第47話 幼馴染みと一緒にステージに立った件

 最初は小さな一室からだった。


 ――和くん、見てみてー!


 型に嵌めるしか無くて、音の強弱や緩急は楽譜が指定するもの以外は許されない。

 先人が思い描いた世界をそのままに表現することこそが音楽の正解だった。


 だが、機械的に・・・・弾いたピアノに辿々しくついてまわる美月のダンスは、ぎこちないながらもどこまでも飛んでいけるような魔法のダンスだった。


 ――美月、そこritardandoリタルダントだからだんだん遅くなるんだぞ。なんかすっごい早いステップになってるけどさ。


 ――ちっちっち。こーゆーのってば、溜めて溜めて溜めた後は……どーんっ! って、行くんだよ! 走り幅跳びの助走! みたいな!


 ――……なるほど?


 楽譜の意味なんて考えたことがなかった。

 楽譜に書かれていることを表現すれば、それがいい音楽だと思っていた。

 音楽の持つ「無限の解釈性」をあの頃から自然に表現していた美月が、日本の音楽エンタメ界でのし上がれているのもある種必然なのかもしれない。


 ――そんな美月の音楽は10年の時を経て、見渡す限り観客で埋め尽くされる大きなハコと、1000人もの大観衆を熱狂させるまでに至っていた。


「美月ちゃん、カッケぇわ……!」

「なんか、いつもより表情柔らかくない?」

「いつもより可愛さ100倍かも! すっごくキラキラしてるじゃん!」


 いつもとの違いに、観客も気付く人は気付き始めているほどだ。


 自由奔放なのは昔から変わらない。

 ライブ映像で見た時と、ダンスの勢いがガラリと変わっている。

 映像の時はその場限りのステップだったのが、上半身主体の動きに変わっていたり、こちらのピアノの様子を伺う余裕すら持たせている。


 美月はダンスインターバルの合間に、俺の方を向いて右手で4の字を作った。


(和くん、次4thシングルで!)


 これはステージに上がる直前に美月と決めた選曲方法だ。



○○○


『場数なら明らかに美月の方が上だ。観客の機微とか、雰囲気とかは俺にはまだ掴みきれない。選曲はお前に任せる』


『む、分かった。曲変更のタイミングはいつでも和くんに合わせられるようにしとくね』


『トゥルミラのカバー曲なら左手で、シングルなら右手で頼む』


『霧歌ちゃんと、咲ちゃんのダンス分を、和くんが頑張るってことだね!!』


『そう……なるな』


 正直、プレッシャーしかない。仮にもトップアイドルの一角が担っていた役割を独自の解釈で開拓する必要があるのだから。


『今なら出来る。音楽の正解は一つじゃないって、美月のおかげで知れたからな』


『ふふん、すっごく期待してるんだから!』


 プレッシャーに負けずとも劣らないほどに楽曲研究は繰り返していった。今の俺なら、楽譜以外からも読み取れる情報はたくさんあるはずだ。


 不安半分、高揚感半分に言うと、美月は「にしし」と満面の笑みを浮かべた。


『霧歌ちゃんと咲ちゃんと和くんと。みんなで音楽やったらどのくらい凄くなるのかなって思うと、今からすっごく楽しみ!』


『それを実現させるには、まずここ乗り切らないとな』


『みちるさんにも、勝つもんね!』


 その目は情熱に燃えていた。

 

『……あぁ、勝ちに行こう』


 こんな奴だから、心底勝たせたいと。

 日本一になってほしいと俺は思ったんだ。


○○○



 通常のライヴであれば、プログラム通りに進むだろう。

 だがこの場限りでは、全てが即興。観客の盛り上がり度合いや空気によって、自由に曲を変えられる。

 そんな中で美月が指定した4の文字。


 4thシングル《紅き獅子》。美月を不動のセンターに仕上げた最初の曲だ。勢いと華やかさがあり、獅子の咆哮のような和音が連続で続く、迫力ある冒頭から始まる。


 メインの見せ場となるのはTRUE MIRAGEの情熱的なダンスパフォーマンスを担当する西園寺霧歌さいおんじ・きりかと、吐息混じりのハスキーボイスと高音域へ転換する際のエッジボイスを駆使する東城美月だ。

 視覚と聴覚の両方から殴り込みを掛ける怒濤の曲調は、見る者全ての感情を右に左に揺らしていく。


 そして美月がここでこの曲をリクエストするということは、西園寺霧歌部分のダンスを全部ピアノで表現してくれ――という無茶振りだろう。


 ただでさえ美月と観客の勢いに着いていくのが精いっぱいの状況で、軽々しく言ってくれるものだ。


 だが――。


 鍵盤の上を滑らせる波長を、美月の歌声に寸分違わず寄せていく。

 西園寺霧歌は、情熱的で力強いダンスパフォーマンスをよく行っている。


 ――この場を満たす観客の大声援にも、ステージ上で舞う美月にも負けてはいられない!


