第39話 トップアイドルとの勝負が避けられない件

 俺が1回目の公演を担当したJ会場は、10会場中で唯一離れにある場所だった。

 客の喰い合いになるどころか、普通の演奏じゃ客の呼び込みすらも困難な場所だ。

 現に第2公演でのJ会場の客入りは5人。相当な苦戦を強いられている。


 だがHとI会場は同じ2号館だ。

 特に第1公演もI会場で『ジャズ』ジャンルを盛り上げていた《LOCK STAR》にとっては、この第2公演こそが勝負だっただろう。

 第1公演で気に入ってくれた人は、もう一度見に来てくれる。

 第2公演では新たに立ち寄る人も聞きに来てくれる。

 

 だからこそ、俺たちには付けいる隙があったということだ。


 2号館を出ると、再び出店通りの道が広がっていた。

 時刻は昼過ぎ。客のかき入れ時ということもあり、どこのサークルも客寄せに精を出し始めている。


 次の第3公演は13時半からだ。

 それまでの間は束の間の休息。敵情視察にセナへの礼、腹ごしらえとやることはたくさんある。


「ってことは先パイ、本家本元のジャズを前にピアノだけで勝てる確証があったってことっスか?」


 セナはなおさら不思議そうに問うてきた。


「俺だけだとなかった。だけどセナがいたからやれると思った」


「……お、おぉ……? カガリっスか……?」


 急にドキッとした様子で胸に手をやるセナ。

 実際、俺一人じゃ怒濤のように来るジャズリクエストの中から最適解を見つけ出すことなど甚だ不可能だった。


「俺のピアノ加減を知らないはずなのに完璧に合わせてくれた。疲れと、俺自身のキャパを信じてリクエスト幅を広げ、まとめ、投げてくれた。観客にとって最高にボルテージが上がり、俺の技術がギリギリ届くところの曲を。本当にお前の力に助けられるんだ。ありがとうな」


 律儀にもトコトコと俺の隣を歩いてくれるTHE・小動物なセナの頭をポンポンと撫でる。


「そ、そっスか。カガリのおかげっスか。カガリの……ふへへ」


 ……思った以上にセナの反応がいつもと違った。

 いつもなら「子ども扱いするなっスー!」とか言いながら肩に拳を入れてくるような奴ではあるのだが。

 驚きも相まって手を止めていると、セナはぐっと俺の手を押し上げるようにして顔をこちらに向けた。


「先パイの全力ピアノが間近で聞けるって特典があるので、割の良い仕事っス」


 はっきりと恥ずかしいことを言ってのけてくれる可愛い後輩は、目尻をぐっと下げてにへらとだらしのない笑みを浮かべていた。

 

「あぁ、まだまだ全力でやるぞ。昼からも頼む」


「ふふん。もっともっと撫でてくれたら考えるっス」


「わしゃわしゃわしゃわしゃ」


「うっは~~~~~~!!」


 セナの綺麗で細い茶髪をわしゃわしゃ。

 セナもセナで目を瞑ってされるがままの状態で歩いていた、その時だった。


 ――ゾクッ。


 ――――ッ!?


 強烈な悪寒が全身を突き刺して思わず身震いが走った。

 まるでナイフで滅多刺しにされたかのような感覚だ。


 さすがに昼時、辺りは人と喧噪で塗れている。

 だが、俺には見えた。

 道の端から突き刺してくる、ドス黒い視線を。


「へぇ。あっち、楽しそう」


「ちょ、ちょっと、顔、顔! 戻しなさい! それは人ならざる眼よ!」

「……アイドルとは程遠い」


 それ・・は正体隠しのサングラスを鼻まで下げて、黒いまなこで真っ直ぐと俺を見据えていた。

 黒髪のポニーテールが不気味に揺れている。


「わたしだって和くんにあんなにわしゃわしゃされたことない、されたことないのに。わたしもそこに行けばやってくれるのかなぁ、ねぇ和くん、ほんとうにあれは和くん?」


 脇に控える二人が慌てて少女の前に立ち塞って制止するも、少女の怨嗟は風に乗って俺の耳まで届いてくる。


「どうどう、美月どうどう。私たちの出番まで引っ込んでなさい」

「……みっちゃん、リンゴ飴。……舐めて」


 ガガガガガ、と。

 機械音でも聞こえてきそうなほどのぎこちない動きでステージ袖へ引きずられていくのは……まさか……。


「先パイ、どしたっス? 知り合いっスか?」


 冷や汗を垂れ流す俺を慮ったのか、セナがひょっこり肩から顔を出して俺の前を通りがかったその3人組を懐疑的に見つめていた。

 楽しそうに俺の肩をペシペシ弾くセナだが割と、そんな呑気な案件でもない気がする。


 ――と。


 どわぁぁぁぁぁ!!


