第20話 幼馴染には『裏の顔』があった件
最寄り駅から電車で揺られることはや30分。
美月おすすめのピアノとスタジオが借りられる場所があるとは聞いていたが、そんな都合の良い話があっていいものか――。
『和くん、土曜日の待ち合わせはこの場所で!』
既に昨日、場所は美月からLIMEで送られてきている。
慣れない土地にマップ検索をしながら向かっていくと、そこはうちのボロアパートは正反対なほどに綺麗で格式張った巨大な建物が姿を現した。
そしてビルの正面に刻まれたその文字は、今や日本で誰もが知っている会社の名前だ。
「スタープラネットミュージック? ってここ、『TRUE MIRAGE』の音楽事務所じゃないか……」
いきなり美月のド本拠地だ。
今や日本有数の音楽事務所としてその名を知らしめている「スタープラネットミュージック」は「TRUE MIRAGE」の台頭と共に有名になっていった。
スタープラネットは少数精鋭の事務所としても知られており、現在所属しているのはトゥルミラの他には3グループしかない。
にも関わらずその3グループ全てがオリコンランキングの常連であり、ドームレベルのライブチケットも入手困難になるほどに人気を博している。
それらもあり、プロデュース力の卓越した事務所であることがスタープラネットの認知度を一躍有名にしている要因でもあるだろう。
「なんというか、美月ってホントにアイドルなんだなぁ……」
謎めいた行動力でウチの隣に引っ越してきて、昔のように他愛のない会話を続けてはいるものの、いざこういう場所に来るとやっぱり美月は日本のトップアイドルなんだなと改めて思い知る。
っていうか場違いすぎてどこに行けばどうかも分からない……!
このままじゃ完全に上京したてのお上りさんだ!
通りがかる人々も不審そうにちらちらとこちらを伺ってくる。
美月……。早く来てくれ美月……!
見知らぬ世界を前に緊張しっぱなしの俺だったのだが。
「失礼ですが、マスコミの方でしょうか。本日は取材のご予約はどこのメディアからもないはずですが」
ふと後方から、少し不機嫌そうな声が聞こえてくる。
確かに芸能事務所の前でこんな右往左往している人間は警戒して当然だ。
「す、すみません、芸能関係とかではなくて知人と待ち合わせをしようとしていただけなので! すぐに別の場所に――」
「……うそ?」
振り返ると、その女性は目をまん丸くして俺の全身をくまなく観察し始めた。
反射的に俺も失礼ながらじろじろとその女性を眺めてしまう。
さっぱりと首元まで伸びたストレートの黒髪に紅いメガネ、そして清涼感のある黒いスーツ姿。
首から提げている名札には「スタープラネットミュージック 白井久美子」と書かれてある。ここの事務所で働いているこの方の名前なのだろう。
「ま、まさかあなた、『和くん』さん……ですか!?」
なんだ和くんさんって。
とはいえその呼び名には少し幼馴染みの顔が脳裏を横切った。
ぶつぶつと何やら独り言のようなことを呟きながら女性は慌てた様子でビルの中を見た。
するとそこには姿勢正しくきびきびと歩いてこちらに向かおうとしてくる美月の姿がある。
その表情は、キリッとした格好良い目つきとキュッと結ばれた唇からも分かるように、とても引き締まっている。
テレビで見るクールビューティー系アイドル、「TRUE MIRAGE」の東城美月だ。
「すみません! 事情は後で話しますので、隠れて!」
女性はガッと俺の腕を掴んで建物脇にあるすぐに近くの花壇に一緒に隠れた。
「え、な、何が起こっています!?」
「美月さんに
「は、はぁ……」
よくよく意味は分からないが、この女性が相当焦っていることだけは分かる。
隠れた瞬間に、美月に声をかける男性がいた。
聞き耳を立ててみると、どうやら事務所の関係者らしい。
『お疲れ様です、美月さん。休日に事務所にいらっしゃるのも珍しいですね』
『はい、知人と待ち合わせをしておりますので。もしかしたらスタジオの一部を使わせていただくかもしれません。その時は申請書も提出しますので、よろしくお願いします』
クールな表情をさほど崩さずに手際よく社の人と話している姿はやはり格好良い。
『了解です、「TRUE MIRAGE」のリーダーはきっちりしていて本当に助かりますよ。ではまた』
男性が社内に入るのを、丁寧なお辞儀と営業スマイルで送り出した美月は、すぐに事務所の正面ドア近くに立つとおもむろにスマホを操作しだした。
ピロン。
俺の携帯が鳴った。
『和くん、今どこにいる? わたしは待ち合わせ場所に着いたよ!』
美月からのLIMEだ。
ドアの前の美月はちょっとそわそわしている。
隣の女性はやはり、「れ、連絡先まで……!」とこれまた驚愕のご様子だ。
とはいえこの女性が俺を隠したってことはそれなりに何らかの意図があるのだろう。
無言でLIME画面を見せると、女性は「すみません」と断った上で言う。
「ひとまず事務所の中へ入っておくようにお伝えください。担当の者と一緒に向かう、と。そしてそこから決して一歩も外に出ないように、すぐに――と!」
「わ、分かりました」
ずいぶん念を押すものだ。
『事務所の人に見つけてもらったから、先入っててくれ。担当の人とすぐ一緒にそっちに行くよ』
言われた通りに文面を返すと、女性はほっと一息ついた様子で美月の姿を陰から見つめだした。
「申し遅れました。私、
そう言って女性――白井さんは名刺をくれた。
『スタープラネットミュージック 「TRUE MIRAGE」東城美月 専属マネージャー』。
ということは……この人が美月のマネージャーさんだ!?
「和くんさんをここに隠したのは他でもありません。弊社所属の東城美月には決して外部には見られてはならない顔が存在するのです」
そう言って、白井さんは美月の方を指さした。
美月は未だクールな表情でスマホとにらめっこしている。
うん。何の変哲もないいつものテレビで見る格好良くてスタイリッシュな美月だ。
――と、その時だった。
「わぁ、返信だ! 和くんから返信が来てる! やったぁ! はーい! 分かったよ、和くん!」
突如美月は豹変した。
クールな表情は一転し、幼児退行したかように喜びを満面の笑みと全身で現して美月はスキップ交じりで事務所内に入っていく。
事務所内に入った後は、再びスタスタと軽快に歩を勧めてスタイリッシュな美月に戻る。
な、なんださっきのは……。
俺の前にいる時の美月ともまた一味違う。
俺でさえ、あんあ美月がいるとは知らなかったぞ……!?
目の前で繰り広げられた幼馴染の変わり身の速さに驚いていると、白井さんは言う。
「これでお分かりになられたでしょう。クール系ビューティーアイドル、東城美月。彼女は昔から『和くん』さんという方のお話になると、あのように幼児のような純粋な心と態度を取り戻し、世間のイメージとは真逆の存在になってしまうのです」
この日、俺は幼馴染の新たな一面を覗き見ることになるのだった。
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