第5話 色違いグラ〇ドン事件 前編

「なんぞこれー!」


 あれは午後六時前の出来事だった。夕飯のカレーの匂いが香る俺の部屋には近所に住む友達が二人いた。テレビゲームに飽きて解散するにはすこし早く、だらだらと各々が好きなように過ごすフリータイム。漫画を読むもよし、ゲームをするもよし。しかし勉強だけは決してしなかった最高に怠惰な時間。


「見ろ見ろ見ろお前ら!」

「どれどれみせてみせて」

「どうした、新。くだらなかったら浣腸するぞ」


 そう言ってゲーム画面を覗くと、


「すげー! なんぞこれー!」


 二人とも揃って同じ反応を見せた。


「グラ〇ドンだよ! それも色違いの!」


 そう、当時男女ともに大流行したリメイク前のかの名作の、パッケージにも登場する伝説級のモンスター。一体しか出現しない希少のモンスターだが、さらに超低確率で色違いバージョンも出現する。


「乱数!? 乱数使った!?」

「知らねえよ、んなもん! 俺の幸運だよ!」

「惜しまずにマスボ使えよ! しかも充電切れ間際じゃん! 早く早く!」

「え、マスボ? 持ってないんだが?」

「はああああああ!? 敵アジトに落ちてただろ!? 拾わなかったのか!!?」

「あー、うん……敵だと思ってスルーしちゃったかも」


 それを聞いて友達二人はひどく落胆した。


「あほおおお!!」

「あーあ……」

「い、いや! まだ諦めるには早い! パートナーポケモンにみねうちとねむりごな覚えさせてるから!」

「なんでパートナーポケモンに捕まえるための技を覚えさせてるんだよ……」


 そこからは電池との戦いだった。まだ当時の携帯ゲーム機はバッテリーではなく乾電池で動いていた。充電しながらのプレイは不可能だった。


「よーし、みねうちでHP1まで削った……次はねむりごなだ……」

「あー、外した! こいつトレーナーと一緒で馬鹿だ!!」

「まひで妥協するのもありなんじゃないの?」


 俺は二人の助言を一切無視して孤軍奮闘した。

 部屋の外から母親の声。


「そろそろ時間よー。早く帰りなさーい」


 しかし二人は動かなかった。俺の奮闘の行方を見守っていた。


「ボールは? ハイパー何個?」

「スーパーが10個……きずぐすりは70個もってる」

「こりゃだめだな」


 ずさんなトレーナーだったがそれでも二人は応援してくれた。

 二人の祈りが実ったのか、運命の瞬間が訪れる。


「よーしボールに入った!」

「俺はジンクスでいつもセレクトボタン押してる」

「ボタン全部押しするとリセットするから気を付けてね」


 ボールは二回揺れたのちに消えてしまう。


「あー! あと一回! あと一回が遠い!」

「今ので目を覚ましちゃったよ!」

「もう一回眠らせろ!」


 ボールは刻々と消えていく。

 そして最後のボールを投げる。


「頼む! 捕まってくれ!」

「頼む!」

「お願いします!」


 三人で両手を組んでお祈りのポーズ。

 俺はこの後の出来事に対面してからは神はいると信じるようになった。

 ボールは揺れる。一回、二回、三回……。


「お、これはもしや……!」


 捕縛ゲット成功のファンファーレが鳴る。


「しゃあああああああああ! やったああああああああああ」

「おお! やったな!」

「おめでとう、新くん!」


 ガッツポーズをしたのちにハイタッチをする俺ら。

 肝心なことをすっかり忘れている。


「あれ、レポートはした?」

「っけね! まだだ! やば! 早くしないと!」


 すぐにスタートボタンを押し、データセーブをする。

 ウィンドウが消えた瞬間、画面もぷつっと消える。


「え!? あ!? 消えた!?」

「間に合った!?」

「た、たぶん……間に合った、と思う」

「しゃあねえな! 俺の電池貸してやる!」

「恩に着る!」


 友達が自分の携帯ゲーム機から電池を取り出して俺に渡す。老害発言だが不便だったからこそこういう気遣いがあったのだとしみじみ思う。

 しかし受け取った電池には少し問題があり、


「……お前これメーカー違うやつでゲームしてんの? やめたほうがいいよ。液漏れするぞ」

「今だけだよ! いつもはしてねえ!」


 ソフトだけでなくハードまで逝ってしまうのではと一抹の不安を感じながらも俺はゲームを再起動する。

 そしてスタート地点は最後に見た場面と一緒だった。


「ちゃんとゲットしたみたいだ……はあ、骨が折れた」

「ふう、ヒヤヒヤさせやがって……」

「捕まえられて良かったね」


 ほっと一息ついていると、


「あなたたち、そろそろ帰る時間でしょー」


 母さんが俺の部屋に顔を出す。


「げえ、六時とっくに過ぎてるじゃん。母ちゃんめっちゃ怒ってるわ」

「お腹空いたね。最後にあんな展開があったものね」


 二人の反応を見てか、母さんは一計を案じる。


「それとも夕飯うちで食べていく?」


 その日のカレーの味は今でも忘れない。

 いつもと同じ味付け、同じ具材のはずなのに格別においしかった。

 友達と何を話したかもはっきりと覚えている。

 しかしこの時の俺たちは夢にも思わなかった。

 後日、あんなことが起きるとは……。

 後半へ続く。

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