第42話 トップアイドルと後輩がコラボした件
会場の熱気は一気に最高潮に跳ね上がった。
「ね、先輩くん。デュエット曲って弾けたりする?」
曲間でピアノの側に寄ってきたみちるさんは、ほとばしる笑顔で語りかける。
彼女が何を言わんとするかは、ほんのりと理解しているつもりだ。
「ミスティーアイズがアルバム出していて尚且つ、セナが歌えるだろう曲なら手持ちはありますよ」
伊達にしょっちゅう行動を共にしていない。
セナがふんわり鼻唄を歌ってみたり、サークルメンバーでカラオケに行った時に歌う十八番はそれなりに把握している。
「さっすが先輩くん。私をここに呼び寄せたのもある意味、セナちゃんのためだったのかもね!」
転調のタイミングを計り出す。
繋ぎのメロディとみちるさんのステージトークで場が温まるなか、一つの和音とタイミングで曲はいつでも変えられる場所がきた。
「――セナ」
俺はイヤホンに向けて語りかける。
「みちるさんがお前とデュエット行きたがってる。いけるか?」
『か、カガリがっスか!?』
素っ頓狂な声を上げるセナは、視界の端で分かるくらいにはわたわたと慌てていた。
セナは歌うのが好きだった。
ウチで料理をしている時、ゼミ室内でのんびりしている時、セナの力の入った歌声は聞いていてとても耳心地が良い歌声だった。
俺がピアノを弾けずにいる間もずっと、セナは俺の周りにいてくれた。
ピアノを弾いてくれだとか、楽譜を見せつけてきたりだとかそんなこともなく。
ただただ一緒にどうでも良いことを話して、どうでも良い生活を送らせてくれた。
それが俺にとってどれだけの救いだったかは計り知れない。
――じゃあ、やっぱり将来はセナちゃんも芸能関係に進むのかな?
ラーメン屋でみちるさんと会った時。そこで初めて俺はセナの心の内を知ることが出来た。
――先パイに神がかった曲を作ってもらって、それに神アツな詞を乗っけて――思いっきり、最強に気持ち良く歌いあげて全世界の人類を熱狂させるのがカガリの夢っス。
今まで自分のことを何も話さずに飄々としていた後輩が、初めて口に出した一縷の願い。
あれからセナが、ひたすらみちるさんについて勉強していたことは知っている。
その過程でみちるさんのプロ意識と、セナ自身が感じている俺には分からない
みちるさんが出てからというもの、セナはこのステージに釘付けになっている。
もし、セナがこの大勢のなかで歌いたいと思うのであればそれくらいのことは叶えさせてあげたくなる。
いつかはセナに楽曲を提供できるほどになれば幸いだが、今俺が出来るのはセナの願いに寄せたアニソンを
ステージをここまで大きくしてくれたのは、間違いなくセナの功績が多い。
みちるさんとの共演なんてこれから先あるかどうかも分からない。
こんなめったにないチャンスが転がっているのなら、掴んでほしい。
曲の出だしまでは後30秒ほど。時間はあまり――。
『行くっス』
カガリは即答した。
『行かせてくださいっス』
決意の籠もったその表情は、舞台上から袖のセナを見つめるみちるさんにも伝わっているようだった。
セナとみちるさんの共演により、会場は瞬く間に人で埋め尽くされていった――。
『音楽祭出場者各位:第3公演における観客動員数通知(13:30~14:00)
A会場:帝都音楽大学メインホール(1208/1500人→80.5%)→器楽専攻ピアノ科3年 大瀬良真緒
B会場:正門前屋外ステージ(785/1000人→78.5%)→和楽器ロック《SINOBI》
C会場:体育館ホール(642/800人→80.3%)→作曲指揮専攻科4年 島内彰・吹奏楽アカデミー
D会場:多目的ホール(398/500人→79.6%)→オペラ同好会
E会場:東門前屋外ステージ(749/500人→149.8%)→作曲学専攻科3年 藤枝和紀
