第6話 色違いグラ〇ドン事件 後編
次の日から俺はちょっとした有名人になっていた。クラスメイトからは勿論とし違うクラスの一度も話したことがない男子からも色違いについて話しかけられる。
「通常は赤色なんだよな。色違いはどんな色なの?」
「緑というか……草色」
「なにそれ! だっさ!」
色違いが草色だと聞くと大抵の連中は興味を失せる。ごく少数の物好きは物珍しさに引かれて放課後に俺の家に遊びに来る。見せてやると当時としてはまだ珍しい自分用の二つ折りの携帯電話で撮影する
突然だが俺はゲームには魔法が秘められていると思う。こんな風にちょっとした出来事でただの小学生、ただの凡人である俺にスポットライトが当たる。普段絶対に話さないだろうと思う奴とも会話のきっかけが生まれる。宝石や黄金のように人を惹きつける力が宿っている。
そして同時に人を惑わせる力も宿っていた。
俺が色違いをゲットしてから二日目。
悪魔は突然俺の前に現れた。
「ねえ、新くん。色違いをゲットしたって本当なの?」
彼女はクラスカーストでも上位中の上位。成績優秀、品行方正、毎年読書感想文で学年代表に選ばれ受賞する人生二週目ともっぱらの噂。一年生の頃からずっとクラスメイトでありながら一度も話したことがなかった関わることもなかった雲の上の存在。
名前は幸田幸。
彼女がこの俺に話しかけていた。
「あ、ああ、本当だよ」
「とか言って本当は嘘じゃないの」
「……というかゲームに興味あるんだ。結構意外」
「私だってゲームくらいするよ。アニメも大好きだよ」
話してみるととてもフレンドリーでよく笑う女の子だった。
話すまでは特に意識はしてなかった。すごいクラスメイトがいるくらいの認識だった。
しかし今、こうして少しの時間話したことで印象はまるで変わった。
(俺、この人のこと好きかも……)
殴ってやりたい。この頃の俺をぶん殴ってやりたい。されど同情もする。しょうがないよな。趣味を理解してくれる女の子なんて無条件で好きになるよな、と。
「ねえ、新くん。私にも見せてよ」
「いいよ、いつ来る」
「今日。一緒に帰ろう」
「い、一緒に!?」
その場限りの冗談かと思った。
しかし放課後、ランドセルを背負って俺の前を陣取る彼女がいた。
「じゃあいこっか」
すでに俺の家に行くことは決定事項となっていた。
クラスメイトに茶化されながら俺たちは早々に教室を出た。
家に着くまでの間、何を会話をしたか覚えていない。何か話した気がするし、何も話さなかった気もする。歩いていた気がするし、走っていた気もする。
ここからはあまり思い出したくない。忘れたいのに消し去れない負の思い出。
ランドセルの底に眠る合鍵で玄関を開けてまっすぐ俺の部屋に。
「おじゃましま~す」
彼女はランドセルを床に置くと部屋の主に断りも入れずにベッドに座った。
「ふーん、ここが新くんの部屋ですか。思ったより片付いてる」
「母さんに口うるさく言われてるからな」
「男の子の部屋ってもっと散らかってるからと思ってたから意外」
「……他の男子の部屋に行ったことないの」
「うん。新くんが初めてだよ」
今では嘘か本当かもわからない疑うべき言葉を当時の俺は丸呑みした。今の俺なら十中八九嘘だと疑うね。
「俺も……同い年の女子入れるのは初めて……」
「へえ~、そうなんだ~」
含みのある笑い。
意味も分からず、俺はドキドキした。当時完全な性の目覚めこそなかったものの自分の部屋に同い年の女子がいることに緊張してしまっていた。
「すぐに見せるから待ってろ」
机の上の携帯ゲーム機を起動する。ソフトは刺しっぱなし。電池は交換済みだ。
俺は床に座ると彼女は言う。
「こっち。隣に座ってよ」
彼女は自分の尻の隣をぽんぽんと叩いた。
「い、いや! こっちでいい!」
