第8話 両親の居場所

「どういうこと……?」

「忍者はある時点から僕の正体に気づいていたのさ」

「だって付喪神を捜していたわ」

「授業中に出掛けていたのは、君のご両親を捜す為だよ」

 天草が親指を鳴らすと不思議な事に、足枷がガチャリと音をたてて解錠した。

「私の芝居に騙されたフリをしていたの?」

『左様。拙者若人の恋路を邪魔するほど落ちぶれてはおらん』

 天草の右側の空間から、懐かしい声がした。

「次郎丸!」


『天草殿、世話になったな』

 次郎丸はいつもの穏やかなトーンで話した。

「当然ですよ」

 天草はまるで次郎丸の姿が見えているかのように、一点を見つめた。

『柊は心優しきおなごじゃ、そなたに相応しい』

「僕の体はもって数年ですよ」

 ご期待には沿えません、と彼は苦笑した。

「緋色くんには次郎丸が見えているの?」

 軽くなった足首には、まだ何か足に纏わりついているような違和感が残っている。

「もちろん。僕はあの天草四郎だよ。忍者殿の姿も見えるし、声も聞こえる」

 彼が胸に手を当てると、赤い甲冑は消滅して元の天草緋色の姿に戻った。


「忍者殿、僕は天草緋色として生きて、成仏します」

『甲冑には戻れんのじゃな?』

「はい。古い書によれば、付喪神は修行する事で成仏できる。魑魅魍魎となる前に出家する事とします」

『腹を決めたのか』

「はい。希望を叶えたら、この体を借りて高野山に登るつもりです。お許しいただけますか?」

 そう言って天草は眼の前の空間に片膝ついて敬礼した。

『柊の命を救ってくれた。恩人の望みとあらば、致し方ない』

「柊さん、だから君とはそろそろ終わりにしようと思う」

「えええ」

 天草はすまなそうに顔前で手を合わせ、私のひと夏の恋は終わった。




 二学期が始まると、私達のスピード破局の噂は二階の廊下を駆け巡り、端のクラスからまたもや元カレがやって来た。

「よう、俺とまた付き合おうぜ」

「なぜ?」

「お前女っぷりが上がったよ。尻もこう、魅力的に……」

「これはストレスによるポテト太りや」

 痩躯が良いと言っていたのに適当な男だと、ローキックをお見舞いすると、天草緋色が口を挟んだ。

「彼女はまだ僕の大切な友人だから、君には譲れないな。そうだ、代わりにディナーをご馳走しよう」

 元カレは「いらねぇよ、くそっ」といつぞやと同じ台詞を吐き捨てて去った。


「お節介だった?」

 天草は元カレの後ろ姿を眺めながら言った。

「なわけ無いでしょう?」

「だよね、君の心は忍者の物でしょう?」

 ニヤける美形は右手で私の左頬に触れ、私は顔が熱くなるのを感じた。

「無い無い。エロ親父でお化けだよ?」

 廊下の窓から校庭を眺めると、サッカー部員が楽しそうにリフティングしている。

「ここは平和な島国だ。ひとつ屋根の下で犬と猿が睦まじく遊び、猫が狸に授乳したりする。きっと人間とAIの絆に涙するなんて日も遠くないよ。したいようにすべきさ」

 彼は私の隣に並ぶと、眩しそうに青空を見上げた。


「笑われるだろうけれど、僕は愛に満ちた世界を作りたいと本気で思っている。宗教や人種の違いが差別や貧困を招いたり、戦争の火種とならないよう尽力したい。それがあの時代に救えなかった同士への弔いだと考えているよ」

 天草は壁にもたれ掛かり、廊下ではしゃぐ女生徒を見て微笑んだ。女生徒がこちらに気付いて手を振る。

「モデル業も手っ取り早く世界にメッセージを発信する為さ。見て、フォロワーが46万人になった」

 スマホをのぞき見ると、額に十字架をつけた袴姿の写真が『天草四郎』のハッシュダグで投稿され、宗教の自由についてのメッセージが添えられている。


「そうそう、君のお父上とも連絡が取れたよ」

「えっ!」

 メッセージ履歴を見ると、確かに宇治原継男とのやりとりがある。

「お父上は外務大臣と闇金の癒着を暴こうと、データを持ち出して命を狙われていたんだ。借金もやつらのでっち上げだそうだよ」

 そう言うと彼は週刊誌を鞄から取り出した。巻頭頁に外務大臣の記事が載っている。

「これ、知ってる。ニュースで取り上げられていたわ」

 鬼山田似の大臣がやり玉にあい、額の汗を拭きとる姿が痛快だった。


「君を救出した時も、一足違いで近くまで来ていたそうだ。特捜が動き出したから、じき帰って来られるよ」

 長い記事の最後には、宇治原継男という名前があった。スキャンダルを追う父親の信念を垣間見た気がして、胸が熱くなった。

「母さんも一緒なの?」

「もちろん」

 天草は私の髪を撫でて微笑んだ。


 その日の夜、雨の匂いがして玄関の外へ出ると、本当に両親が帰ってきた。私は百枝の胸で泣きじゃくってこれまでの苦労を話した。

「連絡出来なくてごめんね。柊が巻き込まれる予感がしたの」

「ひどいよ……」

 文句を言うと百枝はあっけらかんとして言った。

「でもどうしてアルバイトを? お財布にクレカが入っていたでしょう?」








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