第4話 睦言(全年齢対象童貞版)

 米が目を覚ました後もデートはもうちょっとだけ続く。いつも10分程度の、特にテーマを決めずに他愛のない会話をして落ちるのが決まりというかそういう流れになっている。


「今週の〇ェンソーマン読んだ?」

「まだ。俺、単行本派」

「は? さっさと読めし。オタクが流行で遅れていいのは服だけぞ。ネタバレすっぞ」

「やめい。もしもネタバレしたら仕返しに〇クナヒメのネタバレしてやるからな」

「やーめーろーまだ稲作すら始めてないんだぞ」

「積むの早すぎるだろ」

「しょうがないでしょ、こちとら忙しいんです~~~」

「知ってる」


 山もなければオチもない、まさに日常四コマ的な会話だ。俺はこの深夜の何気ない会話がたまらなく好きだ。この会話のことをこっそりと睦言ピロートークと名付けている。

 至福の時だ。俺はこの時間があるからどんなことでも我慢ができる。この時間がなければきっと我慢ができなかっただろう。

 いつまでもこの時間が続けばいいのに……。


「あ、そうだ、新くんにちょっと言いたいことがあってね」

「なんだい、いきなり改まって。俺でよければなんでも言ってくれ」

「うん、実はね……しばらくデートを……お休みにしないかなって」

「ははは、デートをお休み…………お休み!?」


 フラグ回収が早すぎる。即落ち二コマか!


「うん、ちょっと仕事のほうがね忙しくなってきて……来クールも今の倍は増える予定だからさ」

「倍……倍……きん」


 当たれば空の彼方まで吹き飛ぶアンパン〇並みの衝撃だった。


「ボクもね、この時間がすごく楽しみなんだけどね……本当の本当に楽しみで……」

「いいよ、わかってる。剣を握らなければおまえを守れない。剣を握ったままではおまえを抱き締められない。俺の人生のバイブルにしている漫画の名セリフだ。つまりそういうことだろう」

「えっと……うん、そういうことかも」

「俺も少し寂しいけど……でも新米二人の番組もあるんだ。贅沢は言わないさ」

「うん、ありがと。それじゃあ新米でまた会おうね」

「そうだな、一週間後」

「おやすみ~」

「おやすみ」


 そして米は通話を切る。程なくしてオフライン状態になる。


「ふー……」


 俺はゲーミングチェアを降り、上半身を捻って体を伸ばす。


「すー……はー……」


 一度深呼吸をし心を落ち着かせてから、感情を爆発させる。


「ど゛う゛し゛て゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛」


 流れが、流れがおかしい。どこで狂った。

 確かに俺は調子には乗っていた。見かねた神様が天狗のように伸びた鼻をチョップで折りに来たのかもしれない。

 何が気に食わなかった。何がいけなかった。寝言ASMRか!? それとも睦言ピロートークか!?

 いいじゃないか、それくらい見逃してくれ! こちとら初めての彼女なんだぞ! まだ手すら繋いでねんだぞ!!

 それと彼女の発言が気にかかる。デートを休む? なんだろう、俺との時間は仕事的な事務的な労働かだったのだろうか。ちょっと労力を感じていたのだろうか。癒しだ安らぎだと感じていたのは俺だけだったのだろうか!

 ひょっとして遠回しに距離を置かれたのだろうか。俺は日々の一つ一つの言動を見直す。すると一つ一つがどれも気持ち悪い発言に思えてきてデバッグ即中断。

 どこかで聞きかじった話だが女性はそこはかとなく別れの気配を匂わせると。つまりはサインを見せているということだ。これが前兆予兆なのか!

 そういえば京都の女性は別れの切り出しもお暇をもらうみたいに遠回し言うとも聞いたことがある。ちなみに米沢米は奈良県出身だ。


「…………セーフだよな? な!?」


 熟考したのちに独り言が漏れる。それだけ俺は狼狽えていた。

 心が乱れる時、それも女性関係だと必ずと言っていいほどに蘇るトラウマがあった。

 あれはまだ俺がまだピュアピュアな小学生の頃。人間の腹黒さを心底思い知らされた、今も飲み会で語り継がれる忌々しい事件。

 その名も『色違いグラ〇ドン事件』だ。

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