第6話 夏休み


 交際の噂は二階の廊下を駆け巡り、翌日には一番端のクラスから元カレが様子を見にやって来た。

「お前、今度はあいつから借金するんだ?」

 嫌味を言われて平手打ちをお見舞いしようとすると、天草緋色が私の手首をつかんだ。

「はじめまして。僕、天草緋色と言います。売出し中のモデルでね、お洒落な店を知ってるから、今度ランチを御馳走するよ。ええと君の名は……」

「いらねぇよ、くそっ」

 元カレが苦虫をかみ潰したような顔で立ち去ると、私は天草に抱きついてクラスメイトがざわめいた。

「ありがとう、スッキリした。モデルのお仕事しているの?」

「そう。学校名を売る事を条件に理事長の許可も貰ってる。フォロワーが増えたら、きっとご両親も見つかるよ」


 彼が親身になってくれたので、私も応えるように図書館通いした。学校で情報交換するのに恋人同士という設定はちょうど良かった。

 調べてみると偉人の生存説というものはこの世に複数あり、それに関する石碑や墓も各地に存在した。豊臣秀頼や国松の伝承の中には一子相伝だったものまであり、転校生の話もなまじ嘘ではないのかもと思えた。

 天草四郎については、ハーフや女性だったという眉唾ものの伝承から、秀頼の四男とされる人物=天草四郎だという説も確かに存在し、四男の名は羽柴天四郎と言った。


「付喪神が見つからなかったらどうするつもり?」

 夏休みの前夜、私は集め得るだけの資料を手元に次郎丸に尋ねた。

「現れぬと申すか?」

「そう、例えば復讐はどうでも良くなって第二の人生を謳歌してるとか……」

「甲冑が、か?」

「甲冑の姿だとは限らへんよ。あんただってわからんて言うてたよね」

「おおよそそのままの姿であろう。拙者の見かけた御仁も唐傘に手足が生えただけであったぞ」

「から傘お化けだったわけね……でも」

 甲冑くんは美青年になってしまったのだよ。

「姿は問題ない。付喪神は捨てられた恨みで家主に復讐すると相場が決まっておるゆえ、愚問であるぞ」


「私な、国松様について調べてん」

「そなたが?」

「ちょっと気になってな。国松様は斬首されず逃げ延びて、薩摩で生きてはったみたいやで?」

 私は手にしていた印刷物をベッドに並べた。

「何じゃと?! これは……国松様は45歳まで生きながらえたと申すのか?!」

「うん」

「ええっ?」

「こっちの写真はお墓なの。ほら見て、石碑に国松の文字が」

「うおお……はふっ……ふぬっ」

 次郎丸は興奮でじっとしていられないようで、あちこちから素っ頓狂な声がした。


「こ、こ、この資料に信憑性はあるのか?」

「さあ……伝承だから。現地に行けばもう少し詳しく分かるかもしれへん」

「そ、そうか。柊、拙者ちと出かけるぞ」

「待って、一人で行くん? 私明日から夏休みやねんけど」

「そなたアルバイトがあるじゃろう?」

「せやかて、夜に甲冑が現れたらどないするん」

「む、そうじゃな。御札や護符で追い払えるやもしれぬ。インターネットとやらで調べて用意するが良い」

「えええ」

 次郎丸はけんもほろろに消えて、手元の資料だけが残った。


 ※


「はははっ。それで見捨てられたわけか」

「もう冗談じゃないわ、あのエセ忍者」

 天草緋色はデリバリーのアイスコーヒーを差し出すと、ガムシロップの蓋を丁寧に開けた。

「これで伝承を信じたら、成仏してくれるかも知れない。ありがとう、柊さん」

 彼は自分もコーヒーを一気飲みして、氷をガリガリと噛んだ。

「なあ、前に言うてたやんか、完全体がどうのって漫画みたいな話」

「何、やっぱり忍者を失いたくないわけ?」

 彼は整った顔でニヤリと笑った。

「ち、違うよ。だだ癪だから聞いておきたいだけ。もし国松の事を吹っ切ってもこの世に未練があったら、体を手に入れられるの?」


「取り寄せればいいさ」

「故人の身体を?」

 神戸牛じゃないんだから、と突っこむのをぐっとこらえる。

「これは天草四郎の能力なんだよ。彼はシャーマンだった」

「えっ」

「彼は長崎に留学して得た知識と呪術の力で人を惹きつけたんだ。それがカリスマの正体さ」

「ふぅん」

 言われてみたら彼が盲目を治したという話があったっけ。


「あの日……兵糧が尽きた最後の日、四郎は覚悟して甲冑ぼくを身に纏い囁いた。いつしか泰平の世で付喪神となる事が出来たら、躰を呼んでほしいとね。それで僕は、平和ボケした世界で捨てられる日をずっと待っていたわけ」

「でも、中身は甲冑あんたなんでしょう?」

「もちろん僕の妖力が身体を維持してるけれど、四郎の意思がここにある。炉火のように小さな小さな炎がね」

 そう言って天草緋色は胸の中央を押さえた。

「じゃあ、彼の気持ちを代弁している時もあるってこと?」

「そうそう。君にキスしたのは、彼の意思だよ」

 私は珈琲を吹き出し、長い夏休みが始まった。



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