第32話 掴むのは希望の未来?
「通信施設制圧からそろそろ一分、敵の復活組が来る! 突砂のリーが来るよ」
「カズ、あれやろ! 前、一度やって大失敗したやつ。今ならできる気がする」
「まじで? 無謀な気がするけど、僕も何故か今ならできる気がする。よし。アリサの背中は僕に任せろ!」
「カズのケツはアリサが護る! Back to back!」
僕たちは隠れていた畝から跳びだし、敵陣のど真ん中で背中合わせになる。
敵兵士の即応力は高かった。
あっという間に、8人が僕たちを取り囲む。
目が合った!
撃ってこない。
何をしているんだ?
この後に及んで、プロチームはまだ手加減をしている?
BoDⅡで何度も戦ってきたIDゴールデンボールや2525タカヒロだったら、遭遇した瞬間、既に僕は撃ち殺されている。
撃ち勝てる?
エイム! 右スティック操作……! 敵の喉元を捉えた。
まだ撃ってこない?
いける、撃て! 三点バースト、もう一発!
当たった?
IDクレイジーRPGボーイだったら、遭遇した瞬間に伏せてこっちの射線から姿を消して、とっくに反撃で僕の頭を貫いているタイミングだぞ?
ああっ……!
右、スナイパーが居る!
死んだ! 助からない!
この距離なら撃たれたら確実に殺される!
……?
風切り音が右を通り過ぎていった。
外したのか?
この距離で?
ポッキーLoveなら、この距離で外さないぞ。
いや、そもそもポッキーLoveは姿を現さない。
プロの動きが……遅い?
通信環境に不備があって、ラグが発生している?
いや、気にするな。
集中しろ。アリサを護るんだ!
僕とアリサは自分の正面の敵だけを撃つ。
自分や相棒に狙いを定めた敵を優先し、互いに互いを護りながら戦う。
互いの背中に命と体重を預け、踊るようにクルクルと周り、アリサが3人倒した。
僕は4人倒した。残りひとり。
キルレート0.6の僕が、なんでプロチーム相手に優勢に戦えるんだろう。
アリサと一緒に居るから?
それもあるけど、ようやく気付いたことがある。
僕は強い。
というか、よくよく考えれば強くて当然なのでは?
FPSは毎月のように新作が出る。
だからプレイヤーはどんどん居なくなる。
僕がやりこんでいたBoDⅡは発売から五年も経っていたから、オンライン対戦は、いつも決まったメンバーだった。
多分、総プレイヤーは50人も居ないだろう。
その全員が五年もやり続けている猛者だ。
全員、変人レベルに強かったのでは?
僕はそんな変人達と戦い続けた結果、とんでもなく上手くなっていたのでは?
ゴールデンボールも、ポッキーも、うんこ太郎も、クレイジーRPGボーイも、チーズカウ君も、みんな、プロより強かった。
アイツらが、狂った強さの、世界最強レベルだったんだ!
僕は世界最上位50人の中でキルレート0.6だったんだ!
そしてその強さは、BoDⅤのプロプレイヤーにもけして劣らない!
「さすがに瀕死!」
一発だけ残っていたスモークグレネードを使い、周囲を煙に包むと、僕たちは背中合わせを解除し、元いた畝に飛びこむ。
「すっげえ! 最高! 上手く行くとは思わなかった。けど、アリサ、どうしたのさ、珍しく撃ち漏らし?」
「No」
「ん?」
「当たったよ、今、当たったけど、あいつ、ピンピンしてる!」
「え?」
ガズンッガズンッと固く重い連続音が、僕の足下に複数の穴を開けた。
「バレットのリロキャン! 突砂リーか!」
リーは昨日の試合で米軍を相手にし、戦況を覆している。
プロの技術にバグ技が加われば、手のつけようがない。
アリサが最後のスモークグレネードを使い、さらに深く僕たちの姿を隠す。
再び、ライフル弾の連射が降り注ぐ。
一発が掠め、僕は回復する間もなく瀕死状態になる。
「リーめ、焦ってるな! 位置がバレバレなんだよ!」
僕はリーの居る位置に手榴弾を投げる。
命中した。
だが、キルログは出ない。
「よし。倒し……てない?」
「でしょ? あいつ、死なない!」
「うそ、マジで。ラグアーマー? それとも不死身バグなんてあるの?」
「知らないよ!」
アリサが先ほど倒した敵のスナイパーライフルを拾い、リーの頭部を狙った。
だが、リーは自らの腕を顔の前にまわして、弾丸を受け止めてしまう。
「何あれ! 嘘でしょ。モーションコントローラーって、あんなことまでできるの?」
「できないよ! 頭部を庇っても防御力アップなんてしないよ!」
僕たちが畝から転げ出た瞬間に、爆風が背中を叩いた。
突砂リーが歩兵携行式の対戦車ロケットを地面に向かって放ったのだ。
アスファルト混じりの土砂が降り注ぎ、画面が灰と土の色に染まる中、僕は逃げるのではなく、敢えて敵拠点に向かう。
旗さえ取ってしまえば勝ちだ!
