第7話 拉致

 夏休みに入ってすぐ天草緋色は持ち前の美貌でブレイクし、モデル業が多忙になり、私達の情報交換は週に一度のペースになった。

 私は借金返済の為にバイトに明け暮れ、ストレスと寂しさから夜な夜なコンビニに立寄り、ポテトを大量買いし、5キロ体重が増えて痩躯ではなくなった。


「次郎丸の馬鹿」

 生暖かい風が縁側を吹き抜ける。あのうるさい忍者がいなくなって、もう3週間が経った。

「お盆だよ。成仏するなら今や……」

 なんとなく他の霊と共に去るなら許せる気がした。4百年という歳月はきっと、想像もつかないほど長く辛かったに違いない。それならいっそ送り出してやるのが思いやりだと、少しだけ覚悟を決めていた。

 雨の慕情を聞きながら、扇風機の前でもう一度馬鹿、と呟いた。彼のいない毎日は本当につまらない。両親の所在を確かめに取り立て屋が来たとしても、彼がいてくれたら笑えるのに。


「……誰?」

 ガサっと生け垣の辺りから音がして、体が強張った。


 振り向くと急に視界が真っ暗になり、身動き出来なくなった。黒い布を頭から被せられ、押さえつけられているようで、呼吸困難になった。必死で抵抗したが、布越しにこめかみに固いものを感じた。

「動けば撃つ」

「次郎丸っ……」

 叫んだが返事は無かった。薬品のような物を嗅がされ、薄れゆく意識の中で、やっぱり助けてくれないではないか……と彼を恨んだ。


 ※


 視界が戻ると、窓のないトタン貼りの倉庫のような所だった。

「手荒な真似をしてすまないな、お嬢サン」

 初めて見る二人の男は、取り立て屋と雰囲気が似ていた。私は後ろ手に手首を縛られ、足首にチェーンのついた金属の輪っかを履かされていた。

「……誰ですか?」

「あんたの親父に用があってな」

「連絡は一度もありません!」

「良いんだよ。君を囮にするのだから」

「嫌だ、離して!」

「少々痛いが、恨むなら父親を恨むんだな」

 髭面の男は私の首にペティナイフのような物を突きつけた。


「ハチィ、録画だ」

「ヘィ、どうぞ」

 そいつが命令すると、もう一人の痩せ型の男がカメラを向けた。

「あー、宇治原継男に告ぐ。娘の命が惜しくばUSBメモリを3日以内に持ってこい」

 首から血の流れる感触がした。ドクンドクンと脈打つ音がしたが、恐怖からかあまり痛みは感じなかった。


「すまなかったな」

 録画が済むと髭面の男は絆創膏を私の首に貼り付けた。

「お金は私が少しずつ払いますから、許してください」

「お嬢サンが? ソープで働くにもまな板ではなぁ」

 髭面の男はカカカと豪快に笑った。

「最近太ったんです。まな板じゃありません!」

 胸をグイと押し出してみせると、男はナイフの先を谷間に突き付けた。

「度胸のあるお嬢サンじゃないか、親父さんが現れなかったらそうしようか」

 それから彼は手首の紐を解き、ハンバーガーの入った紙袋をくれた。倉庫はアジトなのかテレビや冷蔵庫といった家電製品があり、競馬雑誌や酒の瓶が並んでいた。


 ※


 ところが期日が過ぎても父親は現れなかった。

「親の尻ぬぐいとは可哀想に」

 哀れんだ痩せ型の男はチョコレートを差し出し、女子高校生に人気の雑誌やテレビ番組を見せてくれた。驚いたことにCMに流行りの服を着こなす天草緋色の姿が映った。

「緋色くん……」

 彼はもう有名人だった。画面に触れると静電気に弾かれ、惨めな気分になった。痩せ型の男はしんみりと麦茶のグラス差し出した。

「ぐずっ、ありがとう」

 涙と鼻水の混じった麦茶は苦かった。


「だ、だれだ?!」

 突然痩せ型の男が叫び、周りを警戒した。

「す、すまない、謝るから呪わないでくれ」

 男は空中を見つめ、何かに怯えている。

「……次郎丸なの?」

 問いかけたが返事はない。

「わわわかった。カップアイスを買ってくるよ」

 彼は尻もちをついて、耳を塞いだ。


 バァンと音がして倉庫の扉が開き、颯爽と現れたのは天草緋色だった。

「彼女を離せ」

 彼は日本刀を手にしていた。夕陽が後光のように射し込んで、一瞬目が眩んだ。

「く、来るな」

 痩せ型の男は怯えて、ポケットから拳銃を取り出した。

「来ちゃだめ!」

 叫んだが天草は刀を振り上げ、その直後、倉庫に銃声が轟いた。


「……えっ」

 日本刀は痩せ型の男の眼前でピタリと止まり、男は驚いて後退りした。

「ひっ、化け物……」

 天草の体には赤い甲冑の胴部分が出現していた。朱塗りの鉄の部分に弾丸が食い込み、しばらくして地面に落ちた。

「去ね」

 天草が刀を振り下ろすと、男はそそくさと逃げていった。


「大丈夫かい?」

 私は足枷を引きずって彼に飛びついた。甲冑は硬く、和室にあった物に違いなかった。美しい刺繍に触れると彼は、

「鉄砲に撃たれたのは初めてだ。僕、意外と丈夫に出来てるなぁ」

と笑った。


「緋色くん、ごめん……」

 次郎丸はきっとここにいる。私のせいで、彼に天草緋色の正体がバレてしまった。

 ところが彼は穏やかに微笑んだ。

「いいんだよ。僕をここに連れてきたのは忍者だから」


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