第3話 名

「近藤先生って言ってもね」

緑色の星が入った冷たい小鉢を置きながらママさんが続ける

「近藤さんは何の先生か知らないのよ」

「ぇ?でも先生なんでしょう?」

「うん。多分。初めて来た日に一緒に来た人が『先生』って呼んでたから」

「へぇ~。オレてきっきり、校長先生かと思ってたよ」

「そうね。いつも背広姿で、校長先生風よね」

「うん。そこの第二小学校の校長先生だと思い込んでた」

「あはは。それは違うわよ。近藤先生の年齢ならずいぶん昔に引退よ」

「そっか」

正体不明の人が行き交うこの店に、また一人正体不明の客が来たというわけか。

小鉢から細い箸の先で緑色の星をつまみ出し口に運ぶ。

「ママさん、この野菜なんて言うんでしたっけ」

「オクラよ」

オクラ…か。

「それはそうと、私に似ているというその…」

「ああ、ぼーさん?」

「その人はよく来られるんですか?」

「…ううん。 最近来なくなっちゃったのよ」

ママさんがタクちゃんと目を合わせてうなづいた。

「オレね、ぼーさん好きだったんすよ。いつも入口近くのさカウンターの端に座って静かに飲んでたよな。姿勢は正しいのになんとなくうつむいたような陰のある雰囲気で」

「そうね、きれいな飲み方をするのよね。丁寧な所作で、神聖な儀式のような…」


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