第27話 幼馴染みだけが見られていたわけではなかった件

「みつきちゃんあくしゅしてー!!」

「あれシャキーン!って言うのもっかいやって、シャキーンって!!」

「ここどうやってくるんってまわったの!? すっごく可愛かった!」


「彼の演奏が私のダンスに完璧に寄り添って下さったおかげで、練習なのにも関わらず自分らしさが出せたんですよ。……だけどわたしは思うの。和くんが一番スゴいんだよ!」


 最初は冷静に対応しようとしていた美月が、わたわたしながら俺の方を指さす姿は新鮮だった。

 外行きの美月と俺の前での美月が混じっていて、どこか園児も不思議そうな表情だ。

 園児たちに囲まれながらダンスを一緒に踊っている美月の傍らでは、なぜか俺の方にも人が集まってきていた。

 

「ピアノの人すっごぉぉぉぉい!」

「ピアノの人めっちゃうまかったー! もっと聞きたい! もっかい聞きたい!!」

「ダダダダジャラララン! のとこがめっちゃかっこーよかったぜ、ピアノの人!!」


「……ぴ、ピアノの人ね。喜んでもらえて何よりだよ。でも悪いなぁ、アンコールは厳しめだ。指が吊っちゃってな……」


 本来ならばめったに演奏することのない6分という長丁場。

 ただでさえテンポの速い曲だったのをもっと速く正確にと追求していった結果、俺の指は早々と疲れ切っていた。

 本気でピアノに触れたのも、本気で弾いたのも、本気で人に合わせにいったのも久しぶりだった。

 だが久しぶりに全力で弾いたピアノはやはり楽しかった。

 ここまで燃え上がらせてくれた美月には感謝しかない。

 5指にピリピリとした電気が走っているような感覚は今でも続いている。


 3年分のブランク、だな。


 途中何度も指がもつれそうになった。最後まで弾き切れたのは奇跡に近い。

 対して美月はあれほど激しいダンスと歌を繰り広げたにも関わらず息切れ一つしていない。

 今も笑顔で子どもたちに寄り添って、一緒にダンスを踊ったりし続けている。


「……やっぱ美月はすげぇな」


「ね、分かる! 美月ちゃんのダンスめっちゃカッコよかった!」

「うたがすっごくきれいだった!」

「いっつもちょっとだけこわかったのに、今日めっちゃかわいかった!」


 園児たちの熱が止まるところを知らない。


「分かるよ、お目が高いじゃないか。園児でそれが分かるとは将来性のある奴らだ。美月は日本で一番凄くて可愛くて完璧なんだ。これからは美月の時代が来るからな。みんなも『TRUE MIRAGE』をこれからも全力応援してくれよな」


 そう言うと、奥の方でパチパチパチと全力で拍手を送っていた先生が涙ながらにこちらへ向かってくる。


「素晴らしい演奏でした! トゥルミラは最初から追っかけてきていたんですが、わたしは特に東城美月さんのファンだったんです! うぅぅぅ、凄かったですぅぅ!!」


「そ、それなら是非東城さんの方に言っていただければ――」


「尊すぎて……直視出来まぜん……ッ!!」


 顔を両手で覆って崩れ落ちる先生。

 先生の肩をポンポンと叩いて、園児の女の子は呟く。


「せんせ、おひるねの時間もトゥルミラ掛けてくれるもんね。それくらい、トゥルミラのことがすきだもんね」


「あんなに可愛い美月さんを生で見れただけでも幸せなのに、あれだけとびきり輝いている美月さんを間近で拝見させていただけた……ファン冥利に尽きます……!!! 今度CD20枚買います……!」


 なるほどこれはヘヴィオタクだ。

 俺でさえ最高10枚だというのに。


 先生は目元を拭って立ち上がった。


「……でも、不思議です。ファンブックでもライブでも、トゥルミラであなたの存在を見たことがありません。メンバーの東城美月さんと西園寺霧歌サイオンジ・キリカさんと南舞咲ナンブ・サキさん。くわえて作詞作曲家の西川さんでもないし、美月さん専属マネージャーの白井さんでも統括マネージャーの黒子クロコさんでもなさそうですが……」


 思った以上にめちゃくちゃ詳しかった。

 俺もそこまでの情報は知らないぞ。


「今まで美月さんがあんな表情で歌っているのを聞いたことがありませんね……。あまりにも雰囲気が違い過ぎてて別人だと思うほどです。あれだけ弾けるなら、トゥルミラのライブで弾いててもおかしくないはずなんです」


「せんせーやっべー」

「まえに幼稚園のテレビでアニメみようとおもってたら、録画がぜんぶトゥルミラだったんだよ」

「うちわ50枚くらいあったもんねー」


 園児たちの口から漏れ出る補足情報がやっぱりヘヴィすぎる。


「えぇと、それは……何というか――!」


 というかここまでトゥルミラについて詳しい人にどう弁明すれば良いんだ!?

 と、園児と先生に囲まれて問い詰められている状態の俺の元に現れたのは――。


「いつも『TRUE MIRAGE』をありがとうございます。彼は新たに『TRUE MIRAGE』の管轄メンバーに加わった演奏家なんですよ」


 ――白井さんだった。

 白井さんは赤縁メガネをクイッと挙げて先生ににこやかに話し掛けた。


「し、し、白井さん! 白井さん……! 東城美月さん専属マネージャーさんだ……本物……!! ってことは、いつかこの演奏とあの美月さんが……舞台の上で……!?」


「はい。遠くない未来、皆さんに披露出来ればと考えております。まだ練習段階なので本格的に舞台の上に立つことは難しくまだお伝え出来ていなかったのですが……ね?」


 白井さんは表情を崩さずに俺に笑顔で問いかけた。

 なるほど話を合わせてくれるのか。

 さすがは敏腕マネージャーだ。


「……はい。全身全霊、頑張りたいと思っています」


 流されて言ったその言葉に、先生はガッと俺の両手を掴んだ。


「期待、しています! あの演奏、本当に感動しました! 東城美月さんのあの笑顔を引き出したあの演奏は、きっと『TRUE MIRAGE』を更なる高みへ連れて行ってくれると信じています! 確信しましたから!」


「……っ!」


「それまでトゥルミラの一ファンとして、あなたのファンとして他言は絶対にしません! 是非、ステージ上で聞きたいです! 頑張って下さい! 頑張って下さいね!!」


 二度強く言われる。

 俺はというと、あまりのことに言葉が出なかった。


 見られていたのは、美月だけじゃなかった……のか……?

 俺は美月の全力を引き出すためにただひたすらがむしゃらに弾いていただけだ。

 美月を見ろと。

 こんな表情を隠し持っている美月をもっと見てくれと。

 そんな思いで弾いていた俺の演奏が、こんなにもこの人を震わせてくれたのか……。


 美月……美月は……。


 ふと、無意識に美月を探していた。

 園児たちと戯れながらの美月とふと目が合った。


 彼女はにかっと晴れやかな笑顔でブイサインを送ってくれた。

 ただ難しい曲を弾くだけじゃない。

 ただピアノの先生と両親だけを満足させるだけじゃない。

 ただこなす・・・ためだけじゃない。


「ありがとう……ございます」


 ぐっと力強く握りしめられた手の温かみは、俺が今までに感じたことのないものになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る