 この1ヶ月間、TRUE MIRAGEの曲はほとんど全てを網羅した。


 美月ボーカルアレンジに合わせた西園寺&南舞ダンスアレンジを筆頭に、西園寺・南舞ダンスセッションを主体とした楽曲構成、ボーカル・ダンスの比重を組み換えることでそれぞれのメンバーカラーを際立たせられるボーカル&ダンスセッションバージョンなど、『紅き獅子』だけでも10種類のアレンジを持っている。


 ただ力強く和音を奏でるだけには止まらない。

 目まぐるしく変わっていく美月の動きに瞬時に対応させて、音階の粒を連ねていく。

 

 美月の動きを先読むように、美月が欲しそうな音を出してみれば、彼女は抗うこともなく俺の音に後追いしてくる。

 その後必ずこちらを向いて、「やってくれたね……っ!」とでも言うように静かに微笑むのだ。


 俺と美月は、数百人もの観客を巻き込みながらステージ上で二人の音楽を楽しんでいた。


 美月の歌声とダンスは曲を進めるごとに洗練さを増していく。

 より美しく舞い、より透き通る声を響かせ、より高みへと誘うように。


 負けじと、俺もトップアイドルに独自解釈アレンジという名の挑戦状を叩き付ける。


 今以上に美月が輝くために、美月が美しくあるために、美月が格好良くあるために、可愛くあるために。


 気付けばシン、と。

 会場の音が少しずつ遠くなっていく。

 もはや無駄な音は一切聞こえなくなっていた。


「あぁ……」


 聞こえ、見えてくるのは、上がり調子になっていくばかりの美月の歌声とダンス。

 

「俺の幼馴染みは、やっぱすげーんだな」


 最後の一音まで弾ききると、思わずポツリと言葉が漏れ出てきた。


「ふふん、和くんも、すっごくすっごく格好良かったよ」


 息を切らせた美月は、ピアノ椅子の横に来て輝く笑顔を放った。


「だって、ほら」


 美月に促されるままに立ち上がると、俺はようやく現実に引き戻された。


「すっごく良かったよー!」

「またコラボしてよね! めっちゃ上手かった!!」

「いい音楽聴かせてくれてありがとー!」

「美月ちゃんも藤枝くんもカッコ良かった!! 第5公演も絶対来るから!!」

「次もコラボしてー!」


 見渡す限りの人に地鳴りのような歓声、そして四方八方から注がれる拍手の嵐。

 今まで物音一つ聞こえてこなかったのが、嘘のようだった。


「和くんとわたしの音楽を、こんなにも楽しんでくれる人がいたんだから」


 屈託の無い笑顔だ。だがやはり、少し疲れの色が見え始めていた。

 疲れと痛みも忘れていたからか、俺も今さらになってどっと疲労感が身体を走り抜けていく。


「……そりゃ、良かった」


 惜しみない拍手を送ってくれる観客を前に、俺は深々と御辞儀をすることしかできなかった。

 疲れで滲んだ視界を乾かすのは、少しだけ時間がかかりそうだったからだ。

 



『音楽祭出場者各位:第4公演における観客動員数通知(15:00~15:30)


A会場:帝都音楽大学メインホール(1247/1500人→83.1%)→器楽専攻ピアノ科3年 大瀬良真緒

B会場:正門前屋外ステージ(1222/1000人→122.2%)→作曲学専攻科3年 藤枝和紀

C会場:体育館ホール(528/800人→66%)→作曲指揮専攻科4年 島内彰・吹奏楽アカデミー

D会場:多目的ホール(470/500人→94%)→和楽器ロック《SINOBI》

E会場:東門前屋外ステージ(242/500人→48.4%)→オペラ同好会

F会場:本館前ステージ(124/300人→41.3%)→器楽専攻ヴァイオリン科4年 遠藤薫

G会場:本館特大教室(51/100人→51%)→音楽療法研究会

H会場:2号館アンサンブルスタジオ(92/50人→184%)→ジャズバンド《LOCK STAR》

I会場:2号館軽音部サークル室(24/30人→80%)→ピアノ専攻科2年 加藤汐音

J会場:部室棟2階元演劇サークル室(6/15人→40%)→声楽専攻科1年 今村焦人イマムラショウト一岡健聖イチオカケンセイ


A会場:大瀬良真緒      →変更無し

B会場:藤枝和紀        →(本人からの要望により)変更無し

C会場:島内彰&吹奏楽アカデミー →D会場に降格

D会場:和楽器ロック《SINOBI》   →C会場に昇格

E会場:オペラ同好会        →変更無し

F会場:遠藤薫           →G会場に降格

G会場:音楽療法研究会        →H会場に降格

H会場:ジャズバンド《LOCK STAR》 →F会場に昇格

I会場:加藤汐音          →変更無し

J会場:今村焦人・一岡健聖     →変更無し     』

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