旗は何処だ!
「あいつ、味方ごと撃ちやがった!」
爆心地には敵プレイヤーが何人か倒れていたはず。
放置しておけば死亡するが、医療キットを使えば、まだ蘇生できたはずだ。
にも拘わらず、リーは僕たちを倒すために味方ごと撃ってきたのだ。
「むー。あいつの戦い方、嫌い」
いくつもの弾丸が僕たち移動先を正確に狙ってくる。
ジグザグ移動で飛び跳ねても、伏せても、何度か被弾してしまった。
画面が暗褐色に染まる。
周囲にはまだスモークが残っているのに、至近弾が多い。
リーからは、熱源を頼りに獲物を狙う蛇のように、こちらが見えている?
「アリサ、駄目だ。いったん逃げるよ! バギー盗った。乗って! 乗って!」
後部座席にアリサが飛び付き、僕は最大加速で発車。
煙を突き破り、瓦礫で凹凸の激しい道路を加速する。
よし、これで逃げたフリして、途中でアリサに降りてもらおう。
アリサが旗を見つけるまで、僕がリーを引きつける!
「カズ! 来てる。来てる!」
「大丈夫。すぐに引き離せる」
「追いついてきてる!」
「ファッキン、ターミネーター!」
後方視点を確認したら、土砂色の煙を突き破り、リーが迫ってくるのが見えた。
悔しいことに、僕もアリサも生粋のFPS馬鹿だった。
敵がインチキをして死なない状態で襲いかかってきているのに楽しかった。
絶体絶命の窮地なのに、笑いが止まらない。
「くっそ、いつの未来からやってきたんだよ、あいつ! 冷凍ガスも溶鉱炉もないぞ」
「地底世界から沸いてきた将軍かもしれないよ! 衛星ビーム撃とうよ!」
アリサが牽制のためにライフルを乱射する。
だが、不安定な車上からでは当たらないだろう。
「Fuck! アイツもバギーに乗った! ライフル撃ってくる!」
BoDシリーズで運転手が撃てるのはハンドガンのみでは?
両手を使うライフルは撃てないのに!
「あはははッ。ここまで来ると、もう何でもありだな。逆に笑えてくる。さっきの爆撃で、どんだけキレてんだよ! これ、オンライン配信してるんだよ!」
「カズ、たまたま!」
「無いよ!」
「二つ、とっておきの弾があるだろ! 寄越せ! 命中精度抜群の金の弾だ!」
「アリサ! ジェシカさんのそういうところは、真似しちゃ駄目だって」
「ねえ、どうするの。本当に弾切れだよ」
時間が経過すれば、先ほど倒した敵が復活するから、ますます状況は悪くなるはずだ。
「ジェシカさんに頼んで、10連続キルでもしてもらう?」
「ジェシーならできるよ。じゃあ、ジェシーのいるところまで、バギーでハネムーンだね!」
「妹さんをくれなんて言ったら、僕がジェシカさんに撃たれるよ」
冗談半分に笑っていたら、突如、画面に「GameEventJapan12 拠点制圧」という文字が出て、僕達の勝利が決まった。
「え? なんで?」
ゲーム画面にははっきりと、勝利の二文字が出ている。
あまりにも唐突すぎて、嬉しさよりも狐に摘まれたような気分の方が強い。
「カズ、GameEventJapan12って誰?」
アリサの声からもハイテンションが霧散してしまっている。
「モジャモジャ……」
あの人のこと、すっかり忘れてた。
だって、昨日の夜は自宅に帰ったらしく練習は不参加だったし、今のゲーム中もぜんぜん、キルログに出てこなかったし……。
成績画面が出てきた。
モジャモジャ、0キル0デス。
試合中、ずっと空気のような存在感で、一度も敵を殺すことなく、逆に殺されることもなく、さらに見つかりもせずに、味方陣地から敵陣地まで移動して旗を探していたらしい。
「というか、どうやって敵の包囲網を突破したの? このタイミングってことは僕たちが拠点に攻め入ったときには、もう居たってこと? まさか、マップの一番外側を延々と歩き続けていたの?」
ヘッドホンを取り、右を見た。
