「一時はどうなることかと思ったけどな。トップアイドル様の
「そりゃあんなアツいライブ目の前で見たら目も熱くなるってもんスよ! トップアイドル二人も誘惑して! 先パイってばホントに罪な人なんスから!」
からかうように脇腹をつついてくるセナは、どこかいつもよりも空元気な様子があった。
「人の力借りまくってるからどうとでも言えるけどなぁ……」
「それも含めて、先パイの力っス。それにいよいよじゃないっスか。これほどの動員数ならラスト公演のA会場入りも間違いなし! これで名実共に先パイが学園祭のトップになるっスからね!」
未だ学園祭運営から正式な決定は下されていないが、ぱっと見ただけでも会場のキャパをゆうに超えた人数が動員されていただろう。
そうなると、順当に行けば次は帝都音楽大学最高峰のメインホールが舞台になる。
「そのことについてなんだけどな、セナ。俺はこのままB会場からトップ入りを目指そうと思ってる」
「……ここまで来てっスか!? 過去最高に訳分かんないっスけど!?」
口をあんぐりと開けて俺の腕をブンブンと振ってくるセナ。
時を同じくして、机の上に置いておいた携帯が振動する。
『もしもし、白井です。美月さんの説得、ありがとうございました。こちらのステージでもB会場からの観客も流れてきているので良い傾向です』
すぐに出ると、その人は俺が最も連絡を取りたかった相手――白井さんだった。
「こちらこそ美月の参加を認めてもらって、ありがとうございます。非常に助かりました。それにちょうどよかったです、白井さん。こちらから連絡をさせて頂こうと考えていた所でした」
『奇遇ですね。私も別件をお話しようとしていた所です。お先にどうぞ』
「単刀直入に言います。第5公演、TRUE MIRAGE全員とのコラボ許可をお願いしたいんです」
『……なるほど。詳しく聞きましょう』
「今はこの会場全体がTRUE MIRAGE旋風に包まれています。これを逃す手はありません。特にここの正門前ステージとそちらの寮前ステージは一本道で繋がっていますから、俺の受け持つ会場とそちらの会場を一つにまとめればさらに多くの観客動員が認められるはずです」
『次の第5公演では
「今のこのスタイルなら、格式張った建物で、荘厳な雰囲気のなか、クラシックを奏でるのは似合わない。殴りつけて、観客と一緒にブチ上がりながら、汗吹き飛ばして創り上げられるのなら。最適解はA会場ではなく、ここになるでしょうから。俺が最後にここで勝負を賭けたいんです。
――トゥルミラは日本一を目指すアイドルグループですよ。そのプロジェクト参加者が、たかだか一大学のトップになれずしてどうするおつもりですか?
かつて白井さんにぶつけられた言葉をそのまま返す。
俺の言葉に、電話越しの白井さんは少し考え込んでいる様子だ。
『……トゥルミラの最善を常に選択し続けねばならないマネージャーである以上、こちら側の客をただ流すだけになるならその提案は飲めません。会場を一つにするにしても大幅なステージ変更に、道途中にもライブビューイングを設置することになります。寮前ステージの観客動員も今以上になればこちらとしてもありがたいですが……和紀くんの力があれば、それが可能であると?』
白井さんの語気が妙に強い。
セナが心配そうに俺の方を見つめる。
だが、俺は自信を持って断言する。
「もちろん可能です。先ほどのライブでは、美月の100%以上を出した自負があります。それに……トゥルミラのアレンジであれば、俺はこの世界で誰よりも詳しい
これは、単なる絵空事ではない。
燻っていた期間でも、トゥルミラの曲は欠かさず聞いていた。
復活させてもらってからはこんなチャンスが巡ってくることを想定して、俺はずっとトゥルミラの曲を研究してきたのだから。
『なるほど。和紀くんの言い分はよく分かりました』
ふと白井さんの声が和らいだ気がした――その瞬間。
「藤枝和紀くん、でよろしいですか?」
俺の背後から、大人びた綺麗な声を掛けてくる人物がいた。
ポン、ポン、と。ぎこちなくセナが俺の肩を叩く。
スマホを耳に寄せたまま振り向くと、セナはパクパクとエサを待つ金魚のような驚き方をしていた。
そこには一人の美女が立っていた。
茶髪のロングストレートを靡かせて、煌びやかなステージ衣装に彩られた美しい立ち姿は、大人美女を体現し全女性から羨望の眼差しを受けるほどだ。
小さく会釈して彼女は言う。
「お初にお目に掛かります、TRUE MIRAGEの西園寺霧歌です」
すると、今度は美女の後ろからひょっこりと一人の少女が顔を出す。
「……南舞咲」
少し小さい背ながらもこちらも抜群にスタイルも顔も良い。表情を一切変えないながらもどこか人懐っこい言葉をぼそりというその姿に心を射貫かれたファンも多いという。
いきなりのトップアイドル二人の出現に思わず驚いている俺を余所に、スマホ越しから白井さんは言葉を発した。
『奇遇ですね。どうやら私と和紀くんは、考えていることが同じだったようです』
「……っはは、最初から言っておいて下さいよ」
『和紀くんの第4公演が終わってから、一本道へのライブ会場設置だったり、各所への連絡だったりが忙しかったんですよ。A会場を目指している和紀くんに妥協案を示す形になりそうでしたし、提案を飲んでいただけるかも分かりませんでしたね』
「動いているって、受け入れる前提の話じゃないですかそれ……」
そそくさと背の高い女性の影に隠れてしまったからか、苦笑いをしながら女性――西園寺霧歌さんは俺に向けて手を差し出した。
「白井さんからの要請を受けて伺いました。その様子だと既にお話は通っているみたいですね」
俺は差し出された手を握り返した。
西園寺霧歌さんは、にっこりと笑みを浮かべて温かい口調で述べる。
「第5公演、共に観客の皆さまを最大限に楽しませる、最高の公演に致しましょう」
ここに俺――藤枝和紀と、TRUE MIRAGEは学園祭最後の公演に向けての共同戦線を張ることになったのだった。
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