第8話 これからについて


「名札付いてる……」


 桐生はファームルドに家の周りに畑を耕して、人間でも食べられる物を育ててくれと命じ、外に出たファームルドを追いかけようと部屋を出たところで、部屋の扉の上に、付けた覚えのない名札が付いてることに気がつく。


 後でノートを見て確認するが恐らく、係を担当した者は部屋を割り当てられる仕組みになっているのだ。

 後ろを振り返り、ファームルドの部屋をもう一度見るが、部屋には植物が元気よく生え、今も動きながら壁を這うように動いており、遊んでいるようだった。


 他にもファームルドの部屋の鉢植えから生成される植物の妖精のような、俺のくるぶしくらいまでしかない小さな体をした人型の生物がこの家を飛び回っていた。


「おっ……」


 そのうちの赤い服を着た一体が桐生の肩にちょこんと座ると、そこで昼寝をし始める。

 その愛くるしさに癒されながら桐生は階段をそっとおり、ファームルドの様子を見に伺う。


 桐生は農業に詳しい訳ではないので、どうやるのかただただ見るだけだ。


 外に出ると今日も晴天で、お散歩日和な日だった。

 最初に目に入ったのは玄関先で、シムナが座り込み、じっと鍋の中の氷が溶けるのを待っている。

 その姿は子供っぽく、綺麗な人間らしさがそこにあった。


「シムナ……ずっと見てても仕方ないから部屋にいてもいいぞ」

「いえ、盗まれてはいけませんので……」


 真面目だなぁ……

 シムナに感謝しつつ、桐生はコテージの裏手に周りファームルドの様子を確認する。


「うわっ……もうこんなに……」

「委員長、少し遅かったですね……」


 ファームルドの足元からは勝手に植物が生えてきており、桐生の肩の上に乗っているやつと同じような妖精が草木に元気を与え、通常の農業とは異なる速度で成長する植物の芽が顔を出していた。


「牡蠣委員長……畑だけではなく草木や水源なども周りに作ってもよろしいでしょうか?」

「そんなことも出来るのか?」

「はい、出来ます」


 にっこり微笑むと、ファームルドはそのままゆっくりかがみ、地面に手を触れる。

 すると、そこから何らかの植物の芽新たに複数種、誕生する。


「……すごいな」

「ありがとうございます。ですが、少々時間がかかります」


 御船が起きたら見せてあげよてか、今の部屋の状況見たら起きた時またパニックを起こしそうで怖いな。


「畑作って、食材が育つまでどのくらいかかりそうなの?」

「明日には……」

「え?」


 申し訳なさそうに、ファームルドは言うがまさかそんな早く出来るとは桐生も思っていなかったのでむしろ尊敬するまである。

 一ヶ月単位を規模に考えていたので一日と聞いて、「え?」となるのは当然の反応だろう。


「明日って……」

「申し訳ありません、本当なら即座にやりたいのですが……秘密基地の力が足りず……」

「いやいやいや、明日って相当早いぞ!めちゃくちゃ凄いじゃん!」

「ほ、本当ですか……」


 少しほっとしたようすで、ファームルドは胸をなでおろすように桐生に対する態度が柔らかくなり、平常心に戻ったことが分かる。


 そして、もう一つ。水源の確保も畑の近くに作っているのでシムナにこのことを知らせなくてならない使命が桐生には残っている。


「じゃあ、後は宜しく。もし何かあったら遠慮せずに言ってもらっていいから」

「はい、分かりました」


 桐生はファームルドを後にして、今も尚鍋の中をじっと見つめるシムナを訪問する。

 食料、水問題の次はまた違った方向の難壁が桐生の前に立ちふさがる。


「シムナー……」

「はい、何でしょう……」


 シムナは鍋を見るためにかがんだ体勢のまま、こちらに振り返る。


「いやー何というか……その鍋の氷を溶かすって頼んでたじゃん……」

「はい、今しっかり見ています……」

「そのーファームルドがね……水源を作れるらしいから……その鍋の氷溶かす必要がないかな……なんて……」


 桐生がそういうと、いつもぶっきらぼうで表情があまり変わらないシムナの目元に涙が徐々に溜まっていく。


「ま、待て待て泣くな……泣くな……」


 シムナの姿からはグランベールと戦った時の勇ましさは無く、ただの子供みたいな反応に桐生も驚く。


「私は……何をすれば……」


 予測はしていた質問が来るがまだ正解を導き出せていない桐生は脳をフル回転させる。


「そ、そうだな。御船が起きたら地下見せてもらってそれから周辺を散策しに行こうと思ってるから、その時にお供してくれないかな……」


 これで行かないといけなくなったがどうせやらなきゃならないことだったので一石二鳥だ。


「ありがとうございます委員長……」

「いやいや、俺が悪かったよ。もっと考えて指示しないといけなかったね」

「私たちは秘密基地を守るため、委員長と御船を守るためにおりますので当然です……」


 ノートに書いてある資料通りの性格や設定なので、桐生は黒歴史をもう一度自分たちで開けているような感覚になり、色々なところがかゆい。


「あ!そういえばさーシムナってファームルドとは仲が良いの?」


 一人々の秘密基地内での立ち位置ははっきりとしているが関係性まではどうなっているのか分からなかったので興味本位で桐生はシムナに問いかける。


「ええ、ファームルドとは仲良いですよ」

「そっかーそれは良かった」


 桐生は、鍋を手に取り、玄関の扉を開く


「よし!その少し溶けた水をコップに入れて飲もう、シムナ頼めるかい?」

「はい、分かりました」


 やはり、頼んでおいて放置は出来なかったので桐生は懺悔もかねてほんの少しの水を味わうことにする。

 そして、そのまま中へシムナを誘導し、御船が起きるまでノートを見ながら、適当にシムナと喋りながら一、二時間だらだら過ごすーー

 途中からファームルドも適宜休憩をとりに来ていて、意外と話は尽きなかった。


 すると、リビングの扉の向こうか側が騒がしくなる。

 扉が開くと、ベッドで寝ていた御船が姿を現す。


「桐生!俺何時間寝てた!」

「え?普通に数時間くらいか……」

「まじかー」

「何かあったのか?」

「いや、ほんとは一時間だけにしようと思ってたんだけどよー結局かなり寝ちまった」

「別に普通だと思うが……」

「桐生お前!何か肩にいるぞ……」


 御船は芽を見開き桐生のの肩を指差し硬直する。


「ああ、御船が寝てる間に、俺がもう一人係を召喚したんだ」

「そ、そういうことか……良かったぜ俺の幻覚だったら怖かったからな」

「この係作成一人やるたびに相当な体力奪われるから気をつけたほうがいいぞ」

「まじで」

「まじだ!だからむしろ三人って制約は良かったのかもしれん。結果論だが」

「それならそうかもしれんなーでも、桐生のミスはミスだからな」

「分かってるよ」


 からかうように御船は指摘して来るがいつもの悪ふざけなので桐生は軽くあしらう。

 そして、桐生はそのままさっきシムナが作った残りの水が入っているコップに手を出そうとしたら、御船が先に取り全部飲み干してしまう。


「おい……」

「ごめんごめんめちゃくちゃ喉乾いててさ!」

「まあ良いけど。あ!そうだ早く地下案内してくれよ」

「そうだったそうだった!じゃあ直ぐに行こうぜ!俺もどうせいくつもりだったし」


 ついに、御船と桐生の二人はリビングを出て、地下へ向かうーー

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