第21話 幼馴染みの原動力は、会社をも救っていた件

「美月さんに『和くん欠乏症』なるものが現れ始めたのは、私が彼女をスカウトしてから1年ほど経ち始めた頃でした。当初私が見た彼女のダンスは、誰が見ても宝石の原石とも言えるほどに人を惹きつける魅力がありました」


 美月専属マネージャーである白井さんは神妙な面持ちで語り始めた。

 っていうか『和くん欠乏症』って何だ。共通認識なのか。

 大丈夫かスタープラネットミュージック! 日本有数のアイドル事務所!?


「一つ質問があります。それは至って真面目な話という認識で大丈夫でしょうか」


「至って大真面目です。トゥルミラの全活動およびスタープラネットミュージックの根幹すらも揺るがしかねないものですから」


 知らない間に、俺自身とんでもないものに巻き込まれている気がする。

 

「私が美月さんをスカウトするきっかけとなったダンスというのが、とある高校の文化祭でのものです。音楽室の中央で曲に合わせて華麗に踊る彼女は、まさにアイドルというにふさわしい風格を漂わせていたのです」


 あぁ、確かそんなこともあったな。

 文化祭の出し物疲れで、美月と一緒に休憩がてら適当に入った音楽室でピアノ弾いてたら美月が勝手に踊り出してた頃の話だな。


 「思いっきり、はしゃげる曲弾いてよ!」という何ともな無茶振りに答えて即興曲を作り弾いていると、ノリに乗り始めた美月の楽しそうな姿も相まって、どこからともなく観客がぞろぞろと集まってきたのだ。

 

 俺たちのストレス発散のつもりが、まるでコンサートの様相を呈していた高校1年の文化祭は、美月のお気に入りの思い出の一つだとか。

 体育館で行われていた本筋のライブ演奏よりも人が集まっていたらしいと後で聞いた時は非常に申し訳なく思ったのを覚えている。


 まさかあの時の美月のダンスを芸能関係者が見ていたなんてな。

 縁ってのは不思議なものだ。


「あのダンスを見てすぐに私は美月さんの獲得に動き出しました。思えばこの時から美月さんは不思議な原動力を持っている女の子でした……。社長と私で何度もアイドルへの道を誘っており断られ続けていたのが一転、彼女はある日を境にこういうようになったのです」


 白井さんは、当時を振り返るかのようにふと小さく呟き始めた。


「『トップアイドルになります。和くんと一緒に暮らすためです。和くんと生涯一緒の空気を吸って生きるために、私はトップアイドルになります』――と」


 その言葉を聞いて、久しぶりに会った美月が俺の言葉を捏造して覚えていた件をふと思い出す。


 ――美月さえ良ければまたアイドルになってからでもお隣さんになればいいだけだしな。トップアイドルにでもなれば、また俺と一緒に暮らせるだろ……って。


 捏造して覚えていたあの言葉、時が経って記憶が改ざんされたんじゃなくて聞いたそばから勝手に解釈変えてたのかよ……!?


「言ってる意味が分かりませんでしたが、当時は社員も私と社長の二人のみ。スタープラネットもアイドル発掘に社運を賭けていました。一か八かではありましたが、光る原石でしかない美月さんを取らない手はなかった。ですが、すぐに兆候は現れました。美月さんの『和くん欠乏症』です」


 そして、話題は一番最初のものへと戻った。

 やっぱり何度聞いても訳が分からないな!


「宿舎に越して1年が経ち、美月さんのダンスに陰りが見え始めたのです。スカウト時のキレも、楽しそうな表情もなくなった。その原因について顧問弁護士、社長や一流スカウトマンらと社を挙げて会議で何度も考え抜かれ、出た結果は一つでした」


 赤縁メガネをクイと持ち上げた白井さんは淡々と言う。


「彼女がよく一人でスマホの画面に向かって話す幼馴染みである、『和くん』さんと離ればなれにしてしまったからだったんです」


 社を挙げての会議でそんなことを議題に挙げさせてしまい大変申し訳がないという思いしかありません。


「マネージャー判断で、メッセージでもない、電話でもない『和くん』さんの写真に向かって延々とお話している様は少々こたえる・・・・ものがありましたので……」


 曰く、その携帯は一時マネージャー預かりとなっていたらしい。

 そう言えば美月と離ればなれになってからこの間まで一回も連絡は取り合っていなかったな。

 完全に忘れられたと思っていたらそんなことになっていたのか……。

 美月の原動力になれていて嬉しい反面、薄氷の上を渡っていることに危なっかしさを感じるな。


「それが分かってから、もちろんスマホはお返ししました。すると再び美月さんはキレのあるダンスを取り戻しました。それどころか美月さんにとっての『和くん』さんの重要性を鑑みた社長は、アイドルは宿舎に住むことを決めていましたが、美月さんの芸能界での立ち位置によっては『和くん』さんの近くに住んでも良いという条件さえ付けたのです」


「だから美月はあんなにすんなり俺のアパートにやって来れたのか……!!」


 少しずつ話が繋がってきたぞ……!

 知らない所で日本有数のアイドル事務所からアパートまでもがマークされていたというのか。

 美月がここ1、2年尋常じゃないまでに努力を積み重ねていた理由の一つもうっすらと見えてきた。


「それに、私や社長名義で『ミアカーサ』周辺の数部屋を取り押さえております。スキャンダル対策もばっちり行った上で許可していますからね」


 そういえば美月もそんなこと言ってたな!

 あれは事実だったのか、芸能事務所のマンパワーがとても恐ろしい。


「なんというか、たった一人のアイドルのためにそこまでやるもんなんですね……」


 事務所の廊下を歩いている俺たちだったが、「いえ」と白井さんは歩を止める。


「東城美月さんは倒産しかけていたスタープラネットを救ってくれた英雄なのです。私と社長だけの小さかった会社を選んでくれて、ここまで大きくできたのは、間違いなく彼女のおかげなのですから。だからこそ、私たちはあの子を守ります。あの子の思い描く夢を、全力で応援してあげたいんです。アイドル事務所としては失格なのかも知れませんけど、ね」


 困ったように笑うその姿は、少し嬉しそうだ。


「和くんさん……いえ、和紀さんの存在は、未だ社の中では初期メンバーである私と社長のみで把握しているトップシークレットです。美月さんだけではありません。美月さんの原動力であり続けて下さった和紀さんも、いわば私たちの恩人です」


 真っ直ぐとした目つきで俺を見てくる白井さんは、最後に深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます――!」

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