第3話 二人の接点

「ちょっ、あんた、どこにおったん?」

 慌ててタオルを湯船に沈めて体を隠す。

『ちと野暮用で、南の方にな』

 待ち望んだ声の主は、心配を他所にのんびりとした口調で話した。

「なにィ、詳しく!」

『き、九州じゃ。戦で転校生と同じ顔に会うた事があって、手掛かりが無いかと現地に赴いた次第じゃ』

「何だ、それならそうと言ってくれたら良かったのに」

 電線に引っかかっていないかと心配した自分が恥ずかしくなる。

『申したではないか。それに拙者が不在で静かじゃったろう?』


「もういいよ。あぁ、私も飛んでいけたらなあ」

 そしたらついて行ったのに。

『新幹線じゃ』

「ええっ。浮遊して行ったんじゃないの?」

 ひらひらっと飛んでいけるのではないのか。

『上空で風雨に打たれて、瀬戸の内海に落ちたら困るではないか』

「そ、そう」

 では誰かに憑いて行ったのだろうか、何だかその人が気の毒でならない。


「それで、今更出向いて収穫はあったの?」

 ぷくぷくと小さな気泡が出て、タオルが体に張り付いてゆく。

『拙者が見た男と、天草四郎のいで立ちの記述に共通点があった』

「その戦って、島原の一揆なの?」

 図書室で見た光景が蘇る。ブラインドからもれるオレンジの夕陽が転校生の涙を映していた。 

『左様。我ら甲賀者は志願して幕府軍に加わった』

 次郎丸は教科書ではたった数行の出来事を詳細に話した。私は分かっているようで、何も知らなかった。


『……それで一揆軍が籠城し、偵察の下知を受けた時の事じゃ。爺が落とし穴にはまり、石にぶたれて重傷を負った』

「ジジ?」

『某の養父で熟練の忍であった。背負って逃げたが生憎の満月、やすやすと追撃を受け、万事休すで大木の穴に身を潜めた時、その男が現れた』

「緋色くんに似た人?」

『緋色くん?』

「転校生の事。皆がそう呼ぶんだもん」

 すっかりクラスのアイドル的存在の天草緋色は、女性教師にまで「緋色くん」と呼ばれている。


『月明かりに見た男は、巫女と神主をかけ合わせたような、何とも言えぬ中性的な袴姿でな。栗色の髪を三つ組の紐で留め、額に十字架をつけておった』

「こ、個性的だね」

 その外見が一致するのなら、同一人物かもしれない。

『殺られると覚悟した。ところが彼は穴を蔓草で覆い隠し、追手から我らを庇った』

「なぜ?」

『さてな。城の情報を持った人間を生かしておく理由などある筈がなかった。一つ確かなことは、天草四郎だと知り得たとしても斬ることが出来たか分からぬ程に、見目麗しき青年だった』


「そういえば緋色くん、キリシタンの本を読んで泣いていたわ」

『尾行したのか?』

「あんたのせいや。読んでいた頁をスマホに撮ってん」

『早う見せよ!』

 次郎丸の声が浴室に反響する。

「じゃ、お湯から出るからどこかに行ってよ」

 のぼせてきたが、立ち上がるのは恥ずかしい。

『今更なんじゃ、おなごの裸なぞ見飽きておるし、ひん……』

「貧乳は範囲外なのは知ってるから、とにかく出てって!」

 私はそう言うと、声のする辺りに湯桶で湯を放った。


 それから次郎丸はスマートフォンを見て、文字が小さすぎるとケチをつけた。私はぶつくさ言いながら深夜に離れたコンビニまで行き画像をコピー用紙に印刷してやった。ついでにちょっと贅沢なカップアイスを買って食べると、もう寂しく無いことに気付き、彼の我儘を大目に見てやることにした。


「私ね甲賀に行ったことあるの、忍者パーク。手裏剣が的に当たらんかったわ。あれ難しいなぁ」

 次郎丸を捜している間に思い出した事である。父の知り合いの信楽焼職人が施設の関係者で、狸を買った帰りに修行体験して来た。鉄製の立派なマキビシに驚き、踏んだら終わりだと背筋が凍ったことを覚えている。

『ほう、次は拙者が手解きいたそう』

「あんた……手がないやん」

 笑うと、彼は悔しそうに唸った。


「次郎丸、帰ってきてくれてありがとう」

 ブランデーの入ったアイスは濃厚な味がした。

『当たり前田のクラッカーであろう』

「ふふ、何やそれ」

『現代の言葉なのに知らぬのか?』

「現代っていつから?」

『それは、アレじゃな、東京ブギウギの頃からじゃな』

「知らんわ」

 夜風に吹かれると濡れた髪が渇いてきて気分が良かった。


「なあ、あの甲冑って誰が着てはったん?」

 純粋に彼が忠誠を誓った男に興味があった。

『あれは……国松様が着るはずの物であったが、未使用でな』

 彼の声色が暗くなって、余計な事を尋ねたと思った。

「国松様って?」

『豊臣秀頼の子で、某は彼の影武者であった』



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