第35話 後輩がコミュ力お化けだった件

「先パイ! 10時来たっス! 初回開演始まっちゃったっスよ!」


「セナ、教室内の窓全部開けてくれ。少しでも外に音を漏らしてくぞ」


「承知っス!」


 何も言わずとも積極的に協力してくれる。

 本当にありがたい後輩だ。


「働いた分、後できっちり請求するっスからね! 約束は忘れさせないっスからね!」


 ……そして抜け目もない。


 ひとまずはここでピアノを弾いているということを通りがかる誰かに知ってもらわなければ話にならない。

 30分の入りとしては、誰か人が通りがかるまで延々とピアノを弾き続けることだ。


 ストリートピアノ。

 本来は街中や街角などの公共の場所に設置されたピアノを使って誰でも自由に弾けるピアノとしての意味を持つ。

 だが最近、動画サイトなどではふと訪れてくれた観客を前にリクエストを聞き、演者がその場で弾ききる即興性とアレンジ性が人気を博している。


「他の会場では、自分の演奏を観客に聴かせるっていう一方通行な音楽をするコンセプトがほとんどだ。だけどリクエストを聞いてその人にあったアレンジを聞かせられるなら双方向の音楽ができる。ハコのキャパが少ないからこそ出来る芸当だな」


 だが俺の意見に、セナは懐疑的だった。


「っスけど! そも知らない曲が来たらどうするつもりっスか。知らないから別の曲にしてください! って言われたら場も白けちゃうっス」


「? その場で聞いてその場で覚えてその場で弾くに決まってるだろ」


「うわぁ、出た……」


 セナが若干引き気味だ。


 むしゃむしゃと美味しそうにフランクフルトを頬張っていた手がピキッと固まる。


「曲弾きながら、次に弾く別の曲聞いて覚えて、転調のタイミングに合わせて聞いた曲を弾いてく。転調タイミングさえ間違えなければ30分に20曲は行けるぞ」


「はぇぇ……。アタマん中どうなってんスか……。承知っス……」


 セナのスマホに繋がったワイヤレスイヤホンを片耳に装着して、息を整える。


 曲というのは大体どこも構成が似たり寄ったりしているものだ。

 特に昨今のJポップ音楽では受け入れられやすいコード進行やメロディに限りがある。

 主旋律をきっちり読み解く。不協和音を踏まない。コード進行をいくつかの型に嵌める。気持ちの良い・・・・・・音の並び・・・・を演奏中に把握する。

 これら4つのことにさえ気をつければ意外と何とかなる。

 なんせ、アレンジには種類はあれど間違いはないんだからな。


 それに今年はトゥルミラ、ミスティーアイズ両グループが来校することもあって人入りが例年よりも多い。

 にも関わらずハコのキャパは変わらない。となればあぶれた人たちがここを通りがかる可能性は低くはなくなる。

 ――と。


「和楽器ロック聞けなかったぁぁぁぁぁぁ」

「みっくん、わがまま言わないの。席が取れなかったんだから仕方ないじゃない。わたあめ買って次の時に聞こ? ね?」

「せっかくアルティーマンオメガのオープニングやるって書いてあったのに……」


 ふと、部屋の外から二人組の声が聞こえてきた。

 J会場の手前で喋ってくれている。この客を逃す手はない。

 アルティーマン。地球にやってくる怪獣を巨大変身ヒーローが倒していくという男の子はみんな大好きな特撮ヒーローだ。

 

「アルティーマンオメガ……と、MVミュージックビデオはこれっスね。へぇ、ウチのスタジオ使ってくれてるっスか」


 セナが動画サイトに載せられていたオープニング動画を流してくれる。

 

 イントロからハイテンポでガツンと頭を打つような骨のある入り。

 終始男臭く高サウンドで殴りつけてくるような音並びは、腹の底から歌うにちょうど良い。

 全体的に力強く弾き続ける必要がありそうなこの曲は、客寄せ一発目の曲にはぴったりだ。


 覗き見る限り、外の二人は小学校低学年の男の子とその母親って感じだ。

 後は外にいるあの二人組をどうにかして――。


「こんにちはっス! アルティーマンオメガの3話で怪獣ゴラン倒したゼスティングビーム、あれ超カッコよかったっスよね! あのおにーさんが今から弾いてくれるから、良かったら聞いてみてくれないっスか?」


 セナのコミュ力がバケモノすぎる!?

