第23話 幼馴染みの言うことは、俺しか理解できていなかった件

「えぇと、ところで美月さん。今回和紀さんをお呼びしたのはどういったご用件になるのでしょう?」


 そういえばそうだった。

 楽屋に腰掛けた美月の向かいに座った俺と白井さん。


 美月が出している常時ほわほわとした雰囲気は止まるところをしらない。

 俺が説明しようと思っていたが、にこにこ顔で美月は代わりに喋ってくれた。


「えへへ、それはですねぇ、和くんはとーってもピアノが上手なんです。和くんがピアノを弾くと、わたしもぶわぁぁぁぁってなって、しゃきーんってなるんです。だからみんなにもほわぁぁってなってほしいから、もっと練習できる場所をあげたいなぁって、ぜひ聞いて下さい! 和くんはホントのホントにすごいんですから!」


 身体を大きく広げて言葉を紡ぐ美月。

 頭の中で、セナと会った時のみちるさんの言葉が過ぎる。


 ――あの弾き語り、すごく綺麗だったよ。なんかこう、胸にきゅ~~って来て、ほわわ~~って感じがして、それでいてシャキッとしてて、格好良かった、凄い!


 トップアイドルが二人して超感覚派なのもどうなんだ、それは。

 まぁでも美月が言いたいことは全部言ってくれたしな。

 俺がうんうんと頷くも、白井さんは違った。


「なるほど。全く分かりません……。美月さん、あなたは本当にあの、理知的で聡明な美月さんなのでしょうか……? むしろ和紀さんは――わ、分かった、んでしょうか?」


 ふと、隣を見てみると本当に頭の上に大量のはてなを浮かべた白井さんがいた。


 何を言っているのだろう。こんなにも分かりやすく説明してくれたじゃないか。


 ……。


 ……?


 ……!!!!

 

 ……ってそういえば、俺まで美月に充てられて完全に家テンションでいてしまっていた!!


 あまりの美月の変遷ぶりに白井さんは困惑しているのか!

 それだけあって、白井さんにとっては今の美月はよっぽどのものに見えるのだろう。


「これがあの容姿端麗成績優秀クールビューティーな美月さん……? うそ、こんなのただの恋にどっぷり浸かった語彙力無しで乙女な可愛すぎる女の子じゃないですか……」


 俺にとってはこれ・・が本来の美月なのだ。


「そ、そういえば、和紀さんは、今何をやられていられるのですか……?」


 口を両手で覆って何やらぶつぶつと一人で衝撃を受けている白井さんにこれ以上負担を掛ける訳にはいかない。


 ここは俺だけでもきちんとしていないと……!


「俺は今、帝都音楽大学に通っています。現状、家には壊れかけのピアノしかなくって……。美月にピアノとスタジオが借りられる場所があるってのを聞いて来てみたんですが、まさか音楽事務所だとは俺も思わずに――」


「帝都音大! ミスティーアイズの佐々岡さんの母校ですか。弊社もちょうど3年前から視察先で増えた場所だったんですよね」


 白井さんはポンと手を叩く。

 3年前っていうと、確か俺が帝都音大に入学した年になるのか。

 それにしても視察先……? って何のことだ?


「ウチの社長が突如帝都音大を目にかけ始めてたんですよ」


 そう言って、白井さんはおそらく社長(?)の真似をするかのように眉間に皺を寄せた。


「『帝都音大をマークしておけ。深くは言えないが、それを逃してしまうとウチのアイドルがアイドルを辞めるといって聞かないんだ……! 実力があると分かればすぐにウチに迎え入れろ!』って。和紀さんを前に言うのも何ですが、3年間張ってみても、現状大瀬良さん以外に魅力のある方がいるかと言われると……」


「和くんがいるじゃないですか」


 ふと、美月の目から光が消えた。


「み、美月さんっ……!?」


 ビクッと白井さんが言葉を止める。


「世界で一番凄くて格好良い和くんがいるじゃないですか。和くんが一番上手なんです。しなやかな指の動き、正確な弾き方、音楽性、何を取っても和くんが一番なんですよ。だって昔っから和くんは――」


