第28話 幼馴染みのマネージャーをすることになった件
「白井さん、その……すみませんでした」
園児たちが帰り、ウキウキ気分で小楽屋に戻っていった美月の後ろを追いかけるのは俺と白井さんだ。
美月の嬉しそうな表情を眺めながら、白井さんは苦笑いを浮かべて言う。
「美月さんの無茶振りに振り回されるのは慣れていますので、お気になさらず。私の方こそ、和紀くんをいきなりチームに引き入れるだなんて突然言ってしまいご迷惑をおかけしました。これ、お詫びです。ブラック、飲めますか?」
白井さんは温かい缶コーヒーを手渡してくれる。
「ありがとうございます」と受け取った俺は、ぐびりと缶コーヒーを開けながら前を駆ける美月の姿を目で追った。
「迷惑だなんてとんでもないですよ、あの場で白井さんが助けてくれなかったらどうなってたか……。むしろ、光栄ですよ」
――彼は新たに『TRUE MIRAGE』の管轄メンバーに加わった演奏家なんですよ。
――遠くない未来、皆さんに披露出来ればと考えております。
嘘とは言え、天下のアイドルグループTRUE MIRAGEのセンター専属マネージャーからの一言だ。
喉を流れる珈琲の味は、いつも飲むより少し雑な味わいで。
缶を、未だ若干痺れの残る指先に沿わせながら思い返す。
俺としても、いつかは本当にそんなことになればなぁと妄想するほどには嬉しかっ――
「私はあの件、冗談で言ったつもりはありませんけどね」
「……ふぇあ?」
思わず変な声が出た。
「私としてもあそこまでの演奏能力を持ちつつ、演者の能力をも引き出せる演奏家は珍しく思います」
カツ、カツと白井さんの足音だけが廊下に響いていく。
「それに美月さんは感情によって音楽能力が左右されるタイプです。和紀くんがそばにいた今回、彼女の観客を巻き込む能力が飛躍的に向上していたのは誰が見ても明らかですからね」
「……ありがとうございます」
「ですから、ここで一つ私から和紀くんに提案があります」
俺の前を歩いていた白井さんは、くるっとまわって俺の前に立った。
「私は、美月さんがアイドルとして一位になることを切に願っています。そしてそのためには、『和くん』――いえ、和紀くんの存在が必要不可欠だと改めて痛感しました」
白井さんは続ける。
「私は美月さんについて、公のマネージメントは問題ありません。ですがプライベートの部分はどうしても手が届きません。美月さんはずっと『和くん』を追いますし、それを止めることもできない。ならば、私は美月さんの公的部分を全力サポートし、和紀くんが美月さんのプライベートな部分をサポートできればと、そう思っています」
「美月のプライベートを、俺が……ですか」
「えぇ。それと同時に、和紀くんには是非とも『TRUE MIRAGE』の演奏家としてチームの中に入っていただきたいんです」
白井さんはメガネをクイと持ち上げて冷静な笑みを浮かべた。
「お恥ずかしい話、現状『TRUE MIRAGE』はプロダクション・エイジの『ミスティーアイズ』に一度も勝てずにいます。人気の東城美月、実力の佐々岡みちると言われるように、アイドルとしての佐々岡みちるさんの後を追う状況です。ですがアニメの歌姫界隈にも進出してきた佐々岡みちるさんは、今やその人気すらも急速に伸ばしてきています。このままでは、美月さんはますます彼女から引き離されていく。そんなのを見るのはもう嫌なんですよ」
……っ!?
俺としても予期せぬ提案だった。
それって、つまり――。
「はやい話が演奏・演出・作曲家としてのスカウトです。新譜を一週間足らずであんなに自由にアレンジしていく編曲能力に、アイドルの感情を自由に操る演出能力。言わずもが演奏スキルも申し分ありません。人を震わせるその力を、是非我が社に託していただけませんか?」
願ってもない話だ。
美月を1位にするために、その本丸に入り込めるというのだから。
白井さんはスッとこちらに手を伸ばしてきた。
「お願いします。私たちの、美月さんの夢を一緒にサポートしてくださいませんか」
この手を握り返せば、俺は晴れてスタープラネットの一員となるのだろう。
人を通して楽しい音楽を聴いてもらう。それはとても楽しく、俺にとっても嬉しいことだった。
だが――。
「……過分に評価してもらって、ありがたい限りです。ですが、一つだけ」
俺は今は、美月の1位にしか興味がない。
美月がアイドル界で人気・実力ともに1位を確立するその日まで。
「美月が夢見るアイドル界1位の座を手に入れるまでは、他のことの全ては後回しになるかもしれません」
俺の言葉に、白井さんはクスリと笑みを浮かべて
「ホント、根っこの部分で二人とも似過ぎてるんですよね……。いいでしょう。美月さんを名実ともに日本一にしていきましょう」
がっちりと握手を交わす俺と白井さん。
お互い、利害は完全に一致している。
「あれ、白井さんと和くんがすっごい仲良ししてる……? 何してるの、和くん……。ねぇ、何の握手? 和くん、和くーん?」
てっきり楽屋に入っていたと思い込んでいた美月が、足音も何もなくゾワッと俺の肩に手をかけた。
「美月さん! 大丈夫です、お仕事のお話です。私は『和くん』さんに手を出したりなどは決してしていませんので、ご心配なく! えぇ、それはもう本当に健全なビジネス握手です!」
勘違いをしやすいこいつを日本一にまで押し上げるのは、少しだけ骨が折れそうだ。
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