恥ずかしがり屋の俺は隣に座る勇気を持ち合わせておらず、ぶっきらぼうに振る。当時はこれが男らしいと信じていたが振り返ってみるとなんとも童貞臭い。
俺は色違いを表示しゲーム機を彼女に委ねた。
「ほら。嘘じゃないだろ」
「うわあ! すっごーい! 本当に伝説級の色違いだ! すごーい!」
すごいすごいと彼女は連呼する。
わかってる。すごいのはゲームであり色違いであり、決して俺ではない。
なのにどうしても誇らしく感じられる。やっぱり自分のことのように嬉しかった。
彼女は俺を一通り褒めそやした後、とあるお願いを切り出す。
そして運命の時は訪れる。
「ねえ、新くん。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「一晩、この子を貸してくれない?」
「それは…………」
当然躊躇う。たかがゲーム、されどゲーム。電子データではあるが俺にとっては唯一無二の宝物だった。
「あのね、実は私、ゲーム機持ってきてるの」
そういうと彼女は用意周到なことにランドセルの底から携帯ゲーム機を取り出す。
「先生にバレないか、ずっとドキドキハラハラだったんだ。もし見つかったら取り上げられるって……授業中ずっとね」
本当に彼女は交渉が上手い。いらないリスクではあるが自分の必死さをアピールすることができた。
「そこまでして……どうして貸してほしいの?」
「最近妹と喧嘩しちゃってね……仲直りのきっかけが欲しいの。その子このゲームがすごく好きで、きっと見せてあげたら喜んでくれると思うの」
必死さの次はすかさず健気さをアピール。
男は女が時折見せる弱さにとことん弱い。
まあこんな高度なテクニックを使わなくても俺の答えは変わらなかっただろう。
「いいよ。幸田さんのためだもん」
この時の俺と彼女の関係はクラスメイトではない。
働きアリと女王アリだ。
女王アリの命令は絶対。働きアリは指示を疑うことをせず奉仕が使命であり生きる理由であり至福なのだ。
「ありがとう。代わりに私の大事なパートナーを送るね」
「え、悪いよ。そんなの」
「いいからいいから。君の大事な子を預かるんだから私も大事な子を預けなくちゃ」
そしてトレードが始まる。
俺の手元に彼女の分身がやってくる。
「……あ、炎タイプの子を選んだんだ。うん? 最終進化まだしてないの? というかレベル16? いくらなんでも低すぎでは……」
「今日はありがとうね。そろそろ塾の時間だからもう行かなくちゃ」
目的を果たした彼女は早々に帰り支度を始める。
「そうなんだ。それじゃあ遅れられないね」
「うん。本当はもっとゆっくりしたかったけど……また明日ね」
「うん、また明日」
彼女とは笑顔で別れた。
そして次の日の再会の時は笑顔ではなかった。
登校直後の朝の時間。気まずそうに暗い顔の彼女は俺に話しかけてきた。
挨拶はおはようではなく、ごめんなさいだった。
「……ごめんなさい。本当の本当に気をつけなくちゃいけなかったんだけど……ごめんなさい、データ消えちゃった……」
「…………は?」
「……ココアをこぼしちゃったの……勉強に集中しててついうっかり……」
「ついうっかりって何だよ……」
本当は怒鳴りたかった。ぶん殴るはできなかったとしても何か物に当たりたい衝動はあった。
しかし、
「本当に……ごめん、なさい……」
今にも泣きそうな顔で頭を下げる彼女を俺は責める気にはなれなかった。
ふと俺が好きなアニメや漫画を思い出す。こういう時は女を責めず、笑って許してやるのが男であり、最高にかっこいいのだと。
そして同時に打算もあった。実にくだらない愚かな計算だったがここでポイントを稼ごうとも思っていたのだ。少しでも彼女の目にかっこうよく映ろう、そしてゆくゆくは……などと考えていた。あほくさ。
「……仕方ないよ。悪気はなかったんだろう」
