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第10話 旅の始まり

 地図もなく、土地勘もなくただただ草原を歩くと言うのは最初は気持ち良かったが徐々に桐生は不安の方が強くなる。

 最初もシムナとの会話も弾んだが、ここ二十分は特に何も喋っていない。


 秘密基地から南下し、しばらくして森林地帯に差し掛かる。

 桐生はこの世界の人間と早く話してみたいのだが、森に入ってはさらに人気もなくなり、不穏な空気が漂っていた。


「シムナ、視界が悪いから一応警戒しながら行くぞ」

「分かりました」


 森の入り口手前で、シムナにも警告しておく。

 まだ草原なら見渡しが良いので何かあっても事前に何とかなりそうだが、森は本当に視界が悪いのでリスクは倍以上あると桐生は考えている。


**


 森に入って数時間特に何かに襲われると言うことも無く、ただひたすら歩いていた。

 久しぶりにこれだけ歩いたので少し休みたい桐生だったが流石にシムナより先に根を上げるのは嫌だったので少し我慢していた。


「シムナは体力の方大丈夫か?」

「私はサイボーグですので何時間でも可能です」

「そ、そうなん……」

「はい」


 しまった……最初から正直に休みたいといえば良かった……

 桐生はシムナに聞いて疲れてますという流れで話を持って行きたかったがシムナがサイボーグだということをすっかり忘れていた。


「委員長、そろそろ休まれた方がよろしいのでは?」

「そ、そうだな……休ませてもらおうかな……」


 結局、桐生の方がシムナに上手く誘導されてしまった。

 情けない結果である。


 桐生は晴れない気分のまま大地に根を張る大木に背中を預け座り、シムナはその横にちょこんと座る。


「こんな良い天気ならピクニックにでも行きたいもんだ」


 桐生は、何気ない独り言を呟く。

 持ってきた水を飲み、空を見上げ、色々ひと段落したら絶対にうだうだ暮らすんだと決意し、そのまま尻を足のある方へ滑らせ腹の上で手を組み完全に昼寝の体勢に入る。


 ここ数時間歩いていて誰一人、まだこの世界の人間と会わないのは分かるが、何かの生物にすら会わないのだ、警戒力などとうの昔に切れている。


「良い感じの時間が経ったら起こしてくれ……」

「分かりました」


 横でシムナの声が聞こえたのと同時に目を瞑る。

 そう、実際桐生もシムナに全任せなわけではない、もちろん目をつむってただ寝っ転がっているだけだ。

 薄眼を開け横を見るとシムナは一人読書に励んでいた。

 秘密基地王林のノートに御船が書いただろう本棚が実際に再現されて追加されていたのだ。

 その本棚のラインナップは殆ど小説か漫画で埋め尽くされており、桐生と御船の趣味嗜好が強い物ばかりだった。


 その中の一冊を今、シムナは読んでいる。


 別に桐生が書いたわけではないのになぜか少し恥ずかしくなる。

 このまま見てると他にも色々考えてしまいそうなので目をつむり桐生は適当に今後のことを考えることにした。


**


「きゃああああああああ!!!!」

「ぐぇっ!!」


 突然の悲鳴と、シムナが桐生に言われたことを実行するため、何故か無防備な腹を殴ってきたので変な声が悲鳴とこだまする。


「も、申し訳ありません……反射的に……」

「だ、大丈夫だ……俺が頼んだんだからな……ありがとう……」


 桐生は痛む腹を抑えつつ、周囲に警戒を向ける。


 そして、桐生は軽やかに背もたれにしていた木を登り周りを見渡す。

 見渡してみると声の主は案外桐生が寝てたところから近くだったようで、桐生とシムナはその声の主である人を見つけ一旦距離を取りながら茂みに隠れ様子を伺うことにした。


 さて、どうするか……


 桐生の視界の先には、倒れこみ傷ついている少女と、それに対し明らかに人ではない、獣がその少女の周りを円を描くように様子を伺っている。

 その見た目は犬の大きい犬種をさらに三倍くらい巨大にし、顔をぐちゃぐちゃにして体の色を真っ黒にした感じで、かなり歪な生物だった。


 四足歩行の獣で顔面がぐちゃぐちゃで、至るところからよだれのようなものが滴れている。滴れた場所からは蒸気のようなものが舞い上りその場所の草木が溶け、ただのよだれではないことを物語っている。


「どうしましょう、シムナさん……」


 一応シムナにも小声で意見を伺う。

 その少女の方は、まさに人間そのもの。

 10代くらいの見た目をしており、栗色の肩までの短髪で、髪はボサボサである。体は傷だらけで着ている衣類からは血が滲み出ており、さらに何かが少女の周りに転がっている。


「そうですね……私的にはスルーしたいのですが、委員長は絶対にしないでしょうからね」

「良く分かっていらっしゃる。流石シムナさん」


 基本、秘密基地王林のメンバーは桐生と御船を生かすことを第一に考える。なので、他は二の次三の次、下手したら嫌悪感まで抱くものもいると御船が言っていたくらいだ。


 まだ、シムナは良い方である。


 そして、その獣は流血している女の子の周りをゆっくりと歩き、まだ生きているのかいないのかじっくり見定めている様子だった。

 かなり思慮深い獣だということが一目でわかる。

 普通だったら、倒れた瞬間に噛みつきにでもいくだろうが、死んだふりなどを警戒している所からも頭が良いことが伺える。


「俺が出てって一発かますからそのうちに女の子の方を頼んだ」

「分かりました」


 シムナは桐生が言ったことに全く反論はせず素直に受け止めてくれる。 これは別にシムナが何も考えていない訳ではない。

 いつも提案したら即座に意見を言ってくれるのだが、シムナも同じように思っていた場合は得に反論されない。


 桐生は息を静かに鼻から吸い込み、口からゆっくりと出し自分を落ち着ける。

 横にいるシムナと目を合わせ、アイコンタクトだけでタイミングを合わせる。


 そしてーー

 桐生達は一斉に茂みから飛び出し、シムナは女の子を、桐生は不意をつく形で獣に襲いかかる。

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