 小学生男子に何の違和感もなく喋りかけたセナに、男の子も応戦する。


「え、ねーちゃんオメガ知ってんの!?」


「ふふん。カガリ、アルティーマンは物心ついた頃から見てるっスからね! そんなカガリがあそこのおにーさんの演奏にガッツリアツさ持ってかれたから期待しない手はないっスよ!」


「かーちゃん、ちょっと行ってみていいかな!?」


 少年の目は爛々と輝いている。


「え、えぇ? みっくんが良いならいいけど……」


 瞬間、男の子の目がこちらへと向いた。

 セナが大事な大事な一本目の導線を繋いでくれた。

 後は俺次第だ。


 力強いイントロに被せるように重低音の和音を乗せる。


「ち、近くで見て良い!? ……ですか!?」


「もちろん。ウチの会場は臨場感が売りだからね」


 そういえば、コンサートにしていたら演者と観客は一定の距離を保っている必要がある。

 ここには椅子も何もあったものじゃないから、ゼロ距離で見てもらえるのも一つの利点だ。


「すっげぇ……! やっべかっけぇ……!」


 綺麗に音階通り弾くのではなく、少年の目に「弾いてる姿すらもダイナミックに写る」ように全身の筋肉を駆使して鍵盤を殴りにかかる。


 一方で、再びセナの方に目を向ける。


「お母さんも、どうぞよろしかったら入ってみてくださいっス。もし聞いてみたい曲などあれば、その場でアレンジ出来るピアニストっスよ」

 

「本当に、そんなことが出来るんですか……? た、例えばじゃあ、『夏のソナチネ』みたいなゆったりした曲も?」


「もちろんっス! 今の曲が終わった辺りで声かけてもらえれば、そのまま弾けるっスよ。ウチの先パイは曲ならなんでも知ってるっス!」


 瞬間、片耳のイヤホンからいつぞや流行った韓流ドラマのOPが流れてくる。

 母親が見ていたのを少しだけ聞いた程度で全部はもちろん把握もしていない。


 ゆったりと流れるような愛の歌。少年がリクエストしてきたものとはまるで真逆のジャンル曲だ。

 セナはこちらの目線に気付くと、ぐっと小さくグーサインを送ってきた。


 この公演が終わったら、焼きそばでもたこ焼きでもなんでも買わせていただきたい!

 

 また、まばらに通りかかる人の波をセナは一切逃さない。

 次に近くに寄ってきたのは女子高生三人組だった。


「ってかこっちでも何か結構強めのピアノやってるし?」

「めっちゃ人いなーい」

「朝だしねー」

「ねーみゆちー軽音のポップコーンとこ行こーよ。こっち何もないってばー」

「ちょっと見に行くだけだしーって、あれ!? 香雅里先輩!?」


「あれ?? ミユとカナエじゃないっスか。高校サボってまで何でこんなとこに……って、ちょうど良かった、連れまとめて全部こっち呼んでくるっス。すげぇの見せてやるっスよ」


「「う、ウッス!」」


 何だかよく分からないが、女子高生二人はピシッと軍隊ばりの礼をして急いで走っていってしまった。


「先パーイ、多分5人組追加っス! これで累計7人! 忙しくなるっスよ!」


 可愛らしくウィンクをする後輩の有能さがあまりにも過ぎる初回公演は、まだ始まったばかりだった。

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