第38話 後輩と快進撃を続けてみた件

『先パイ、次の曲送ったっス。予約はあと5曲先まで埋まってるっス』


 方針は第1公演の時とほぼ同じだ。

 セナは「我に任せろ」と言わんばかりに今回も客引き役を買って出てくれた。

 初回公演と変わったことと言えば、初っぱなから数十人の観客がいた所だ。

 おかげでもはやセナの姿は見えないことから、セナと俺は通話状態にして繋がっている。

 これなら次にどの曲が来るか、ある程度把握することもできる。


 ――12曲。


 決まっている曲もなかなかにハードなものが揃っている。

 セナが観客のリクエストを捌いてくれるのは大変嬉しいが、その内容は先ほどの数十倍ほどの地獄だ。

 観客からのリクエストを聞けば、セナがその場で曲を聴いて独自に判断。ギリギリリクエストされてもアレンジが自由そうな曲を選び取って俺に伝えてきている。


 その選曲能力には大変助けられている――のだが。


 ゆったりと落ち着いた曲がさっきから1つもイヤホンから流れてこない。

 全てがアップテンポでスピード感と迫力、難易度も上昇し続ける曲ばかり。

 その分会場のボルテージもうなぎ登りしてくれている。観客ウケは抜群だ。


 指を休ませる暇もなく、観客たちのざわつきに包まれつつ曲はどんどん進行していった。


 俺たちが新たに担当しているH会場、2号館アンサンブルスタジオ。 

 使うモノはピアノしかないとのことで、運営が余計な器材を前もって撤去してくれているため比較的普段より幅広く使えるようになっているらしい。

 今回の公演では既に開演前からちらほらと人集りが出来ていたため、初っぱなからフルスピードで曲を進行させることができていた。


 ここまでくれば、人を掻き集める戦略はほとんどいらなかった。

 リクエストで来た曲を、ただただ弾き続けるのみだ。

 だが、さすがに先ほどまでとは一ひねりをくわえる必要がある。

 次の曲に行くまでの少しのインターバルで俺はイヤホンに向かって語りかけた。


「セナ、リクエストされる曲に『ジャズ』があれば、それ通してくれ。曲判断は任せる」


『ジャズ……っスか!? ……いや、承知っス!』


 セナは驚きこそすれど、すぐに頷いてくれた。


「キース・ジャレットの『星に願いを』ってやつ聞いてみたい!」

「じゃ私ジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』で。どうやってアレンジしてくのか気になる~!」

「千の剣で斬り裂くようにって、ジャズアレンジに出来たりしない?」


 演奏し始めてから気付けたことだ。この場は意外と『ジャズ』音楽の指定が多い。

 ジャズアレンジは基本がサックス、トランペット、ピアノ、ベース、ドラムを使用する。

 それをピアノだけで表現しろというのだから、先ほどよりも余計に神経を張り巡らさなければならない。

 その1音があるおかげで他の楽器や曲が映えることが他のジャンルよりも格段に機会が多くなる。言い換えれば、そのたった1音でジャズ音楽の美麗さがなくなる可能性もある。

 それを分かっていたからこそセナからのリクエストでは、『ジャズ』がかなり少なかった。


(先パイ、予約全部埋まりましたっス! あと8曲、ファイトっス!)


 これまで弾いた曲数は13。もはや人入りなど気にする余裕も無くなっていた。

 第2公演終了のアナウンスが鳴り響く頃、俺の周りのひとだかりは第1公演の比じゃないものになっていた。




『音楽祭出場者各位:第2公演における観客動員数通知(10:30~11:00)


