第22話 幼馴染みが日本一になることは、誰よりも俺が望んでいる件

 「だからこそ、美月さんには一位になって欲しいんです。あそこまで好きな人のために頑張れる女の子って、素敵じゃないですか。和紀さんがすぐその目標を叶えさせてあげたら終わりになっちゃいますけど、私たちはそれでも良いと考えています」


 一位になったら俺と一緒に住む。

 自分で考えるとそれはそれは小っ恥ずかしい話でしかない。

 だが美月は本気だった。

 あの日、あの時、あの場所で。例え捏造されていようが、美月が何年間も頑張っていられるのはその目標があったからこそだ。


「美月はそんなので妥協する人間じゃないですよ。どこまでも自分にストイックで厳しいからこそ、こっちがそんな簡単に折れたらそれこそあいつの今までの頑張りを無にしてしまいます」


 俺がここでさっさと、「じゃあ美月! 一緒に住もうぜ!」と口だけ言うなら簡単なことだ。

 だけどそんなことをしても美月は喜ばないだろう。

 そしてそれは俺も同じだ。

 

 俺は全力で輝く幼馴染みの姿を、もっと近くで見ていたい。

 全力で頑張る幼馴染みを、もっと近くで応援してやりたい。

 俺の幼馴染みは、こんなにも可愛くて格好良いんだというのをもっと全世界に知って欲しい。

 そして美月には、正真正銘日本一のアイドルになって欲しいのだ。


 それに、美月はまだ自身でも気付いていないのかもしれないが自身の全力を出し切れていないからな……多分。

 そのためには、俺がさっさと美月の隣に立てるような実力を身につけるのは急務だ。

 自分の力で出来る限りは、何だってやらせてもらう。


「会社としては、その方が助かりますけどね」


 白井さんは苦笑いだった。


○○○


 美月が待っているのは、事務所内にある小楽屋だった。

 曰く、スタープラネット所属のアイドルなら誰でも使って良いとされる部屋で小さめのピアノとダンススペースがあると言う。


「一つ、お伺いしておきたいことがあります」


 白井さんはドアノブを持って止まる。


「もしも、このドアを開けてしまったとしたらあなたは、事務所内でトップアイドル東城美月の楽屋に入った初めての一般人となります。それと同時に、一般人・・・の一言で終わらせられなくなる可能性も」


「……はい」


「美月さんの原動力、一位を目指すバイタリティとそれに向けた努力。その全ては和紀さん由来のものです。私たちは彼女の気持ちを利用してしまった側です。彼女と心中する腹は括ってます。ですが和紀さんはまだ、引き返せます」


 白井さんは言葉を選びつつ、全力で俺の立場を慮ってくれていた。

 この部屋に通れば、俺ももうタダではすまない。

 ここで今から会う彼女は単なる一人の幼馴染みではなく、日本のトップアイドル東城美月の総本山なのだから。

 少しの過ちで、美月のアイドル生命全てが絶たれてしまうかもしれない。

 事務所も、美月も、そして俺自身も。

 この歪な関係が露呈してしまえば日本中から総バッシングを受ける可能性も高い。


「今さらですかね」


 だけど、正直そんなことはとっくの昔から腹括ってるんだよな。


「美月がこれまで何人を救って、これから先何万人を救おうとも。一番最初にあいつに救われたのはこの俺です。そんな美月が命懸けで渡ってる綱を対岸からじっと見てるなんて出来る訳がありません」


 美月が日本一になりたいんだったら、全力で俺もサポートする。

 美月がアイドルを辞めたいっていうなら、全力で肯定する。

 全世界からどんなバッシングを喰らったとしても、俺だけは美月の味方で居続ける。


 それが、腐って沈んでいた俺を忘れずにい続けてくれた幼馴染みへの最低限の礼儀だ。


「美月がこれだけ頑張ってるなかで、俺のことまで心配してくれているんです。全世界からのバッシングより、美月一人に泣かれる方が俺にとってはよっぽど地獄ですよ」


 それが俺の偽らざる本音だ。

 

「ほ、本当に似た者どうしじゃないですか、お二方……。言ってること、美月さんと一緒ですよ」


 くすりと白井さんは、安心した様子で笑った。


「『和くん以外なら、誰に嫌われてもいいんだよぉ』って画面の向こうの『和くん』さんに言ってたアイドルが、この中にいますからね」


 俺はともかく、アイドルとしてはどうかとは思うけどな。

 白井さんはコホンと咳払いをして、覚悟決まった様子でドアの向こうへと声を掛ける。


「お疲れさまです、白井です。……本来は一般人がアイドルの楽屋に出入りすることが有り得ない、というのを念頭に置いた上で内密にお願いします」


 ドアを開ける前に念には念を押す白井さん。

 

「もう、白井さんってば! ちゃぁんと分かってますよ! えへへ~」


 この声は絶対に分かっていない。

 隠そうともしていない。

 最後の最後に変な笑い声が漏れ出てるくらいには分かっていない。


「……そういえば、和紀さん。一つお伝えするのを忘れていたことがありまして」


 白井さんはため息交じりに呟いた。


「美月さんは、周囲にはあなたへの好意を完全に隠せていると自認しています」


 ここまで諸バレも良いところで、何がどうなってそう思えるんだろう。

 白井さんと共通認識とした中であそこまで濃い話をしているというのに、幼馴染みの認識が少々ザルすぎる。


 ギィ、と扉が開くと同時に見たその光景は――。


「わぁ、待ってたよ、和くん! えへへ~」


 俺の後ろではあからさまに頭を抱える白井さん。

 

 ――そこにいたのは、もう隠しようがない程にいつも以上の幼馴染みテンションで待っていた美月の姿だった。

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