第1話 美しい転校生

 今朝は快晴。職員室前の花壇に散水すると、行儀よく並んだミニ向日葵が、口を開けて喜んでいる。汗ではり付く前髪を、南風が乾かして行く。

「清々しい朝……な、の、に」

 私は宙を仰ぐ。

『今日も学問に励むのじゃ』

 今朝も彼は絶好調である。


「それなら授業中に話しかけんといてな?」

 頭上辺りから聴こえてくる低い声にため息をつく。声の主は次郎丸、まだ姿を見たことはないが、先日から私に取り憑いているお化けの類いである。

『されどまた攻撃されるやも知れぬぞ?』

「今日は眠くないし、そもそも寝不足はあんたのせいだし!」

 初めて彼と会話したあの晩眠れなかった私は、翌日の授業中に睡魔に襲われた。それが運悪く担任に見つかり、飛んできたチョークがこれまた奇跡的に欠伸した口に入り、えずいてクラスの笑い者になった。


『かたじけなかった、体は大事ないか?』

 その上次郎丸はチョークを毒物だと勘違いし、『くせ者!』と騒ぎ立てた。その声が自分にしか聞こえない事を知らなかった私は慌てふためき、一人芝居をした格好になり、宇治原 ひいらぎの気が触れたと噂が立った。

「すこぶる元気だから」

 白いチョークはカルシウムのサプリメントのような粉っぽい味がした。再び味わいたくはない。


『一体あやつは、何者じゃ?』

「鬼山田の事? 彼は投げ矢が趣味なの。チョーク投げなんて今時ありえへんけど、皆逆らえんのや」

『鬼か?』

「あだ名だよ、暴君ってこと」

 担任の山田は出る杭を打ちのめすタイプの教師である。父親の影響で時々関西訛りになる私は鼻に付くらしく、何かと贔屓にされている。

『けしからん、拙者が斬ってやろうぞ』

「だから、あんた身体ないじゃん」

 馬鹿馬鹿しくてつい笑う。最近は彼が騒がしいせいか、孤独に悩む暇もない。


 ※


『某、甲冑を探しておる』

 あの晩次郎丸は私の名を呼んだ後でそう言った。

「私が売り飛ばしたあの赤色の甲冑?」

『いかにも。訳あってあの甲冑に憑いておったが、しばし浮遊した隙に行方がわからなくなった』

「……あなたは何者?」

『某は甲賀者、名を次郎丸と申す。そなたが捨てたのは、我が主君の為に作られた由緒ある甲冑であった』

 つまり彼は生前は忍者で何らかの事情で甲冑に取り憑いていたが、はぐれて探しているのであった。


「誰かが買わはったんちゃう?」

 その声は穏やかで、しばらく話すと不思議と恐怖感は無くなった。

『出納帳に記載が無かった。甲冑は付喪神となり逃げ出したようでな』

「つくも、がみ?」

『左様。ならばここに姿を現すであろう。捨てられた恨みで、家主を襲うはずじゃからの』

「ええ!?」

 付喪神という言葉は幼少期、耳にした事があった。捨てられたお椀や杓文字に手足が生えて大暴れする話で、もったいないお化けが出るから物は大事にしましょうね、と保育士が話していた事を覚えている。


「いやだ……甲冑に手足が生えたお化け?」

 想像してブルっと震える。

『付喪神となる輩は齢百歳を超えるような古い道具でな。某も一度しか見た事がないゆえ、外見は良く分からぬ』

「私がそいつに襲われるの?」

『案ずるな、助太刀いたそう』

「助太刀って……体が無いのに?」

 手足の生えた甲冑がガシャガシャと歩いてきたら、どう抵抗するというのか、ホラー映画は苦手である。

『ふはは……確かにそうじゃな』

「ええっ、策は無し?」

『ふむ。考える故、そなたに憑く事を許せ』

 私は布団を頭まで被った。その話を鵜呑みにするほど子供では無かったが、一人で解決するには難題で、心を許してしまいそうだった。


 ※


「おはよう諸君、背筋を正せ」

 予鈴が鳴ると、鬼山田がドカドカと教室に入ってきて咳払いした。今朝も大きな腹を無理やりベルトで締め上げて、髪をポマードで固めている。

 教室が静まり返ると、入り口のすりガラスに長身の影が映った。

「転校生を紹介する。天草君、入りたまえ」

 がらりと木製の戸が開き、栗色の髪を後ろで束ねた色白の美男子が登場すると、アイドルでも見たように、きゃあぁと女子達が黄色い声を上げた。


「静かにせんか!」

 鬼山田が一喝すると、転校生は困った表情で微笑んだ。その笑顔に女子達はうっとりとため息をもらす。

「初めまして。天草緋色ひいろです。特技はマジックです。どうぞ宜しく」

 教室がざわざわして、素敵、八頭身ね、という賛美の声が聞こえてくる。

 鬼山田は彼を窓際の空いていた席に誘導すると、

「えー天草君はこのような外見であるが、生まれつきなので校則違反ではない。くれぐれも真似することの無いように。カラコンも禁止だ」

と隣の席の女子の顔をにたりと覗き込んだ。


『あの男、人間ではないな』

 多分に漏れず彼に見とれていた私は、次郎丸の声で我に返った。







 


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