第2話 答え
女が、ゆっくりと近付いてきた。
「後悔しない?」
「後悔、か……後悔なら今まで、嫌というほど味わってきた。今更一つ二つ増えた所で、どうってことはないさ」
「ふふっ、面白い言い回しね。そんな言い方、初めて聞いた」
女が無機質な顔で小さく笑う。
「君は……この石の番人って所かな」
「そうね。ここに来る人たちはみんな、私のことを好きに呼んでる。私はそのどれも否定しない。だってそれって、あなたたちにとってどうでもいいことでしょ?石の妖精、女神、悪魔……」
「確かに……そうだな。今からしようとすることに比べたら、君が誰かなんて些細な疑問だ」
「そういうこと。それで?あなた、今からどうなるのか、ちゃんと分かってるのよね」
「あのサイトに書いてあったこと、あれは本当なのか?」
「ええ、本当よ。ここは人間の絶望を全て受け入れる場所。あなたは今からこの石に触れて、それが受け入れてもらえるかどうかを判断される」
「本当に……この石になれるのか」
「それは彼次第。もし彼があなたを受け入れたなら、あなたの願いは叶えられる。
あなたは石になって、これからの人生、この景色をみつめながら生きていくことになる。誰からもあなたという存在を気づかれることはない。ただの石になる。
でも、あなた自身のアイデンティティは残される。あなたはただひたすらに、自分の内に向かって問い続け、思考することだけを繰り返す。
そしてあなたの肉体は、今この石に宿っている人の物になる。あなたはその肉体から解き放たれ、ただ思考するだけの存在となる」
「すごいな……そんなことが自分の身に起こると思っただけで、震えが止まらなくなる」
「それで?あなたはなぜ、そうなることを望むのかしら」
「ただの絶望だ。これから先も、自分という器の中で生きていくことに疲れただけだ」
「なら、死ねばいいんじゃない?こんな面倒くさいことをしなくても、もっと手軽に絶望から抜け出せるでしょ?」
「選択肢に入ってないんだ、それは。自分はこの世界に、望まれて命を授かった。そして今まで、多くの命を糧としてこの命を繋いできた。だから自分には……自分の命には、責任がある。自ら命を絶つことは出来ない」
「ふふっ……いいわ、分かった。じゃあ、この石に触れて頂戴」
「試験は合格か?」
「それは……この石次第ね。この石の中の存在も、あなたの様に絶望してここに来た。もうずいぶん昔のことだけど……彼があなたのことを認めれば、あなたの願いは叶えられる」
「絶望自慢になるってことか……まあいいさ。じゃあ始めてくれ」
「ふふっ……やっぱりあなた、面白い」
石に触れる。その上に、彼女が手を重ねた。
「……」
目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
辺りを見回し、ここが自分の部屋だと認識した。
「……夢、だったのか……」
「いいえ、違うわ」
声に驚き起き上がると、先ほどの女が自分を見下ろしていた。
「あなたが今見た物、感じた物。全て現実よ。夢じゃない」
「じゃあ……」
「彼からの伝言よ」
「……」
「絶望が足りない。絶望を舐めるな」
「まだ……足りない……」
「これは彼の意見。正しいかどうかは分からないわ。ただあなたの絶望は、彼にとってその程度だったということよ」
「この世界には……もっともっと、絶望があるのか……」
「まあ、それも人それぞれだけどね。感じ方なんて、人の数だけあるのだから」
「そうか……」
「これからどうする?死ぬ?」
「いや……それはさっきも言ったけど、選択肢にない。それより……やつが感じた絶望ってやつに、少し興味が湧いてきた。
このまま生きて、やつの言う本当の絶望ってやつを感じてみたい」
「ふふっ……本当に変な人。それで?それを感じた後、どうするの?」
「今は分からない。でも……そうだな、その時になったらまた、君に会いに行くかもしれない。でもその前に、その絶望ってやつにあらがってみたい……気もする」
「それから?」
「あの石の前で笑ってもいいな」
「ふふっ……じゃあ、またあなたには会えそうね。その時を楽しみにしてるわ」
「ああ。その時まで」
「ええ。その時に、また」
木石 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます