第34話 後輩だけがとても焦っている件

「トゥルミラが帝都音大に? それまたえらい突然ですね」


『私たちから打診した訳ではありませんよ。ちょうど大学側からオファーが来たところだったので、和紀くんにもお伝えしておこうかと思いまして。それに……恐らくそこが霧歌さん、咲さんとの初顔合わせになるかと思います』


 それは俺が音楽祭への出場を決める数日前のことだった。

 いつものように電話スタイルで話題を切り出してきたのは白井さんだ。

 いよいよTRUE MIRAGEのツアーライブの日程が近くなってきたこともあり、相変わらず忙しなさそうだ。


『ちなみに彼女たちは、和紀くんのトゥルミラプロジェクト参加に懐疑的な節があります』


「……そりゃ確かに美月一人だけに認められればいいと思ってるわけでもないですが」


 ずいぶんはっきり言ってくれてこちらとしても好都合だ。

 遅かれ早かれこういう時期が来るのは覚悟していたことだ。

 だからこそ、認められるためには自分の実力がトップアイドルに貢献出来ることを示さなくてはならない。


『彼女たちにも、和紀くんの件についてある程度お話しているつもりではあります。ですがお二人もプロとして最前線で活躍しているアイドルですからね。ちょちょいっと和紀くんの実力の程をお見せしていただければと思います。帝都音楽祭、良いアピールの場所があるじゃないですか』


「簡単に言うじゃないですか。そもそも音楽祭の出場が通るかどうかも分かりませんよ」


 机いっぱいに広げた楽譜を目の前に弱音を吐いてみると、白井さんはあっさりと言ってのけた。


『トゥルミラは日本一を目指すアイドルグループですよ。そのプロジェクト参加者が、たかだか一大学のトップになれずしてどうするおつもりですか?』


「……返す言葉もございません」


『それに、芸能枠での音楽祭出場はTRUE MIRAGEだけではありません。現行トップのミスティーアイズも参加すると、プロダクションエイジから連絡がありました』


 ミスティーアイズ……!

 ということはもちろん、佐々岡みちるさんもやってくるということだ。


『越えるべきアイドルが直接来るんです。霧歌さんと咲さんに認められることもなく、佐々岡みちるさんにも何の警戒心も与えられない。そんな悲惨な事にならないことを心から祈っています。何なら、おもっきし正面から喧嘩売っちゃってください』


 そういえば、白井さんにはもうみちるさんと面識があることは言ってなかったっけ。

 とはいえ向こうもセナしか眼中になかったような気もするが……。


「最後のステージでは、きっと満員のメインホールでトゥルミラ側の人間だってことを最大限アピールしてみせますよ」


 俺の強気の宣言に、電話越しの白井さんは「ふっ」と小さく笑って言った。


『それでこそです。人を魅了させるエンターテイメントな音楽、期待してますよ』


○○○


「って、思いっきり啖呵切ってはみたものの……」


 帝都音楽大学部室棟の2階。

 キャパはおおよそ15人ほどである元演劇サークルの小さな空き部屋、「J会場」にポツンとおかれた小さなオルガンピアノを前に俺は小さく項垂れていた。

 

 ポーン。


 試しに「レ」の音を弾いてみると、音はどこまでも虚しく部屋に響いていく。


 さぁぁぁぁっと、窓の外では木々の葉っぱが擦れる心地の良い音が聞こえてくる。

 人は悲しいほどに来ない。

 そりゃそうだ。よっぽどのことが無い限り通りがかることもないだろうからな。


 準備期間もあっという間に過ぎ去り、音楽祭はいよいよ当日を迎えていた。

 テレビなどのメディアでは、この音楽祭にTRUE MIRAGEとミスティーアイズが参加することを大々的に報じていたためか例年以上の人入りを見せている。

 上位の会場ではもはや席取りも困難な状況であるらしい。

 それに比べればウチは何という平和な空間だろう。

 文字通り、人っ子一人いない。


「先パーイ、たこ焼き買ってきたっス! おひとつどーぞ!」


 笑顔で入室してきたセナが、爪楊枝にたこ焼きを挿して俺の目の前まで持ってくる。

 華奢な身体で軽やかにステップするセナは今日も今日とて小動物だ。

 右手にたこ焼き、左手にフランクフルトと完全にお祭りを満喫しているご様子だ。


「こんな風情のない『あーん』があってたまるか」


「まーま、そんなこと言わずに! オペラ同好会の作るたこ焼きって、毎年好評みたいっスからね。外はカリカリ中はふわふわ絶品揚げたこ焼きっス!」


「しかもガッチリ今回の競争相手じゃないかオペラ同好会……ヤバ、美味いなこれ」


 時刻は9時45分。1回目の開演まであと15分と迫っていた。


「あ、あと音楽祭運営から正式発表された参加者名簿っス。毎度毎度忙しいこと企画するもんっスねぇ」


 そう言って、セナは一枚の紙を取り出した。


『帝都音楽祭・初回の部(10時~10時30分)

 

A会場:帝都音楽大学メインホール(キャパ1500)→器楽専攻ピアノ科3年 大瀬良真緒

B会場:正門前屋外ステージ(キャパ1000)→作曲指揮専攻科4年 島内彰シマウチアキラ・吹奏楽アカデミー

C会場:体育館ホール(キャパ800)→器楽専攻ヴァイオリン科4年 遠藤薫エンドウカオル

D会場:多目的ホール(キャパ500)→オペラ同好会

E会場:東門前屋外ステージ(キャパ500)→和楽器ロック《SINOBI》

F会場:本館前ステージ(キャパ300)→ピアノ専攻科2年 加藤汐音カトウシオネ

G会場:本館特大教室(キャパ100)→音楽療法研究会

H会場:2号館アンサンブルスタジオ(キャパ50)→声楽専攻科1年 今村焦人イマムラショウト一岡健聖イチオカケンセイ

I会場:2号館軽音部サークル室(キャパ30)→ジャズバンド《LOCK STAR》

J会場:部室棟2階元演劇サークル室(キャパ15)→作曲学専攻科3年 藤枝和紀 』


「いやー、おっきいハコはやっぱスゴいっスねぇ。開演前だってのにもう人が並んでるっスよ。いやー……笑っちゃうくらいゼロっスね、ここ」


「なんでこんなトコにわざわざ一個ハコ作ったんだってレベルだな」


「そんな悠長な事言ってる場合っスか! 何弾くか、コンサートのテーマも何も教えてもらってないんスけど! このままじゃ5公演ずっと最底辺っスよ!」


 事実、既に他の所ではどの順番でどんな曲を弾くかを公表している演目会場も多い。


「別に、決まった曲を決まった順番で観客に聴かせるだけが音楽でもないだろ?」


 ――人を魅了させるエンターテイメントな音楽、期待してますよ。


 白井さんのそんな言葉が頭に思い浮かぶ。


「ウチがやるのは、ストリートピアノ形式だ」


 開演時間5分前。

 セナは頭の上に大きな疑問符をつけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る