A会場:帝都音楽大学メインホール(1372/1500人→91.4%)→器楽専攻ピアノ科3年 大瀬良真緒

B会場:正門前屋外ステージ(623/1000人→62.3%)→和楽器ロック《SINOBI》

C会場:体育館ホール(428/800人→53.5%)→器楽専攻ヴァイオリン科4年 遠藤薫エンドウカオル

D会場:多目的ホール(427/500人→85.4%)→オペラ同好会

E会場:東門前屋外ステージ(580/500人→116%)→作曲指揮専攻科4年 島内彰シマウチアキラ・吹奏楽アカデミー

F会場:本館前ステージ(186/300人→62%)→音楽療法研究会

G会場:本館特大教室(37/100人)→ピアノ専攻科2年 加藤汐音カトウシオネ

H会場:2号館アンサンブルスタジオ(211/50人→422%)→作曲学専攻科3年 藤枝和紀

I会場:2号館軽音部サークル室(7/30人→23.3%)→ジャズバンド《LOCK STAR》

J会場:部室棟2階元演劇サークル室(5/15人→30%)→声楽専攻科1年 今村焦人イマムラショウト一岡健聖イチオカケンセイ



A会場:大瀬良真緒     →変更無し

B会場:和楽器ロック《SINOBI》→変更無し

C会場:遠藤薫        →F会場に降格

D会場:オペラ同好会     →変更無し

E会場:島内彰&吹奏楽アカデミー→C会場に昇格

F会場:音楽療法研究会     →G会場に降格

G会場:加藤汐音        →H会場に降格

H会場:藤枝和紀        →E会場に昇格

I会場:ジャズバンド《LOCK STAR》→変更無し

J会場:今村焦人・一岡健聖  →変更無し      』



○○○


「……先パイ、断トツっスね。さっきのとはまたレベル違いすぎっス」


「あぁ、おかげさまで。2号館で一番大きなハコに入れたのも運が良かったんだ」


「っス! そういえば、カガリも気になってたっス。半分くらい時間過ぎた辺りでジャズ音楽のリクエストを多めに取り始めてたじゃないっスか」


 2号館を出ようとする最中でぴょこぴょこと俺の周りを動き回るセナ。


「聞く側としては難易度がちょっと下がったように見えるのに弾く側はコードチェンジだったり、テンポの波と管楽器関連の音の種類だったり拾わなきゃいけないモノばっかり。しかも即興感がないように弾かなきゃいけないっていう難易度激ムズジャンルだったのに、どうしてわざわざ危険な橋渡りに行ったんスか?」


 場所が場所なら確かにデメリットでしかない。

 J会場の時はジャズ音楽をリクエストされることすらなかったからな。


「そりゃ簡単なことだ、」


 と、俺がセナにスマホを見せようとしたその時だった。


「――――」

「――! ……」

「……んだよ、あいつらマジで帰って来やしなかった」


 ふと廊下の向こう側から一グループの声がし始める。


「悪いセナ、ちょっとこっち来い」


「ふぇあっ!?」


 俺はセナの口元を手で押さえ、近くの壁に身を伏せる。


「静かに」


(先パ、手、あた……!? まだお昼、そういうのはまだ段階踏んで――!?) 


 セナは、最初こそ抵抗したいのかしたくないのか分からない様子で手足をジタバタさせていたが、次第に観念したのか顔を真っ赤にしながらぎゅっと俺の腕を抱えだした。


「びっくりするほど人来んかったね」

「っつーか、一回こっち流れてきてた奴が軒並み帰ってこんかったじゃんね」

「朝から人入り良かったしめっちゃ宣伝したから、お昼こそは会場アップ!って思っとったんやけどねぇ」

「最初こそそれなりには入っとったのになぁぁぁぁ。クッソ!」

「まぁまぁ。会場落ちならんかっただけでも何とかなるよ。午後からまた頑張ろや!」


 背にサックスやトランペットを担いでこちら側にやってくるのは、ジャズバンド《LOCK STAR》の面々。

 先のI会場、2号館軽音部サークル室を拠点としていた出場者たちだ。

 午後への決意を新たに持ち場を離れる彼らを見届けた後、セナは少し我を取り戻した。


「ジャズバンド……っスか。……! 確か、同じ館内っスね!?」


 俺はセナに彼らの第1公演と第2公演での動員数成績を見せる。


第1公演(10:00~10:30)

I会場:2号館軽音部サークル室(24/30人→80%)→ジャズバンド《LOCK STAR》


第2公演(11:30~12:00)

I会場:2号館軽音部サークル室(7/30人→23.3%)→ジャズバンド《LOCK STAR》


「朝よりも昼の方が人の出入りは多いはずなのに、ガタ落ち――って、先パイ、まさか……!?」


「そういうことだ」


 ここでようやくセナは気付いてくれたようだった。

 朝の早い段階から着実に客足を仕留めていた彼らが、何故客入りが更に多くなる昼の時間帯に集客しきれなかったのか。


「ジャズバンドの方に行くはずだった客層を――悪い言い方すれば、ウチがぶん取ったんだ。それも、ジャズっていう向こうの土俵からな」

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