第19話 後輩がトップアイドルから直接スカウトされている件

 みちるさんはテレビ顔負けの笑顔を作って、「それではセナちゃんに軽いアイドル講座です」と指を3本立てた。


「これはアイドルに必要な3大条件になるの。もしこっちの世界で一番になろうと思ってるのなら覚えておいてもいいかも! ①アイドルはうんちなんてしない。②アイドルは皆のもの。③アイドルは処女であること」


「しょ――!?」


 耳まで真っ赤にして俺とみちるさんを交互に見やるセナの動揺を意にも介さずに、みちるさんは続けた。


「アイドルは、みんなにとってファンタジーの存在だからね。不都合なことは見せちゃダメだし、あってもダメ。セナちゃんが人前で演奏して、その熱量で人を虜にしていくタイプなら避けては通れないかな。古い観念かもしれないけど私も先輩にそう教わってきたし、それは正しいと思ってるよ。私の行動全てはファンのために、そしてファンの全ては私のためにあるんだから」


 迷いがまるで感じられない。

 テレビの向こう側で、今まさにファンへ向けて笑顔を送り続けるアイドルの、本当の覚悟を目の当たりにしている。呆気にとられる俺を余所にセナはぐっと唇を噛みしめた。


「し、失礼を承知でお聞きしたいっス!」


「うん、何でも聞いて!」


「みちるさんはそのお覚悟をいつまで貫き通すつもりっスか……!?」


 みちるさんは、終始ニコニコ顔を崩さずに言い切った。


「私にアイドルとしての商品価値がなくなるまでなら、いつまでも!」


 清々しくもあるその答えに、セナも「は、ははは……」と乾いた笑いが出ていた。

 そしてそれは俺とて同じだ。

 当たり前にあるはずのプロ意識を、ここまで言語化して徹底している。

 滅私奉公を貫き、常にファンと共にあるアイドルの鑑であり。

 絶えず新しいジャンルの曲にも挑戦し、自らのイメージと概念を常にぶち壊して日本のアイドル界を牽引し続けるその覚悟と実力は、やはり伊達ではない。

 これが日本のアイドル界の頂点――。


「だって私を求めてわざわざ地方まで握手会に来てくれるのは彼氏さんでも、旦那さんでもない。ファンの人たちだもの。その人たちが佐々岡みちるを応援してくれている限り、私は佐々岡みちるであり続ける。それが私が、この世界で勝ち続けることを許してくれた人達に対する精いっぱいの恩返しだと思うな」


 明るく毅然と言い切るみちるさんの姿は、あまりに格好良すぎた。

 美月は今までこんなバケモノ相手に最前線で戦い続けてきたのかと思うと、あの幼馴染みを誇りに思うほどに。


 そんなみちるさんの目線はテレビの向こうに行き着いた。


「今、セナちゃん達と同年代の『TRUE MIRAGE』はとっても良い子たち。ゆくゆくは日本のアイドル界も引っ張ってくれると思うけど」


 テレビ番組は、1位にランクインした佐々岡みちるの次に3位の「TRUE MIRAGE」を映し出した。

 センターで華々しく舞う東城美月を指さして、みちるさんは言う。


「まだまだ、下の世代に譲るつもりはないんだからね! お姉さん、負けない!」


 目を爛々と輝かせて王者の風格を漂わせるみちるさんに、控えていた中崎さんは

みちるさん、お時間ですのでそろそろ」と声を挟んだ。


「むぅ、せっかく私の歌をカバーしてくれた可愛い後輩ちゃんがいるって言うのに。中崎はいつもせっかちなんだから!」


 ぷんぷんと分かりやすく頬を膨らませ、みちるさんは再びマスクとサングラスを装着した。


「じゃね、セナちゃん! もし覚悟が決まったら・・・・・・・・是非ここに連絡してみて。私よりずっとピアノも上手だし、ずっと歌も上手いからすぐに上の方に行けると思う。中崎!」


「……名乗り遅れました。私、佐々岡みちるの専属マネージャーを担当させていただいております、中崎進ナカザキ・ススムと申します。以後お見知りおきを」


 そう言って中崎さんは丁寧にセナと俺に一枚ずつ名刺を寄越してくれた。

 セナがもらった名刺をゆっくりと読み上げていく。


「『プロダクション・エイジ』。日本国内最大手のアイドル養成所っス……!」


 ここ数十年、常に最前線で芸能界を牽引し続けてきた伝統と実績のある音楽事務所。

 その個人マネージャーの名刺ともなれば、価値も跳ね上がる。


「ここに来たなら最高の歌と、最高の歌詞をつけて私が日本No2のアイドルにしてあげる。ふふふっ」


 屈託のない笑顔とダブルピースで「じゃてんちょ、ご馳走様でしたっ! 今日もさいっこうに美味しかったですっ!」と足取り軽く店を出て行くみちるさん。


「おぅ、またいつでもおいで。おっちゃん小難しい話にゃついていけんが、頑張れよ!」


 つられるように店長も、似合わない満面の笑みで答える。


「良かったじゃないか、セナ。個人マネージャーからの直接スカウトなんて滅多にあったもんじゃないだろう?」


 ラーメンの器を下げながらセナに語りかけるも。


「……むぅぅぅぅ。先パイは、それでもいいって……むぅぅぅぅぅ」


 もらった名刺と俺の顔を交互に覗き込むセナの表情は、何故か複雑そうなものだった。


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