「こんなことを言うのもなんだけどありがとうね、新くん……本当に優しいんだね……」
「へへへ、まあな」
その日は教室や廊下ですれ違うと申し訳なさそうに頭を下げる彼女であったが、三日目には俺のことが見えない以前の彼女に戻ってしまっていた。
そして俺は、しばらくゲームから距離を置いていた。ストーリーを進めると少年心をくすぐるめちゃくちゃ強くてかっこいいドラゴンが現れると知っても遊ぶ気にはなれなかった。
これが事件の顛末……と言いたいところだが実はまだまだ続く。前半と後半の長さがアンバランスな構成になってしまって大変申し訳なく思うが肝、サビはここから始まる。
それから一週間過ぎた俺の部屋。またあの時の面子が揃っていた。
俺は友人から悪夢を伝えられる。
「なあ、新。去年小学校卒業した
「あぁ近所だし知ってるよ。中学一年でもうサッカー部のスタメン入りしてるとか通ってる塾でも一番の成績だとか」
「そんでものすごいオタクらしい。家にはたくさんの漫画やコレクションがあるとか」
「そっちは初耳だ」
「それならこっちの情報も初耳だろうな。その人、最近色違いを手に入れたらしい」
「………………やめてくれよ」
「……確証があるわけではない。俺スポ少でサッカーやってるだろ。合同練習の時にちらっと立ち話を聞いただけなんだ」
「じゃあ、じゃあ、まだ嘘かもしれないな」
しかしもう一人の友人がその噂を肉付けする。
「……実はその話、僕も塾で聞いたんだ。僕の塾、小中合同で同じ教室で勉強するんだけど」
「だから……あくまで……噂だろ……」
「僕、その行田さんと幸田さんが仲良く話してるところ見たんだ。話してる内容は」
「ココアを! こぼした! これでこの話はおしまい!」
俺はみっともなく声を張り上げて部屋の隅で膝を抱えた。
「……お前がその気なら一緒に奪い返しに行ってもいいんだぜ。まあ俺喧嘩弱いから勝てる保証はしないけど」
「……あんまり無謀なことしないほうがいいんじゃないかな。幸田さんを敵に回すのは女子全員を敵に回すことだよ?」
「二人が何の話をしてるか……さっぱりわかんねえな……」
俺はぶっきらぼうに壁に向かって強がる。俺は名探偵ではない。見た目も頭脳も子供であり自力で事件を解決する力はない。小さく縮こまるだけの俺を二人は肩を叩くなり、背中をさすってくれた。
好きなアニメや漫画を思い出す。この一件で俺は女を責めずに笑って許すほどの大きな器に到底なれないと痛感した。せいぜい出来たのは男なら涙を流さないくらいだった。
とまあこのままだとバッドエンドという流れだが、結論を先に言おう。
色違いは俺の手元に戻ってきた。
二人が俺を慰めてくれてからまた一週間後の出来事だった。
二人の友人と毎週発行される少年誌のおかげである程度は立ち直れた俺の元に彼は現れた。
校門を出ると詰襟制服姿の背丈の高いお兄さんが立っていた。
年上で見知らぬ人。触らぬ神に祟りなしと思い、目を合わせないように通り抜けようとしたが、
「君、アラタくんだね」
その名前を出されると俺は無視ができなかった。
足を止めて、彼の顔を見上げる。
「よかった……やっと見つけた……」
優しい、春の木漏れ日のような笑顔を浮かべる彼こそが行田行さんである。
「アラタくん、君に返したいものがある。君にとって大事な宝物だよ」
そう言って上着のポケットから携帯ゲーム機を取り出した。
アラタとは俺のゲームの中での名前だ。ゲットしたモンスターにはゲットしたトレーナーの名前も記載される。
彼はその異変に気付き、元の持ち主に戻そうと今まで俺を探していたらしい。
俺はつくづく思う。神様って本当にいるんだな、と。
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