第6話 幼馴染にどうやら隠し事をされているらしい件
俺の膝の上でころころと転がる幼馴染みが可愛い。
そこにクールビューティ系トップアイドル「TRUE MIRAGE」センター東城美月の姿はない。
ただの、どこにでもいる若干――
「わ~~和くんのお膝だ~~3年と158日ぶりだ~~ふわ~~あったか~い~」
――若干? 甘えん坊な幼馴染みだ。
俺の事なんてとうに忘れていると思っていた。
いや、忘れていてくれた方がどれだけ楽だっただろうか。
圧倒的なアイドルとしてのし上がったにもかかわらずこんな風にのんびりだらだらと、かつてのように変わらぬ笑顔を向けてくれている幼馴染みが俺は少し怖くなっていた。
これまで凄まじい努力をして美月はこの地位に辿り着いたのだろう。
だが、俺は――。
「……? どしたの和くん、難しい顔して」
きょとんと何の恥ずかしげもなく膝から俺を見上げるのは美月。
澄んだ瞳や艶のある黒髪、きめ細やかな柔肌の感覚が直に伝わってくる。
高校生の頃よりも更に美に磨きがかかっていた。流石はアイドルと言うべきか。
ここまでになるのにどれだけの努力が必要だったかなど、俺の想像の範疇を軽く超えてくるだろう。
「い、いや……ほら、ちょうど美月が出てるテレビ見てたからさ。本当に同一人物か分からなくなってきてな。なんというか、こう。ギャップというか……」
苦し紛れに答えると、美月はふっと起き上がって隣に座る。
「あ、ホントだ熱情大陸! 和くん見てくれてたんだ~」
「お前ここまで来ておいてテレビに気付かなかったのか……」
「えへへ~和くんがいたからねぇ」
「どういう理屈だよそれ」
テレビの中の東城美月はテレビクルーからの密着を受けていた。
番組自体は至ってシンプルで、人気アイドル東城美月に3ヶ月間密着したドキュメンタリー番組だ。
その美貌と身体を保ち磨くために、滝のような汗を流しながら筋トレをする姿。
ライブで聞く美しくも格好良い姿を見せるために、ボイストレーニングをする姿。
常に毅然と、凜と立ち振る舞い他のメンバーの士気も上げるリーダーシップ。
いまやトレードマークとなった黒髪のポニーテールを結う仕草一つにさえも気品がある。
『東城美月さんにとって、アイドルとは――?』
『仲間と共に創り上げた私と、私たちの青春です。そしてその青春の楽しさを応援して下さる皆さんと共有するための媒体であると考えています』
「……なんかわたし、むずかしいこといってる」
「格好良くていいんじゃないか? あれも美月の一つなんだろ?」
小猫のように擦り寄ってくる美月の頭を撫でると、心底だらしなく表情を崩していく。
「なぁ、美月」
「なぁに、和くん?」
テレビの向こう側の密着クルーと東城美月のインタビューも架橋に差し掛かろうとしていた。
「美月はなんでアイドルを目指したんだっけ」
『東城美月さんは何故、アイドルの道を志すようになったんですか?』
偶然テレビクルーと質問が被った。
確かに美月は幼い頃から歌ったり、飛び跳ねたりするのは大好きだった。
俺がピアノを弾いていると、常にその横から鍵盤を覗き込み始めて。
適当に譜面にない旋律を奏でれば、ぐちゃぐちゃ音階の歌声で楽しそうに歌ってなんなら勝手に振りも付け始めていた。
当時、俺は美月に同じ事を聞いたことがあったのだ。
――それだけ歌も踊りも好きで上手いんなら、アイドルにもなれそうなものだけどなぁ
――と。
その時彼女ははっきりと答えていた。
――アイドルはみんなのものだからいいかなぁ。わたしは和くんのものだからねぇ。
もちろん、そんな戯れ言忘れてくれていたって構わない。
ただやっぱり違和感があった。
美月のここ一・二年の頑張りは
テレビやラジオのみならず地方へのライヴなどはもはやグループだけではなくソロ活動の域まで達している。
そうまでして美月が得ようとしているものは何なのか。
俺の隣に住む、それよりも深い何かを感じた。
何が今、美月を突き動かしてアイドル活動をさせているのか。
『……踊るのと歌うのが好きだったから、ですかね。月並みですけど』
テレビの中の美月は、少し考えて、はにかみながら呟いた。
対して目の前の美月は、ふと遠い目をした。
「……なんだっけな。忘れちゃった」
二人の美月は、違う答えをしていた。
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