第16話 後輩の熱い思いが皆の感情をほっこりさせている件
「金曜日……昼14時半、香雅里星菜っと。これだな」
帝都音楽大学での実技試験は後半戦に入った。
セナの実技試験日前のここ1週間はセナも自室に籠もって練習をしていたようだ。
少し遅れてメインホールに入ると満員とまでは行かずとも、かなりの密度の人で賑わっていた。
空いている席に適当に腰を下ろすとすぐ近くの生徒の声が耳に入る。
「香雅里星菜って、あの去年の後期おもっきりアニソンのアレンジ曲持ってきて、実技試験評価S取ってった奴?」
「そうそう。確かクラシック以外攻めてS取ったの結構久しぶりだったって話だ」
「歌って弾いてのシンガーソングライタータイプだったんだな。正直、ああいうギャルっぽい可愛い女の子がゴリゴリに熱いアニソン弾いて歌ってるってだけでそりゃ聞きに来るだろ!」
「分かる」
「分かる」
めっちゃ分かる。
隣の人たちに全力同意だ。
思わず全力で頷いてしまう。
そんな会話を盗み聞きしていると、スポットライトが中央に当たる。
てくてくてくと少し緊張気味に入ってくるセナへと、皆の視線が集まった。
いつもはワチャワチャと常に隣にいるから分からなくなるものの落ち着いてみると見るとセナはかなり美形だ。
整っていながらも「あぁ、緊張しているんだな」とすぐに分かる表情の柔らかさ。
歩く度に彼女の整った茶髪がゆらり、ゆらりと動いていく上に程よく鍛え引き締まった肉体は紫色のドレスに包まれている。
若干の七五三感が否めない。
だがそのなかでもいつものような鋼メンタルで堂々とするわけでもなく、大衆の目線にあるためか少し恥ずかしそうに頬を染めていた。
慣れないハイヒールで歩く姿は少し危なっかしい。
「何か護ってあげたくなるよな、あの感じ」
「分かる」
「超分かる」
めっちゃ分かる。
何度も頷けてしまう。そういう所がセナの魅力ではあるのだろう。
「受験番号、8番。作曲学専攻ゼミ2年の香雅里星菜っス。……です」
「自由演奏曲は――えっと、『
「合ってるス!」
教授も少し困惑気味だ。
――カガリの今度のは、めっちゃ熱いっス! 先パイ、「ヴァルクロ」見たことあるっスか!?
試験前だというのに、学食を前にセナは興奮気味にスマホを見せてきていた。
――今期の神アニメ『
――分かった! 分かったから落ち着け! ステイ! 香雅里さぁん!?
隣の観客が呟いた。
「確かオープニングが『ミスティーアイズ』のメインボーカルだってな。アニメ曲も歌うんだなぁってびっくりしたよ」
「あぁ、佐々岡みちるだっけ。確かに良い声してるもんな。熱い歌も出来るんだなって感じですげぇよ」
「同じアイドルからボーカル取るんだったら、トゥルミラの東城美月でも良かった気がするけどな」
「あー、確かに。そっちのが世間の話題は取れそうだよな。格好良い歌ならそっちってイメージあったけど、案外佐々岡みちるも行けるもんだな」
ミスティーアイズって言ったら、確か美月のライバルに位置するアイドルグループだ。
国民的なアイドルと言ったら東城美月。ファンの間で熱烈な人気もあり売上げもトップだとなると佐々岡みちる。
日本のアイドル界の双璧を為す二人の存在の一般認知はやはり凄まじいものだ。
美月はクール・シリアス系の曲を得意とするのに対し、佐々岡みちるはTHE・アイドルと言ったようなキュート系の曲で戦ってきていた。
だからこそ今回のシリアスバトルもののアニメで、更に燃えるような熱いOPで佐々岡みちる抜擢が抜擢されたことはアニメファンの間でも意表をついていたようだ。
そんな本来ないイメージのものを取り入れたことにより少々話題になったアニメの主題歌。セナも俺の家で何度も何度も自分と曲とアニメを見つめていた。
セナの入れ込みの力は強い。
セナは感情に共鳴して音楽に入り込むタイプだ。
それに歌を自分なりに解釈して、自分だけの世界に引っ張り込む異様な力がある。
本人の感情の昂ぶりと、アニメへの思いが合致した時にセナの音楽は無類の心地よさを誇る。
本人曰く、覚醒モードだという。
――カガリは超絶上手く踊れないし、超絶上手く弾けもしないし、超絶上手く歌うこともできないっス。だけど……
セナの学科は芸術表現学科。
いわゆる、シンガーソングライターを育成する学科だ。
備え付けられたマイクを口元にたぐり寄せると、どこかいつもとは違う妖艶な雰囲気が漂い始める。
――超絶熱い曲を弾いて歌うと、魂から無尽蔵に力が溢れてくるっス!!!
グリッサンド奏法で手の甲で滑らせるように2オクターブ分の音を奏でると共に、セナの無尽蔵の力とやらがホールいっぱいに広がっていった。
力強いながらも透き通った歌声と、ホールいっぱいまで響き渡る迫力のあるピアノ。
そして何より「自分がこの世界の中心を生ききっているんだ!」と言わんばかりのパワフルな存在証明。
美月が穏やかで、流れるようで。渓流を征く水のような音楽を奏でるのだとするならばセナは轟々と燃えさかる炎のような激しい音楽だ。
セナ自身のアレンジも相まって、元の曲調とはまた大きく変わっているが、それがセナの奏でる音楽の魅力にもなっている。 ――のだが。
「なんかこう、演奏終わって疲れ切った所に、ラーメン連れてってあげたい可愛さがあるよな」
「分かる」
「ホンットそれな」
なんだかんだ、セナを目当てに来る人も多いくらいには頑張ってる姿そのものも、またセナの惹きつける音楽の要因なんだろうなと思う。
俺もまた、隣に座る三人の意見に激しく同意していたのだから。
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