第7話 幼馴染が俺の肩にくっついて無防備に爆睡しだした件

 何の邪気もなく、こてんと俺の肩に頭を預けて美月は言う。


「こんな時間が、これからもずっと続いてくれればいいのにね~」


 相変わらずマイペースでのんびり屋さんだ。


 美月が答えたくないのなら、無理に答えてもらう必要もない……か。

 これまでもどこか暴走癖のようなもののある美月だが、どこかで信念を持ってやっているのは分かっている。


 夢に向かって突き進む美月の邪魔はしたくない。

 遠くから静かに、そんな幼馴染を応援するのも悪くはないしな。

 

 二人で静かにテレビの向こうの美月を眺める時間が続いた。

 

 時折美月がテレビの編集を見て、


「わたしこんなこと言ったっけ……?」

「ここのダンス、メンバーのキリちゃんがすっごく上手なんだよ~」

「テレビの人の『こう言ってくれるだろうな』っていう無言の圧力がすごかったとこだ……」


 と、時折業界人っぽいことを絡めながらも楽しそうに話してくれた。


 まるで昔に美月の家でバラエティ番組を見ているかのような、そんな懐かしい感覚だった。


「……くぅ」


 ふと隣を見れば先程とは打って変わってとろんとした目つきになった美月がいた。

 今にもまぶたとまぶたがくっつきそうだ。

 長いまつげがぱちくり、ぱちくりと上下する。大変可愛い。


 時刻も午前0時に近づいている。

 流石に多忙を極めるアイドルだ。体力の消耗も半端じゃないだろう。


 ……ん?


 待てよ、そうだ。俺は何でこんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。


(美月! 起きろ! 頼む起きてくれ! トップアイドルが男の部屋に入って爆睡って結構な炎上案件だぞ! 癖をつくるな今すぐ帰ろう美月さーん!)


「くぅ……和くん……和くんの匂ひぇえへへ……」


 ダメだ美月がまるで機能していない!

 涎を垂らして爆睡するトップアイドルがここにいる。

 クールにキメて踊る格好いい美月がどこにもいない!


 そういえばこの間、雑誌に女優が男のマンションに出入りする姿をマスコミに撮られただのなんだのでニュースになってたな……。


 ――国民的美少女アイドル、冴えない大学生の部屋にお泊りデートか!?

 ――お相手は音大の底辺大学生! その関係性とは!?


 ……社会的にいつでも死ねる。

 俺などはもはやどうでもいい。吹けば藁のように飛んでいく小さな存在なのだから。

 問題は東城美月のブランドだ。

 仮にも男を寄せ付けないようなクールな印象で芸能界を渡り歩いている美月だ。

 異性関係など言語道断だろう。


 なんでこんな簡単なことに思いが渡らなかったのか。

 久しぶりの幼馴染との再会で喜んでいる場合なんかじゃなかった。


 マスコミっていうのはどういう所に張り込むんだ……?

 そもそも美月の引っ越し先が既に割れているという可能性は考えられないか?

 どこかの望遠カメラとかでこの部屋の中を撮ったりすることも出来るのか……!?


 完全に寝ぼけた美月をソファに寝かせ、ひとまず俺は部屋のカーテンを完全に締め切った。


 さて、これからどうする……?

 事務所に電話――は当たり前だがダメだ。

 セナに――も何も言えるわけはない。

 寝間着に身を包んでいるが、鍵のパスワードも知らないので俺では美月の部屋に戻すことも出来ない!


 もしかしてこれが八方塞がりというやつでは――?


「か……ずくん……」


 ふと、頭を抱えて全力で思考を巡らしていた俺の耳にか細い声が響いた。


「わたし、がんばったから、いっしょに……」


 ソファの上で美月は手を伸ばしていた。

 深い眠りについているはずだ。呼吸音が昔と変わらない。

 

「……あぁ、クソ。そうだよ。美月は頑張ってる。無茶苦茶頑張ってる」


 世間体がどうとか、美月をアイドルたらしめている理由がどうとか、そんなものにとらわれている自分がどうにも情けなく思えてきた。


「俺はここにいるぞ」


 美月の手を取って俺はソファに腰かけた。


「……くぅ」


 華奢な手が腰に伸びてくる。まるで俺を離さんとするかのような手つきだ。


 雪のように白い肌に、ほんのりピンクに染まった頬。

 頬の上を流れる艶のある黒髪をはらうと、ほんの少しだけ伸ばした手がぴくりと跳ねた。


「……なんだ。あんま変わってないんだな、お前」


 勝手に遠くに行ったと思っていた。

 勝手に疎遠になったと思っていた。

 もう二度と会わないのだろうと思っていた。


「勝手にお前を遠い人間にしてた。ごめんな、美月」


 むにゃむにゃと口を開けてだらしなく寝るその姿は、幼少期に一緒に過ごしていたあの頃のままだった。








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