F会場:本館前ステージ(263/300人→87.6%)→器楽専攻ヴァイオリン科4年 遠藤薫
G会場:本館特大教室(72/100人→72%)→音楽療法研究会
H会場:2号館アンサンブルスタジオ(25/50人→50%)→ピアノ専攻科2年 加藤汐音
I会場:2号館軽音部サークル室(29/30人→96.7%)→ジャズバンド《LOCK STAR》
J会場:部室棟2階元演劇サークル室(8/15人→53.3%)→声楽専攻科1年
A会場:大瀬良真緒 →変更無し
B会場:和楽器ロック《SINOBI》 →D会場に降格
C会場:島内彰&吹奏楽アカデミー →変更無し
D会場:オペラ同好会 →E会場に降格
E会場:藤枝和紀(要注意) →B会場に昇格
F会場:遠藤薫 →変更無し
G会場:音楽療法研究会 →変更無し
H会場:加藤汐音 →I会場に降格
I会場:ジャズバンド《LOCK STAR》→H会場に昇格
J会場:今村焦人・一岡健聖 →変更無し 』
○○○
ぷはーっと舞台終わりに清涼飲料水を流し込んだみちるさんは、汗をぬぐった。
「私服もうこれベッタベタ。衣装って通気性良いからやっぱ違うんだねぇ」
苦笑いしつつも、その表情は晴れやかだった。
「先輩くん、いい音楽してくれるじゃん。気持ち良く踊らせてくれてありがと。あと、セナちゃんのことも。第4公演もお手伝いしてあげよっか?」
屈託のない笑顔を向けてくるが、俺は首を振った。
「運営から怒られた直後によくそれ言えますね。……俺もですけど」
「いやー流石に一回音楽祭出場落ちちゃってる人をステージに上げちゃったのはまずかったんだね。あっはっは、ごめんごめん!」
運営の偉い人に「ごめんなさい」を言うみちるさんの姿はまるで悪びれた様子も無く、むしろ謝罪慣れしている様子すらあった。
「そういえばみちるさんって帝都音大生だったんですよね。やっぱ音楽祭も出てたんですか?」
「ん。4年連続A会場だったよ。音楽祭の時は、いつも頭固い大学の人がやわやわになってくれるから好きだったなぁ。毎年ステージに勝手に人上げてたから、その分毎年怒られてたけどね」
「今と変わんないじゃないですか!?」
あっけらかんと言うみちるさんは、「で、4公演目は?」と催促するように呟いた。
「いえ、遠慮しておきますよ。第4の方は出演してほしい人がいますので」
「受け入れてくれるかは分かりませんけどね」と前置きしつつ、俺はスマホで美月の名前を探し出す。
「あら、お姉ちゃん焼いちゃう。トップアイドルより組みたい相手ってどこのどなたでしょうねぇ?」
遊び半分でからかいを入れてくるみちるさんを制止しながらも、第3公演は熱狂の渦のまま幕を閉じた――のだったが。
美月との会話欄を探していた時に、ふと『白井さん』からの電話着信が来る。
『お疲れさまです、和紀くん! 美月さんを知りませんか?』
唐突に白井さんから掛かってきた緊急の電話。その声は非常に焦っているようにも思えた。
「美月……ですか。そういえば今日は全然見てない気がしますね。どうかしたんですか?」
『えっと、その、何と言いますか……個設の楽屋から失踪したんです』
「――は!?」
『今まで仕事をほっぽり出したことなんて一度もなかったのに、なんで今日に限って……。和紀くんの所へ行っているかもと思って連絡したのですが……!』
「……今のところは見ていませんね」
『分かりました。もし美月さんを見つけた場合はすぐに教えて下さい。お願いしますねっ!』
慌ただしく白井さんの携帯が切られた。
TRUE MIRAGEの舞台は15時半からの90分間だ。
「……マジか」
ライブ開始の30分前に届いた衝撃の連絡に、俺はE会場の片隅で小さく拳を握りしめていた。
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