第3話 接見

「これは、ドッキリか何かですか? この部屋に隠しカメラがあってモニタリングされてるみたいな」


「君のように若い人のトコに来ると毎回そう言われるんだけど、流行りなのかい?」


 自らを死神と名乗った美少年は、微笑みながら首を傾げる。

 その微笑みは魅力で溢れ、永遠の愛を誓った司が、その相手を忘れかけてしまうほどだった。

 結婚してから自他ともに認める『嫁バカ』の司がそうなってしまうほど。ある種の引力のような力がその微笑みにはあった。


 不思議な魅力に一瞬だけ飲み込まれた司だったが、すぐに浮上して無意識から脱する。



「というか、貴方は本当に死神なんですか?」



 浮いていることを除けば、見た目も声も人間のである彼が、死神である。

 そんな、事実よりも奇怪な小説のような設定を、『はい、そうですか』と受け入れられるほど、司の肝は座っていない。



「そうだけれど、何故それを聞き返したんだい?」



 傾いた彼の首がさらに傾く。その顔は神妙で、質問の意図を分からず、腑に落ちていない様子だった。

 何がそんなに腑に落ちないのか。そう思った司であったが、それを声として発することはしなかった。

 口にすれば、余計ややこしい事態になると予測したからだ。



「そうか。君たちは死神を見慣れていないのか」



 数分悩んで合点がいったのか。死神を名乗る彼の表情は晴れ、首も元の位置に戻った。

 だが、幾ら彼の気が晴れたところで、それが司の疑念が晴れることにはつながらない

 あれだけ寒かった部屋が、いつの間にかじんわりと汗が滲むほど熱くなっている。

 冷静になろうにも、体中を目まぐるしい速度で回る血液のせいで、頭はむしろ興奮状態になっていた。



「大丈夫だよ。僕はほんとに死神。そして、君も本当に権利を持っている人間だ」



 神も仏も信じていない性分のせいか、司の彼に対する拒絶は顕著であった。そも、本当に死神だと言われたところで、信じる者の方が少ないだろう。

 そういった点では、司は冷静であったと言えるかもしれない。思考を放棄して、おいそれと疑うことなく受け入れることはしなかった。



「だから、死神だと言われたって信じられませんよ。そもそも、空想の存在なのに」



「そうかい? でも僕、浮いてるよ?」



 再び引力を持った微笑みを見せられて司であったが、今度は飲み込まれなかった。

 先ほどの経験を下に、脳内のいたる所から、ありとあらゆる春子の記憶を呼び起こしていたからだ。



「確かに浮いてますけど、浮いてるだけで死神とは断定できませんよ。大鎌とか黒のローブ着てるとかだったらまだ分かりますけど……」



 全身を真っ黒いローブで包んだ、大鎌を持った骸骨。安直ではあるが、それが司の中での死神のイメージだった。


 そのイメージに対して、彼の姿はどうだろうか。


 ただでさえ寒いこの季節に黄色の短パン。そして、胸元にでかでかと犬のイラストがプリントされた白のTシャツ。さらに靴下は履いておらず素足だ。


 華奢な体格も相まって、傍から見たらやんちゃな小学生にしか見えない。というか、今朝窓から覗いた中に、同じような格好の子がいたような気さえする。



「そうか、死神には見えないか……。でも僕はれっきとした死神だから、受け入れてね?」



 両頬に人差し指を軽く当て、どこかのアイドルがするようなポーズをとる死神。一人称が『僕』であるため、司は彼を男性だと認識していたが、もしかしたらそれも誤りかもしれない。



 情報量の多さに頭痛の気配を感じた司は、浮いている彼の下をくぐって、ローテーブルに置いてあったマグカップを取る。

 熱も失われ常温に戻っていたおかげで、中身を一気に飲み干すのに支障はなかった。

 十分な糖分を摂取した司は、同時に脳も休ませようと、二人掛けのファブリックソファに腰を下ろす。


 それを見た死神を名乗る彼は、何食わぬ顔で司の隣に腰を下ろした。


 結婚祝いに春子の両親がくれたこのソファに、まさか死神が座ることになるとは思ってもみなかった。

 もしかしたら本当に、事実の方が小説よりも奇怪かもしれない。言い得て妙ではあるが、専らの嘘でもないのだと、司はこの時実感した。


 点けっ放しになっていたテレビでは、さっきまでいなかったイケメン俳優が、来週公開になる主演映画の告知をしていた。



 普段はさほど映画に興味の湧かない司だが、この映画だけは、春子がいつか二人で観に行きたいと言っていたので知っていた。

 確か原作の小説が四年前くらいに話題になって、四年後の今年に映画化したとかなんとか。


 出版された当時大学生だった春子は、この小説を常に持ち歩いていた。

 司も友人から借りて一度だけ読んだことがあるのだが、正直、常に持ち歩きたいと思うほどの魅力は感じなかった。



 内容としては、高校時代の初恋の人と七年振りに再開した主人公が、再びその人に恋に落ちるという、いわゆるラブロマンス作品。

 物語の中盤で、主人公と初恋の彼女は結婚間際まで行くのだが、最後の最後で主人公が不慮の事故に遭って死んでしまう、『死亡エンド』で終わりを迎えた。



 どうしてこの世の作家は、自分で書いた幸せを自分の手で転落させるのか。恋人を作る以外のあらゆる創作が苦手である司にとって、作家のそれは理解し難い思考であった。



「あ、権利のこと話してないじゃん」



 何かを思い出した様子の死神はテレビを指差すと、そこから関節を下に九十度曲げる。

 すると、テレビの電源が独りでに消え、部屋は一瞬で静寂となった。

 いよいよ、彼が死神ではないと認識し続けるのも限界と判断した司は、煮え切らない感情でありながらも、隣の彼が死神であることを認め、口を開く。



「分かりました。君が死神であることは受け入れます。なので、その『権利』とやらについては、簡潔にまとめてもらえるとありがたいです」



 真白の髪と同じ色の虹彩に、銀色の瞳孔を拡大させた死神は、にっこりと笑うと、嬉々とした声で、司の持つ権利を話し始めた。



「いま君が手にしている権利は、命を取引する権利。君が一つ失う代わりに、それに応じた日数の命を、君以外の誰かに与えられる権利だ」

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