第18話 後輩の描く夢の中に、俺の存在が刻まれていた件

「ね、あなた。帝都音大でさっき弾き語ってた子だよね?」


「……ふぇ? あ、ハイっス。2年の香雅里星菜っス」


 流れるようなセナの自己紹介に、少女は物腰柔らかそうに「セナちゃん、良い名前だね!」とセナの頭を軽く撫でた。

 俺が若干固まってる間に、表情も見えないままマスク越しに少女は告げる。


「あの弾き語り、すごく綺麗だったよ。なんかこう、胸にきゅ~~って来て、ほわわ~~って感じがして、それでいてシャキッとしてて、格好良かった、凄い!」


 まるで語彙力の欠片もない褒め方だが、俺たち演奏者はヘタに理論的に褒められるよりも、より心を打った感想そのままを伝えられると余計に忘れられなくなる。


 そんな聞いた人の心を打つ演奏を、俺たちは心がけているのだから。

 当のセナも、胸に手を当てぎゅっと拳を握っているほどには嬉しいようだ。


「じゃあ、やっぱり将来はセナちゃんも芸能関係に進むのかな?」


 少女の問いに、セナは少しだけ俺を見てきた。


 ……?


 ふるふると首を振って決心を付けたかのようにセナは少女に笑顔で向き直る。


「ハイっス。先パイに神がかった曲を作ってもらって、それに神アツな詞を乗っけて――思いっきり、最強に気持ち良く歌いあげて全世界の人類を熱狂させるのがカガリの夢っス」


 それは、俺が初めて聞いたセナの夢だった。

 今までそんなにお互い将来のことを話すこともなかった。

 俺が何にも考えずに腐ってた間に、セナはこんなにも自分の目標を具体的に決めていたのか。


 事の成り行きを少しだけハラハラしながら見守っていた店長さんも、目頭を押さえて「いい夢じゃねェか……!」と声を震わせている。


 分かるけども、その夢に俺の存在があるのがもっと驚きだった。

 俺が最後に散らした全力は、入学試験で終わったはずだ。

 じゃあセナはあの時からずっと――?


 言った当人は、恥ずかしそうに耳にかかっていた茶髪を掻き上げた。

 対面の少女はマスク越しでも分かるようににっこりと笑みを浮かべる。


「うん、素敵な夢。すっごく応援したい。セナちゃんのその抜群の歌唱力と会場全体を巻き込むカリスマ性は芸能界向きだと思うな。アイドルかな、シンガーソングライターかな……」


 少女は顎に手をやり楽しそうに考え込んでいた。


(せ、先パイ、勝手に変なこと言って、ごめんなさいっス……)


 セナは少しだけ俯き気味に気付くように俺の袖を引っ張った。


「いや、光栄だ。ホールをあそこまで沸かせた奴にそこまで買ってもらってたんだからな。俺もそろそろ軸持ってやる決心がついたところだ」


(……? それって、どういう――)


 言いかけたセナを、少女が「そうだ!」と思い出したように制止した。


「もしかしてセナちゃん。お隣の人は彼氏さん?」


 サングラスを少し下げたその目つきは、どこか見覚えがある。

 ふとセナと俺の目線が合う。

 きょとんとしながらも、すぐにきゅっと唇を結んだセナは即答した。


「ん、ハイっス」


 ハイっスじゃねぇよ。

 なぜ見得を張った。

 なぜそう言った後俺の顔を見ない。

 なぜ顔全体を真っ赤にしている。お前が即答したんだろうが!?


 思わず心のなかで盛大に突っ込んで現実に持ち帰ろうとしていた俺をよそに、「あちゃ~そっか」と少し顔を落として少女はマスクとサングラスを取った。


「っス!?」

「マジ……!?」

「み、みちるちゃん、いいのかい――!?」


 その驚きは三者三様。

 店長のみが見知った様子で少女の奇行に驚いていた。


「め、めっちゃ綺麗っス……」


 整った輪郭に白い肌。透き通った黒い瞳と圧倒的な小顔にぷるんとしたピンク色の唇。

 思わずセナが口走るほどに、目の前で直に見るナンバーワンアイドルは神がかって綺麗だった。

 ラーメン屋のカウンターで流れている『短剣レイピアの突く先に』のテーマソングを歌うその少女――佐々岡みちるは、美しい顔をしかめて言う。


「やっほ、これで私たちは知り合いだから気軽にみちるさんって呼んでね! さて、彼氏さんがいるってなったら女性タレントとしてはなかなか生きていけないもんね。このまま仲良くやっていくのなら別の道を探した方が良いのかも――?」


「みちるさん、一般の人相手に言い過ぎですよ」


「ちょっとくらい良いじゃない、中崎。OGとして後輩が芸能の世界を目指すっていうのならば大事なことでしょう?」


 佐々岡みちる――もとい、みちるさんが脇に控えていたマネージャーと思しき人に諫められるも、彼女は聡明な目つきでセナを真っ直ぐ見続けている。

 っていうか、OGとして……?

 ふと店長を見上げると、店長はポリポリと頬を搔きながら呟く。


「ってぇか、なんで知らねぇんだ。みちるちゃん、3年前の帝都音大の卒業生だぜ? ちょうど先パイ君が入学してくる前だから知らなかったってのはあるかもしんねぇけどよ」


「3,4年生の頃なんてほとんどライブツアー続きで大学も通えませんでしたから。後輩さんたちが知らなくても仕方が無いことですよ、店長」


「まぁ、引き続いて店を贔屓にしてくれて元気な顔見せてくれてるから俺は文句ねぇけどよ」


 「ガッハッハ」とここまで豪快に笑い飛ばす店長もまた珍しい。

 やはりみちるさんも堅物店長と完全に打ち解けるほどにはコミュ力お化けというわけだ。

 驚きで声すら出ない俺とは対照的に、一人だけ怪訝そうな表情でみちるさんに喰ってかかる目つきをしている者がいた。


「……どういうことっスか」


「本気で表舞台に立とうとするならそうでしょ? 推しのアイドルや女の子に彼氏がいたら、ファンは悲しいもの。アイドルは皆のもの。誰かひとりのものになっちゃいけないんだよ」


 それは一種の圧にも思えた。

 芸能の世界を生き抜き、長い間トップに君臨し続ける絶対的なアイドル。

 美月がなかなか敵わないナンバーワンの座を保持し続けるその胆力。


 まるでそれを「常識でしかなく、犯す事の意味が分からない」と言った風に語るみちるさんに、俺たちはあまり考えたくない部類の現実を突きつけられていた。

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