第24話 幼馴染みに聞かせるアレンジ曲は、幼馴染みへの挑戦曲だった件

「白井さん、忙しそうだな。ま、やるべきことは見つかったし収穫はこれでも充分だ。美月、お前この後どうする? 何もすることないならメシ食って帰るか?」


 将来的にピアノと練習場を確保出来るかも知れないと分かっただけでもまずは目標達成だろう。


「白井さん、トゥルミラのマネージメントだけじゃなくてソロ活動の多いわたしの専属マネージメントもしてくれてるから大変なんだって」


 まるで他人事のように言う美月だが白井さんと話している感じ、余程信頼しているんだろうな。

 アイドル事務所だからってちょっと身構えてはいたが、結構幼馴染みが気を許せる人もいそうで安心していたところだ。

 俺が持っていた鞄を肩に提げて立ち上がると、美月は「え、和くん! それもしかして!!」と指をさした。


「和くんが昔から使ってる譜面入れ! もしかして、もしかして! 和くんの書いた譜面が入ってたりするの!?」


「……まぁ、一応なんかピアノ弾くことあったらって思って持ってきてみたんだけどな」


 瞬間、美月の瞳がキラリンと煌めいた。


「和くんのそれ、昔から使ってる譜面入れだもんねぇ。……ね、聞いてみたい」


 ここに来る少し前にとある譜面を調整してきたものの、そう出番はないものだと思っていた。

 少しくらい久しぶりにプライベートで本格的なピアノにでも触れれば万々歳としか思っていなかったのだが――。


「じゃ、ここのピアノ使って少しだけやらせてもらうとするか」


「せっかくならもっとおっきい場所で聞きたいかなぁ。わたしが練習する用のスタジオならいつでも使っていいって言われてるし、行ってみようよ。和くん、れっつだんしんぐだよっ!」


「ちょ、おまホントに大丈夫か!?」


「ふふん。こう見えて、事務所に顔は利くのです。今日は他に練習生が来るってお話も聞いてないもん。一日くらいならだいじょぶだよ」


 小さくウィンクするのは美月。

 そうだ。そういえば美月はスタープラネットミュージックの看板アイドルだってことを忘れていた。

 ……ある種の権利濫用な気はするが。


「それとも、和くん、まだピアノ弾きたく……ない?」


 俺の手を引く彼女は少し不安そうだった。

 眉をしかめて、美月は心配そうにこちらを見据える。

 

 大学に入っていつも俺がピアノを弾くときは必ず何か試されている時だった。

 ゼミでの作曲発表の時。実技試験の時。授業での演奏発表の時。

 なまじ今までの積み重ねのせい・・か、練習もそれほど必要なかったがために常に一発勝負。ただこなすためだけに鍵盤をぶったたいていた。


 ――が、今は違う。

 俺を試そうとしてくる人なんて一人もいない。

 俺を縛ってくるような人もいない。

 自由に、楽に、何も考えずに幼馴染みに聞かせるだけの環境があるとするのならば――。


「そりゃ弾きたいな。美月に最高のパフォーマンスで聞かせられる状態だからな」


 答えは一択だ。


「やたっ!」


 小さくガッツポーズをした美月はスキップ混じりに俺の手を引いていく。

 艶のあるポニーテールがほわほわと空を舞うその姿は、昔っから何一つ変わっていない。

 そして、昔っからこんな底抜けの明るさに救われ続けてきたんだ。


○○○


 『アンサンブルスタジオ3』。

 それが美月がしれっと入った練習室である。

 道中、美月が事務所前で出会った人と再会した時は――。


「お疲れさまです、東城です。少しダンス確認をさせていただきたいので、練習室を使わせていただきたいのですが空きはありますか?」


「おぉ、そういやさっきそんなこと言ってたなぁ。ほれ、これアンサンブル3の鍵だよ。後で経理の鈴木さんにでも返しといてくれ。っと、後は今、幼稚園児ちゃん達の事務所見学があるからもしかしたら遭遇するかもな。そん時は何とか上手くやってくれ」


「ありがとうございますっ!」


 ――と、完璧な外行きスタイルで練習室の鍵をもらっていた。

 美月の対応力も流石の一言だし、スタープラネットミュージックの社風も非常に緩いようだ。

 背後にいた俺の姿を見ても特に何ら突っ込まれることはなかった。


「ここがアイドル事務所の音楽スタジオか……。やっぱ、本格的だな」


 質の良さげな防音加工が施された壁にギター、ベースアンプやドラムス。

 マイクにスピーカーにCD、MDデッキなどなどなど、俺でも分かる高価なメーカーの楽器材が当たり前のように置かれている。


「これでもダンスレッスン用だから広さ重視で器材は少ないんだけどねぇ」


 スタジオの壁に張られているリフェクスミラーを前に、美月はぐにっと軽いストレッチを始めた。

 美月と俺の音楽は、ただ聴いたりただ奏でたりするものとは違う。

 美月がダンスを始めれば、俺はそれに合わせて即興曲を作ってみせる。

 俺が曲を弾き始めれば、美月はそれに合わせて即興ダンスを踊ってみせる。


 贔屓目なしにしても美月はダンスが上手い。それこそ、端から見ててワクワクするほどに。


「こっちは準備オッケーだよ、和くん! 即興曲でも何でも合わせられるようになったんだからっ」


 不適に笑みを浮かべる美月。

 俺としては、トップアイドルのダンスを間近で見られる数少ないチャンスだ。

 存分に利用させてもらおう。


「じゃこんなのはどうだろう。『千の剣で斬り裂くように』。ピアノアレンジだ」


「……ふぇ!? ちょ、か、和くんこれって――!?」


 美月は驚くと同時に、焦りながらも手慣れた様子でセンターマイクの前に立つ。


 『千の剣で斬り裂くように』。

 美月を不動のセンターとして、マイクを剣に見立ててステージ上で剣舞を披露することから始まる、先週発売された「TRUE MIRAGE」の7thシングルだ。


「先週発売し始めたばかりの新譜、もうピアノアレンジにしてるの!?」


「コード進行も俺好み。嬰ト短調でサビ前転調。最後に3,4連続半音上がり。まだネットにそれほどアレンジが上がってないからこっちはこっちでやりたい放題だったんでな。俺のアレンジ曲がプロに通用するかどうか、試してみたいんだ」


 「TRUE MIRAGE」全体の構成から美月主体の主旋律を重点的に譜面に落とし込んだこのアレンジ曲。いわば美月が歌っている良いところだけを引っこ抜いたものになる。


「……っ! 和くん、ホントにスゴいよ! わたし、負けてられないんだからねっ!」


 ――ただ、ステージ上で「TARUE MIRAGE」として歌う美月とは既に表情が若干違うものになっているのが気になる所かもしれない。


 カチャリ、と。

 イントロを流し始めたその時、ふとスタジオの向こうにいた複数の人影に俺たちはまだ気付いてすらいなかった。

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