【美月視点】 幼馴染みにはもう十分頑張ったよってよしよししてあげたい件
東城美月の朝は雀が鳴くよりも早い。
「和くん涎垂らして寝てる。かわいい」
時刻は朝6時。和紀に寄りかかるようにして寝ていた美月は、起こさないように、起こさないようにと腕のホールドを解いた。
ついですかさずスマートフォンを起動して和紀の寝顔をパシャリ。
それぞれ別角度から5枚ずつ取って『和くんフォルダ』に保存した。
知り合ってからアイドル活動のために離ればなれになるまでに撮った写真と合わせて、これで248枚目。
3年と169日ぶりの和紀の新作だ。
あの頃の比べるとさらに骨格が大人になってきている気がした。
肌つやも、ずっとピアノに没頭しなくてはならない環境だった頃と比べて健康的だし、毎日ヘトヘトになるまで譜面と向き合って目の下にあった隈も見当たらない。
「おじさんとおばさんからようやく開放されたもんねぇ。和くんは凄いもんねぇ」
頭を撫で撫ですると症状むず痒そうに顔をしかめるのは昔から変わらないようだ。
ついで目線は部屋の隅に動く。
物置棚になっている電子ピアノを見ていると、昨日の和紀の質問が脳裏に過ぎる。
――美月はなんでアイドル目指したんだっけ。
美月は、
「和くんが楽しそうにピアノを弾いて、わたしが踊って歌ってるところをみんなに見てもらう。私たちの楽しいをみんなに見てもらえたらどれだけ幸せだろうって思ったんだぁ」
中学生の頃までは、和紀が創ったふざけた曲に合わせて踊ったり、適当な歌詞をつけて歌ったりするのが大好きだった。
どこまでも自由で、いつまでも続くようで。
そして和紀自身も弾いている最中ずっと楽しそうなあのピアノが大好きだった。
だが、高校に入ってからの和紀のピアノは違った。
元々母親がヴァイオリニストで父親が指揮者だった藤枝一家は、和紀に才能があると判断するや否や音楽家としての全ての重圧を押しつけ始めていた。
起きている間はずっとピアノ漬け。
最初こそピアノに感情を乗せて反抗を試みていた和紀も、次第に鎖に繋がれた犬のように諦めていった。
そんな姿を見続けるのが、美月はとてつもなく辛かった。
結果、ピアノを弾く和紀から完全に笑顔が無くなっていった。
重圧に耐え、周りの期待の高さに否応が無く答え続けさせられ、ボロボロになっていく。
自由を奪われ、飛べない鳥となった和紀のピアノは――帝都杯で、盛大に弾けて消えた。
「わたし、あの時の和くんのピアノ見てたんだ」
受験者全員が既存の曲を奏でるなかで、和紀は自らが作曲したオリジナルを持ち込んだ。
人はそれを神童と称し持てはやした。
帝都音楽大学の新たな幕が上がるのだと大いに期待したが、そうではない。
あれは今まで音楽一家に支配されていた和紀の、ピアノ人生最後の演奏だったのだ。
和紀はあの曲で4年間の学費無償を勝ち取り、親とはほとんど連絡を取らなくなったという。
「今までずっとずっと頑張ってきた和くんがようやくピアノから解放されたんだもんねぇ」
だが、和紀も昔はピアノが好きだったはずだ。
もう一度、あの頃の楽しさを思い出すことがあるのなら。
もう一度、彼がふざけながらも楽しそうにピアノを弾いて、その横に自分がいられるのなら。
最高の舞台でそれを日本中の人々に見てもらい、楽しさを共有出来るのならばどれだけ幸せなことだろうか。
「でも、今わたしがそれを和くんに言っちゃったら、きっとまた背負い込んじゃうから……」
いつの日か、和紀の創った楽しい曲を日本全国に届けるために。
常にトップを目指し、常にトップに君臨し続けている絶対的なアイドルであり続ける必要がある。
「だからわたしは頑張るんだよ。和くんがもし、『第二のピアノ人生』をするならわたし以外がそこにいてほしくないんだもん」
国民的アイドルグループ「TRUE MIRAGE」のセンター東城美月は、トレードマークであるポニーテールを綺麗に結い直す。
スマホを取り出してすぐさまマネージャーに連絡。
「お疲れさまです、東城です。白井さん。用意出来ました。すぐさま現場向かいます」
和紀のためならばいつまでだって頑張れる。
和紀を想い続けてはや15年。
培ってきた想いは、そんなに軽くはないのだから。
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