マイルス

俺が住み込みで働いている旅館のお客さんは、修学旅行生が主体。

でも、週末には一般のお客さんも泊まりに来る。それが団体客だと、宴席が開かれるのが普通で、大抵、宴の後には栓を抜いたビールが残る。


残ったビールは、仕事が済んだ後、仲居さんと、俺たち若い衆が飲んでしまう。


しかし、今日のお客はまじめな学会の先生たち。

誰も酒を頼まず、残り物のビールにはありつけなかった。


しかたない。


仕事を終えた俺は、食堂から夕飯のおかずの肉じゃがだけもらって、旅館に隣接する寮の自室に戻る。肉じゃがは、酒の肴だ。


そして、酒屋へ。


でも。あ。

お金、銀行から下ろさないといけないんだった。


財布には、15円きりだ。


俺は、酒屋への道をあきらめて、ジョッキの氷水を飲みながら、食堂でもらってきた肉じゃがを食べている。


BGMは中古CD屋で買ったばかりのマイルス・デイビス。


「ラウンド・ミッドナイト」


ミュートをつけたトランペットの渇いた音色に、たっぷりの氷水がよく合う。

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