「分かったもういいやめてくれ美月俺が悪かったから!?」


 今日ほど真面目にピアノを弾いてこなかったのを後悔しない日はない。

 実際ほとんど力を入れずにやってしまったから今があるのだから。

 白井さんの評価は当たり前だし実際大瀬良は凄すぎる奴なのだ。


 白井さんはふと胸に手を当て動悸を抑えるようにして、「まぁ、それはさておき」と居住まいを正して続ける。


「だから例えば、和紀さんの代で行われる実技試験後の学祭でのラストコンサート。あのお披露目会にはスタープラネットミュージックも参加しているんです」


 というか、実技試験のラストコンサートって……大瀬良もそんなことを言っていたな。


 帝都音楽大学は3年生の1学期期末に行われる実技試験の成績によって、帝都音大が主催する学祭コンサートのメインを務めることがあるらしい。

 多くはそれぞれの研究室で培った学内学会のようなものになるが、そのラストでは3年前期の成績優秀者は特別枠としてそれなりの持ち時間が与えられるとか。


 有名な音楽祭であり、一般公開されるということから人の入りもかなりのものとなる。

 4年生にもなれば就活に忙しくなるし、3年は早い内から外部にアピール出来る。企業としては、各分野のエキスパートが将来性のある生徒を品定めできるということからガイダンスでも結構言われてたりはしたな。


 ……とはいえ今年の代は大瀬良真緒の一強すぎてほとんどみんな彼女が学祭メインで確定という空気が出ているのだが。


「器材貸し出しというならば、そこで結果を出していただくのが一番の近道かなとは思いますね。将来的に何件か契約することを条件に、年中無休でいつでも使える帝都音大に近いスタジオは契約先にもなっています。そうすればスタープラネットも和紀さんにお声かけすることになるでしょうし……ってこれ言えるの、美月さんの知り合いだからってことなので内緒でお願いしますね!?」


「むしろ、本当にありがたいです……!」


「わたしとしては美月さんがお引っ越しされたのもありますし、近くに一つくらい美月さん用途で使っていただきたい場所もあるにはあるんですが……なんとも、経理部が首を縦に振ってくれなくて……」


 するとコンコンと楽屋のドアが叩かれる。


「白井さん、経理の鈴木です~。事務所に見学の子どもたちがいらっしゃったので担当お願いします~」


「うっ、もうそんな時間ですか!? はい、すぐに! か、和紀さんはどうぞごゆっくり……! そ、それではっ!!」


 何やら慌ただしく去って行く白井さん。

 そういえば今日の美月は事務所に来る予定がなかったって言ってたもんな。

 わざわざ手間を掛けさせてしまって申し訳ない。


「むぅ、白井さんにダメって言われちゃった……。わたし、和くんの力になれると思ってたのに、ごめんねぇ……」


「いや、大学でも申請しなきゃ自由に演奏出来ないって所しかないからな。しかも今はソロピアノだけ貸してくれるトコなんかないんだ。音大に行く奴はほとんど手前のピアノ持ってるってのが前提だからな。年中無休で貸し出してくれる所があるってのを知れただけで充分ありがたい」


「……ホント?」


 俺の袖をきゅっと引っ張って上目遣いで涙目を浮かべるのは美月。

 自分のこととなるとどこまでもストイックに、ひたむきに走れるってのにこういう小事で必要以上に凹んでしまうのが良くも悪くも美月なんだよな、昔っから。


「ホントのホントだ。要するに、次の試験で俺が一番取ればそれでいいって話だろ? 任せろ。美月が伝手を使って紹介してくれたこの機会は、絶対に逃すつもりはない」


 くしゃくしゃと頭を撫でると、美月はほっこりと笑ってくれた。

 頬は少しピンク色になり、表情は華のような笑顔でいっぱいになる。

 ホント、この顔をテレビの前でするとそれはそれで人気は拡大すると思うんだけどなぁ……。


 俺は、ふと持ってきた自分の譜面の入った鞄を見つめながら小さく思っていたのだった。

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