木石

栗須帳(くりす・とばり)

第1話 望み



 木石―ぼくせき―

 1. 木と石。樹木と岩石。

 2. 情を解さないもの。人間らしい感情のないもののたとえ。




 辞書を開くと、こんな解説が書かれている。

 ネットで調べても、同じような意味しか出てこない。

 これまで、幾度となくこの言葉を検索してきた。そして思った。


 自分にぴったりの言葉だと。


 自分は物心がついた頃から、まさしくそうだった。

 何を見ても何を聞いても、何に触れても感情が動かない。

 両親の愛情が足りなかった、そういうことはない。

 親は自分のことを、愛情を注いで大切に育ててくれた。

 どちらかと言えば、自分は恵まれた環境で育ったと思う。

 問題があるとすれば、それは自分の方だろう。


 自分にとってこの世界は、モノクロだった。

 青い空を見上げても、緑豊かな山々を見ても、その例えが理解出来なかった。


 そんな空虚な世界の中で、一人で生きて来た。


 よく人から「君は死んだ魚のような目をしてるね」と言われる。

 しかしそれは正しくない。

 死んでいるのは目ではなく、心なのだから。


 自分は壊れている。

 この世界にいてはいけない存在なのだ。

 そう思いながら生きてきた。


 疲れてきた。

 そろそろ終わりにしたい。

 そう願い、いつもの様にネットの海を漂い、答えを探した。




 そしてある時、一つの妙なサイトにたどり着いた。

 サイト名は「木石」。

 そのサイトに入り、自分はある意味、生まれて初めて感情を揺さぶられた、そんな気がした。





 人里離れた山道を、無心で歩いた。

 山道、と言うより獣道と言った方がいいかもしれない。

 目的地の地図を握りしめ、ひたすら歩いた。

 途中、道が途絶えて行き止まりになった。

 草木が生い茂り、それ以上人が進むのを拒絶しているかのようだった。

 地図をポケットにしまい、小さく息を吐く。

 ついに来た。ここが目的地だ。



 草木を押し分けて前に進むと、開けた丘の様な場所にたどり着いた。

 そこから見下ろす景色は壮観で、辺りを一望出来た。

 普通の人間なら、ここで記念撮影でもするのだろう。

 昼食を広げ、笑顔で談笑するかもしれない。

 しかし自分にとっては、その景色より大切な物がここにはあった。




 自分の背丈ほどの大きな石。




 その石は、開けたその場所で不気味なまでの存在感を放っていた。


 石に近付き、触れようとした。

 その時、背後から声がした。




「それが望み?」




 振り返るとそこに、一人の女が立っていた。

 ここに入った時には、誰もいなかったはずだ。

 気配も全くしなかった。

 しかしそれは、自分にとってどうでもいいことだった。

 それは今、自分にとって重要じゃない。

 それよりも女の容姿に目がいった。


 ショートカットの髪は明るく、清潔感がある。

 きめ細やかな肌はみずみずしくて白く、透き通るようだった。

 口元は淡いピンク色で、そこから発せられる声を、今すぐ聴きたいと思った。


 そして瞳。

 穢れのないその黒い瞳は、まるで赤子のようで、吸い込まれそうだった。

 世間ではこんな女のことを、美女と呼ぶのだろう。


 しかし自分には分かった。

 女の瞳に、感情が映し出されていないことを。

 この女は自分と同じだ、そう思った。



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