 帝都音大の端の会場にて一気に帝都音大全体のボルテージが上がった声がした。

 場所は、方角的には正門前から一本道の続いた学生寮のある所だ。

 いたる所から黄色い声が飛び交い、ペンライトを持った勢力が現れる。


 帝都音大屈指のイベント運営が慌ただしく駆け回り人の波を制御し始める。

 

「うぉぉぉぉ、お昼時なのになんだか騒がしっスね」


「何だセナ、忘れてたのか。ミスティーアイズの午前ラストの部だぞ」


「……ふぇ?」


 いつも情報収集は欠かさない派のセナが、珍しく面食らっている。


 毎年欠かさず行われる音楽祭には、毎年著名なアーティストが来る。

 そしてその方々には学内でアーティスト独自のステージが開かれる。

 だから今年は特にマスメディアが多くなっているのだ。


 とはいえ、ここまで大がかりなステージを建設するとまでは思っていなかった。

 学生寮前の広い駐車場が、一気にアイドルのステージと化している。

 元々セットしていたものにくわえて更に音響、照明が追加され、学生寮の前には大型モニターが設置されていた。ここまで遠く離れていても映像が確認出来るし音がきっちり聞こえてくる。


「学生の方の午前の演奏会が全部終わったからな。朝10時くらいから3時間ほどやってるミスティーアイズのステージのラストともなれば、人も多くなるだろうし」


 著名人アーティスト独自のステージは、当日になるまでどこで行われるかは誰にも知らされることがない。

 今回は、今ノリに乗っている2大アイドルグループ「ミスティーアイズ」と「TRUE MIRAGE」とのことで大学側も特別大きなハコを用意したのだろう。

 学生寮前の駐車場を大きく開放し、ステージ設営も万全。さらに寮前から正門へと続く一本道すらもステージの一環に仕立て上げられている。

 これにより帝都音楽大学が誇るメインホール(キャパ1500)と同等のキャパになっているのだろう。


「なるほど、B会場が苦戦してた理由はこれ・・にあったか」


『みんなー! 最後までミスティーアイズを見ててくれて、ありがとう! すっごくすっごく嬉しかった!!』


 大型モニター上に写るミスティーアイズ不動のセンター、佐々岡みちるさん。

 茶髪のロングストレートが汗に滲んで頬にかかるその姿すら、艶めかしい。

 煌びやかで快活な蒼とピンクを基調とした派手めの衣装のまま、ステージ上でくるりとまわるみちるさんに、皆の目線は釘付けになっている。


 セナは俺のスマホをぶんどって、第1公演と第2公演をすぐさま見比べだした。


第1公演 

B会場:正門前屋外ステージ(457/1000人→45.7%)→作曲指揮専攻科4年 島内彰シマウチアキラ・吹奏楽アカデミー


第2公演

B会場:正門前屋外ステージ(623/1000人→62.3%)→和楽器ロック《SINOBI》


「本来なら、どっちも満員御礼レベルの人気グループだ。だけど実は正門前屋外ステージから続く所に、とてつもないキラーコンテンツが現れてたんだな」


 自分たちの演奏に客を入れることに手一杯だった俺たちはここまで考えが行き着かなかった。

 A会場はホール内で行われており、それを目当てに入ってくる人間しかいない。だからこそ大瀬良真緒は安定した観客動員数を記録し続けているなかで。

 B会場を初めとして、どうも屋外ステージには妙に客入りが少ないなとは思っていたが……。


「屋外ステージの観客が……プロに喰われちゃった……ってことっスか」


 音楽祭出場者の枠に入っていない、完全に意識の外側からの乱入者。


「午後からの屋外ステージは、他の客を奪うどころか……こっちの客まで奪われる可能性があるってことだ」


「そんな、無茶苦茶っスよ……」


 セナがポツリと呟いたのに反して、舞台上のみちるさんは天に大きく手を掲げた。


『それでは行くよっ! 最後のステージ第一曲目は、皆ご存じヴァルクロからッ! 「短剣レイピアの突く先に」だ――ッ!!!』

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