第37話 ライバルの表情がぱぁっと輝いている件

「おつかれさまっス。いや~~大盛況でしたね。キャパオーバーもオーバー、260%はやばいっス」


「正直俺の力だけじゃ乗り切れなかった。助かったよセナ」


「いやぁ、曲聞きながら覚えて弾くって人ホントにいるんだぁ……って思ってこっちは終始ドン引きっスけどね」


 時刻は10時45分。

 第一公演も終わり、集計結果が算出されて俺たちにメールが届いた頃には、すでに運営は会場が変更となる場所それぞれの器材を移動させ始めていた。

 どういう仕組みでこんなに迅速に集計したり動けるのかどうかは全く分からないが。


 俺たちは帝都音楽祭名物の出店通りを歩きながら戦況確認をしていた。

 オペラ同好会の焼きそば、たこ焼きに弦楽器バンドのわたあめ、りんご飴。その他チュロスにとんぺい焼きと食べ物出店だらけだ。

 例にもれず、そういった部類の食べ物に目がないセナに礼として懇切丁寧奢らせていただきながら、ちょうどかき氷を買ったところで一息つく。


 俺のスマホに送られてきた観客動員数のデータを見るセナ。

 イチゴ味のかき氷をしゃくしゃくと食べながらB会場を指さした。


「にしてもここやっぱ苦戦してるんスね。4年の島内彰さんって言ったら、海外の指揮者コンサートで結果残してる先輩っスし、吹奏楽アカデミーはウチでも屈指の奏者揃いなのに……」


「正門前屋外ステージか。キャパ1000人中の動員が457人……半分以下しか来場がないってのは寂しいな。吹奏楽は屋内じゃないと響きが悪いからか?」


 先の30分で焼き切れるほどの集中力を使わせてしまった脳に糖分を与えるべく、チュロスに齧り付く。

 決して甘い物が好きというわけではない。決して。


「んー、演目的には『アフリカンシンフォニー』に『エル・クンバンチェロ』、『コパカバーナ』と……『サンバ・デ・ジャネイロ』とか、外向きな選曲だとは思ってたんスけどねぇ……」


 いずれも甲子園の応援歌に使われる有名な曲だ。

 ホール内で行われる荘厳で落ち着いた音色で観客を魅了するのではなく、とにかくハイテンポな迫力と勢いを重視して観客の気分を上げる方面に特化した曲たちは確かに屋外で演奏するにはぴったりのはずなのだが――。


 そんな次のステージである2号館に向かう最中。

 「うげっ出たっス」とまるでお化けでも見かけたかのようなセナ。

 目線の先にいたのは一人の少女だった。


「あら偶然ね、藤枝和紀くん。J会場じゃずいぶん頑張っていたみたいね。動員数39/15人でキャパ率260%。ずいぶんと盛り上がったのね」


 少し派手目な紅髪ショートカットに気の強そうな見た目の彼女は、オーバーサイズの白Tに黒のショートパンツ、厚底サンダルにキャップとまさに今時の大学生というファッション姿で出店通りのド真ん中に仁王立ちをしていた。


 相変わらず主張が強すぎて通りがかる人がしれっと避けてるあたりが尚更彼女っぽい。


「おぉ、大瀬良か。ありがとうな。A会場の方も人入り凄かったじゃないか。同じ3年同士頑張ろうな。じゃ」


 大瀬良は本当に凄い。中間実技試験でも当たり前のようにS+評価を持って行っていたし、音楽祭でも当たり前のようにA会場スタートだ。

 このまま順当に行けば、今年もA会場を死守し、観客動員数も1位を記録していくだろう。


「って、なんでアンタはいつもいつもそうなのよ! バッカ、ホントアンタバーカ!」


「くぺぇ!?」


 すれ違い様にまた盛大に首根っこを捕まれた!

 とんでもないデジャヴだ。


「うわぁ……こーゆーの、カガリホンット無理っス」


 誰とでも仲良くなれるのが特徴のセナが本気で引いているのも珍しかった。


○○○


「で、こんなものに興味のなさそうなアンタがどうして突然出場するようにしたわけ?」


 俺の右隣で、ちびちびとわたあめを囓りながら並んで歩くのは大瀬良だ。


「先パイ、なんでコレ・・が着いてきてるんスか」


「アンタには聞いてないわ。キャンキャン吠えないでもらえるかしら」


「……はぁぁぁん?」


 左隣ではセナがチクチクとした目線で大瀬良を刺しに行っている。

 胃が痛い。俺をまたいでバチバチと視線で戦い合わないでほしい。

 視線の火花を断ち切るように間に入った俺は、わたあめを舌でくるくる転がす大瀬良に目を合わせた。


「やる気になった、ってところだな」


「……へぇ。いまさら?」


「ちょっとゴタゴタがあったからな」


「ふーん」


 大瀬良は特にそれ以上何も聞いてはなかった。

 聞かれてたとしても適当な理由つけて返すけどな。


「ま、普段の成績がビリッカスな癖にここで出場に食い込めるってことはある程度のやる気は持ってきているようね。聞いてるようだとストリートピアノもとても上手く行っているようだし。もう体力切れ……なんて情けない話はないわよね?」


「体力はまぁまぁ行けるとしても、ずいぶん詳しいな。A会場でずっとピアノ弾いてたはずだろ」


「うぐっ!? う、うるっさいわね、トップともなるとそういう話も自然と耳に入ってくるのよ! そーゆーものなの!」


 なぜかわたあめを喉に詰まらせる大瀬良は慌ただしく手を振った。

 A会場へと続く道と、H会場へ続く道の分かれ目に立つ。


「そういうもんか。じゃ、胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」


 大瀬良は、別れ際そんな俺の他愛の無い呟きにピクリと反応する。


「A会場は渡さないわよ。今年も私がトップで終わるもの」


 いつもの如く自信満々だ。

 真顔で断言し、自分の1位を少しも疑っていない。


「そっか。お互い頑張ろうな」


 ――トゥルミラは日本一を目指すアイドルグループですよ。そのプロジェクト参加者が、たかだか一大学のトップになれずしてどうするおつもりですか?


 白井さんの言葉が何度も頭を過ぎる。

 忘れているわけがない。

 大瀬良真緒は、俺が今倒さなければならない現時点での最強のライバルだ。


「お互い頑張ろう……だけど、今年のトップは俺ももらいに行くつもりでいるんで、そこんとこ頼むな」


 瞬間、大瀬良はこれまで見たことのないほどのぱぁっとした笑顔で頬を緩ませた。


「ふんっ! アンタなんかに負けるわけないじゃない! バッカみたい! せいぜい頑張ることね!!」


 いつものような強い語気で吐き捨てると、大瀬良はくるりと身を翻してA会場の方へと向かっていってしまう。

 いつにも増してテンションが高い奴だったな。

 ふと左隣でずっと黙っていたセナが、ボリンとリンゴ飴の最後を囓りきった。そしてジト目で大瀬良の背を追う。


「カガリ、ああいうタイプマジ苦手っス……」


 どうやらセナと大瀬良は根本的に性格が合わないらしい。


「あんなのに一位取られるの、今さらながらめちゃくちゃ癪っスね! 先パイ、絶対勝ってくださいっス! バチバチに泣かせてやるっス!」 


「お前はお前で何そんなにムキになってるんだ……?」


『音楽祭出場者各位に伝達します。第二公演15分前です。出場者は所定の会場へ移動して下さい。繰り返します――』


 セナが大瀬良の背中に向かって、「あっかんべー」をした直後、会場には次回公演のアナウンスが流れ始めていたのだった。

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