第25話 幼馴染みの表情に変化が出てきた件
「TRUE MIRAGE」7thシングル、『千の剣で斬り裂くように』。
発売直後からオリコンランキングに名を連ね、先週のオリコン週間チャートでは第3位を獲得。
シングルとしては5thシングル『アンブレイカブル』の6位、6thシングル『永久不変』の4位を抜いて最高売上げを記録している。
その最も主たる理由としてはダンスが得意なトゥルミラにおいて、マイクスタンドを剣に見立てて剣舞をするといった斬新性と、圧倒的なセンターとしてトゥルミラの屋台骨を支える美月のソロパートがふんだんに用意されていることだろう。
そのため自己アレンジしてみたこの曲は、美月の歌う主旋律に最も合う明るいコードを終始採用してみた。
ただでさえ美月色が強いこの曲をさらに美月のパートに寄せてみたものとなる。
まるで本番さながらのように歌って踊るは東城美月。
マイクスタンドを片手に担いで歌とダンスを両立させる姿は、さすがプロの一言だ。
「やっぱ、カッケェなぁ」
引き締まった表情に凍てつくようなその視線。
そんなクールな美月から放たれる透き通った歌声。
鍵盤を走らせる指にも思わず力が入る。
「だけど美月の良さは、絶対
美月の良さは、クールな音楽だけじゃない。
俺の前でだけ見せる、どこまでも底抜けに明るくてどこまでも人を輝かせる表情とそれに呼応した可愛らしい歌声こそが彼女の何よりの魅力なのだ。
サビ前からコードを半音上げれば、クールな曲調から一気にアップテンポな曲調へと変貌を遂げる。
目まぐるしく動いていく主旋律をさらに速く、対応する和音にもさらに強弱を付ける。
俺の演奏全てが美月を輝かせるための撒き餌になれば良い。
アレンジはボタン一個を掛け間違えれば演者の良さ全てをかき消す大博打だ。
だからこそ、今の俺の全力アレンジをここに叩き込んでみる。
美月は流れる音楽に沿って気分やダンスを無意識下で変えていく。
俺のアレンジが中途半端ならダンスも歌も陰るだろう。
だが上手い具合に俺との演奏がマッチすれば、美月の潜在的な才能はさらに開花してくれるはずだ。
そしてそれは、現在不動の一位を誇る『ミスティーアイズ』のみちるさんをも凌駕してくれるほどに。
「おぉ……おぉ……! 和くん、この感じ、すっごい楽しい! カッコ楽しくてこのアレンジすっごく好きだよ! このまま続けたいもん!!」
ノリに乗ってくれている美月のダンスは、曲のスピードアップに伴って輝きを増していった。
華が咲いたかのような満面の笑顔は間違いなく天性のもの。
見た人全てを惚れさせる威力の高いそれには、誰も抗えるわけがない。
「俺の方こそ、こんな可愛い美月が見られるならもっとお付き合い願いたいくらいだ」
自然と笑顔も増え、楽しそうに踊ってくれる美月を見ていると思わず当てられる。
自分の編曲で演者がここまで輝くならば、嬉しくないわけがない!
――と。
(やっぱとぅるみらすごーい……!)
(せんせ、テレビでみるより美月ちゃんがかわいい!)
(かーちゃんあの曲のCD買ってたんだよ!)
(あのとぅるみらのヒト、こわくないよ!)
ふいにドアの付近からの声が聞こえてきた。
ガラス越しに美月の姿を見ているのは……園児たちだろうか。
美月もその存在に気付いたようだ。
ふいっとこちらを向いて美月は口角を上げて白い歯を見せた。
「せっかくだから、入ってもらおうよ! 和くんの演奏、すっごく格好良いからみんなにも聞いてほしいな!」
原曲とは少し違った可愛さ重視の曲に乗っかった、真っ直ぐな笑顔が俺の視界に突き刺さる。
もう今なら何をされてもなんでも「いいぞ」と言ってしまえるほどの破壊力だ。
それに、美月自身が気付いていない美月の良さが存分に出ている今はチャンスでもある。
「美月のそれもめちゃくちゃ格好良いから、お客さんに見てもらうか。体力は続きそうか?」
「和くんが弾いてくれるなら、永遠だよ!」
ブイッとピースを掲げた美月は、ドアに向かって小さく手招きをした。
ここからはお客さんを入れてのライブ前哨戦とも言える。
美月が――いや、
曲はサビへと向かい、アップテンポに転調させると同時に俺は力強く鍵盤を弾いた――。
○○○
(……とぅるみらだ!)
(センセ、東城美月ちゃんだよ! テレビで見るよりかっわいい!!)
(すっごーい! 本物だぁ!)
(かおるせんせー、入っちゃダメかな!?)
アンサンブルスタジオ3のドアを前にして、園児たちが静かに沸き立っていた。
音楽に興味のある保育園児を集めてスタープラネットミュージックを見学させてもらってはや2回目。
まさか現役アイドルの練習風景を外から見学することが出来るとも思っていなかった保育士、
「だーめ、アイドルの練習邪魔しちゃダメでしょ。さ、奥まで見させてもらったし戻ろ、みんな」
「そーゆーセンセが一番見てるじゃんか」
「だ、だって先生、トゥルミラの大ファンなんだもの! 近くで見るなんておこがましい真似出来るわけないじゃない」
「でもさっき、おっちゃんいいって言ってたじゃんか」
「それは……そうだけど……」
先ほどすれ違った社の関係者も笑いながら、
――そーいや、今向こうの方でアイドルが練習してるっつってたから見に行ってみるといいんじゃないかい、先生?
とは言っていたものの、相手は天下のTRUE MIRAGEのセンターだ。
スタイリッシュで格好良くて、いつかこんな女性になってみたいと思わせるような、そんな魅力が彼女にはある。
大ファンだからこそ粗相をして迷惑を掛けたくなかった。
「でもトゥルミラのヒト、ちょっとこわいから……さっちゃんはいい。みちるちゃんだったら行ってた……」
服の袖をきゅっと握って後ろに隠れる少女は、遠目から恐る恐る中を見る。
「そんなことないよ。美月ちゃんもすっごく可愛いよ?」
ふるふると首を振る少女に、少しだけ苦笑いが零れた。
確かにTRUE MIRAGEは他のアイドルと比べてクールさと格好良さを前面に押し出しているためか、低年齢層からの支持が少しだけ薄い。
「先生はあんな感じの格好良い女の子憧れる……憧れる、けど……あれ?」
東城美月をずっと眺めていたことで気付いたそれは、ふとした小さな違和感だった。
いつもステージ上で見ていたから感じるものなのか、生で見ているからこその違いかは分からない。
「なんか、いつもと表情が違う……ような――?」
今村の感じた違和感をよそに、園児たちが「わぁっ」と歓声を上げた。
「せんせ、せんせ! 美月ちゃんがこっち来いって!」
「かおるせんせ、行こ行こ!」
「見たい! 見たい!」
「わ、分かったわ。その代わりお約束。絶対練習の邪魔しないように、静かに座って聞くこと! いい?」
『はーい!』
聞き分けの良い園児たちはそろり、そろりと部屋の中へと入っていく。
今村も、大好きで大ファンなTRUE MIRAGEの曲をこんな形で聞くことになるとは思ってもいなかった。思わず心臓が早鐘を打った。
「さっちゃんも、行かない?」
手を差し伸べると、少女は東城美月の表情を見て不思議そうな顔をして呟いた。
「……行ってみたい、かも」
その時の彼女たちが、新生・東城美月の姿を見た最初の観客たちとなるのだった――。
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