第17話 後輩に話し掛けてきた少女が、明らかに一般人離れしている件
「っくぅぅぅぅ! 美味い! 美味いっスよぉぉ!」
勢いよくズズズッと麺を啜るセナ。
試験直後だと言うのによくもまぁそんなに食べられるものだ。
中途半端な時間だということもあり、俺たちの他には店の隅に一組くらいしか客もいない。
いつものカウンター席で一心不乱にラーメンにがっつくセナの様子に、ラーメン処「藤堂屋」店長――藤堂さんも思わずにっこり笑う。
ここの店長はスキンヘッドに無精ヒゲと一風怖い見た目をしているが、話して打ち解けてみると優しさで溢れている。
とはいえそんな風貌の店長だからこそ滅多に人と会話することはない。
こんな風に気軽に店長と話すセナのコミュ力はやはり桁違いだった。
「香雅里ちゃんはいっつも美味そうに食ってくれっからこっちも作りがいがあるってもんだ。今日は先パイの奢りかい?」
「っス!」
「そりゃ良かったガハハハ! なら他の注文も受け付けようかい!?」
「キムチチャーハン追加でお願いするっス!」
「毎度あり!」
「なんで俺の知らないところで決まってるんだ……? まぁいいか。セナも今日は頑張ってたしな」
「流石先パイっス! ゴチっス!! そしてめっちゃ頑張ったカガリを存分に褒めてくれるとなお良いっス」
「注文が多いな!? ったく、えらいえらい」
とはいえ割り箸片手に小さく御辞儀をするセナを見てると、なんだかんだ憎めない奴だなと感じる。
頭をポンポンと優しく撫でてやると、「う、うぉぉぉ……!? 先パイがド素直……!」と少々びっくりしつつもこてんと頭を預けてくる。
まるで尻尾を振って飼い主を待つ子犬のようだ。
ちょっとだらしない笑顔になるのは若干美月に似ている節がある。
こんな風に、もとが素直だからこそその演奏も皆を引き込めるのだろう。
結局セナの演奏はホール全体を巻き込んだ。
中間試験だというのに合いの手を入れる奴もいれば、手拍子をする奴もいた。
本来ならばそれを諫めるべき教授も、「仕方が無いですね」とでも言った風に静かな手拍子をするあたり、場の空気というものを大事にしたかったのかもしれない。
クラシック音楽だけを認めて耳を傾けるという学術的な分野だけに止まらせず、音楽を一種のエンターテイメントとしても認めてくれている証拠だ。いい大学だと思う。
――と、カウンター上に置かれているテレビを見て店長が呟いた。
「お、今週の1位はみちるちゃんか。流石、ノリに乗ってんねぇ」
ちらりと隅にいた一組に目線をやる店長。一応業務中だからということで少しだけ配慮したのだろう。
『さて、今週のCD売上げランキング第1位は――今話題沸騰中の「
夕方の歌番組でのバラエティでは、ちょうどセナが先ほどの試験で弾き語った曲がスタジオで披露されている。
透き通るような茶髪のロングストレートに、肌露出の多い衣装。
細身なスタイルながら鍛え上げられた肉体美、すらりと伸びた細い足から繰り出される軽やかな動きに合わさった、どこまでも通る清涼感のある声。
眼光は常に優しく、常日頃から笑顔を絶やさないその姿には何千人――いや何万人が熱烈なファンとなり虜にされていることだろう。
両手で優しく握ったマイクを駆使して、感情をいっぱい込めて汗が出るほど熱く歌うこの曲で、佐々岡みちるはさらにファン層を広げているという。
2位のランキングに大差をつけて1位をとったこのアイドルが、今の日本で名実共にナンバーワンのアイドルであることは間違いない。
……美月のトゥルミラは3位か。もう10枚ほどCD買おうじゃないか。
「いやぁ、可愛い恋と女の子の歌ばっかりの佐々岡みちるが、ヴァルクロのあっつい作風を歌うってなった時はびっくりしたっス。一アニメファンとしてはヴァルクロの熱さを曲に乗せるってのは――」
「人のこと面倒臭いタイプのオタクだなんだ言ってたけどお前がまさにそれだぞ、セナ」
語り出すとセナはセナで止まらないし、店長も店長でなんだか慌てた様子で目を泳がせている。
そんななかで、セナは爛々と目を輝かせて鞄の中から一枚にCDを取り出す。
「でも、蓋を開けてみるとあの歌声、曲、歌詞全てが神がかってたっス! ちなみにカガリもCDバッチリ購入済みっス!! この曲を選んだからこそ、中間試験でもバッチバチに気持ち乗せられたと言っても過言ではないっスね!!!」
「そりゃ良かった良かった」
このままだと帰りついでにDVDまで全部渡されそうな勢いだ。
もはや店長も苦笑いを隠せない。その目線の先にいたのは、やはり隅にいた一組の男女。
さすがに人が少ないとは言え騒ぎすぎたか……?
そんな心配をしている俺たちの元に、男女はツカツカとやって来る。
男性の方は上下をスーツでカチッと決めた、デキるサラリーマンって感じだ。
対して女性は白いキャップにサングラス、黒いマスクという完全装備だ。
綺麗に染められた茶髪がキャップの後ろで小さく結ばれている上、ヘソ出しトップスから見える細いくびれや細長い足からして、一般人には思えない。
「ね、あなた。帝都音大でさっき弾き語ってた子だよね?」
っていうか、本当に俺たちに用があったようだ――!?
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