アリサは裾をパタパタさせてお腹に風を送っている。
薄暗い部屋だけど、白いおへそがチラリと見えた。
僕の視線に気付いたらしく、アリサは頬をいっそう紅潮させると弾むように走り寄ってきた。
そうだ。ハイタッチだ。
アリサの手が届くやや低めの位置に両手をあげる。
しかし、アリサはハイタッチしてくれなかった。
アリサは僕に飛びつくと、背中に腕を回して抱きついてきた。
「うわっ。ちょっと、アリサ」
「……アリサ、毎日料理する。お掃除もする」
「うん。うん?」
どうして料理や掃除の話が出てくるのか分からない。
ゲームで勝てたから、脱レトルトを頑張る意欲が湧いた?
あ。
料理も掃除も、敵を倒すという意味か。
「もちろん、僕も手伝うよ。料理も掃除もふたりで一緒にやろう」
「うん!」
アリサは、首や耳が真っ赤になっている。
身体を動かしまくっていたから、熱くなっているのだろう。
「ふたりとも、よくやった」
ジェシカさんがやってきて、僕に抱きついているアリサごと、抱きしめてきた。
ジェシカさんの胸が触れそうなので、僕は仰け反って距離を取る。
というか一瞬、弾力のある大きなものが当たった!
するとアリサがじと目で見上げてきた。
「うーっ、ジェシーの胸をエッチな目で見ないでよ! 浮気は駄目!」
「浮気って、何が?!」
「むーっ」
アリサの頬が焼きマシュマロみたいに膨らんでいく。
ジェシカさんは意味が分かっているのか分かっていないのか、笑いながら肩に手を置いてきた。
「お前達が仲良しになれて、良かったよ。これで安心してアメリカに帰れる」
「え?」
今、なんて言った?
アメリカに帰れる?
ジェシカさんの予期せぬ言葉が、勝利の余韻を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
「アメリカ?」
「ん、言っただろ。引っ越すって。そんな顔すんなよ。アリサとは明日からもずっと一緒だろ」
「え?」
明日からボイスチャットの相手がアリサになることは、なんとなく想像していた。
けど、わざわざ「アリサとは明日からもずっと一緒」と言ったのが、まるで、ジェシカさんはもうボイスチャットをしないって言っているように聞こえるんだけど。
「ジェシカさんは、ボイスチャット……」
「ん? もうオレは必要ないだろ。な、アリサ? 日本語も覚えたし、カズと喋るの平気だよな?」
「うん」
アリサは当たり前のように頷いている。
確かに、ジェシカさんは元々、恥ずかしがり屋のアリサに代わってボイスチャットをしていただけだ。
アリサが僕と実際に会って、お喋りできたのだから、ジェシカさんはお役御免ともいえる。
でも、それじゃあ、僕はジェシカさんとお喋りできなくなるということだ。
「あ……」
言葉が詰まってしまった。
ジェシカさんとボイスチャットしたいと言ってしまえば、アリサとは会話したくないという意味になってしまう。
アリサは大事な友達だ。
イベント中、何度も衝突して絆は深くなった。
多分、これからもずっと、いつまでも一緒に遊び続けると思う。
じゃあ、ジェシカさんは?
もしかして僕は、アリサという最高の相棒と引き替えに、ジェシカさんという、もうひとりの最高の相棒を失ってしまうのだろうか。
ジェシカさんにとって僕は、こんなにも簡単に、明日からもうボイスチャットしないと割り切ってしまえる存在だったのか。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
頭がフラフラしてきた。
連日の睡眠不足が祟ったのか、急に目の前が真っ暗になって、僕は意識を失ってしまった。
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