揺れる再審議
「もうよい……とは、どういうことかのう?」
「たしかに、今の質疑で証言に疑わしい点があったというのはわかった。だが、
二人目に同じ質問をしないのは何故だ!? 君らが用意した人間なのではないのかね!?」
その指摘にルーリィは微動だにしない。
「質問しなかった理由は簡単じゃ。二人目は直接に殺害の現場を見ていなかったからじゃ」
「では、二人目に同じことを質問しても?」
「無論じゃ」
ルーリィは顔色一つ変えずに答えているが内心は焦っているのだろう。首筋に一筋の冷や汗が見える。
右側の大司祭が二人目の……俺達が用意した証人に目撃場所を質問する。
「私は正門近くまで行き、喉が潰された遺体を見ました。犯人が近くにいるかもしれないと怖くなり、その場から逃げました。その後、爆発音がしたので正門の方向に目を向けると逃げていく者達が見えたのです。その場所がここです」
二人目の証人は迷わずに地図を指さした。
しかし、その場所は……
「遠すぎるな」
大司教が呟く。
二人目の証人が指さしたのは大通り上ではあったが、正門から距離があった。昼間ならかろうじて正門近くの人間の顔を判別できるかどうかという位置だ。犯行時間が夜である今回は見えないだろう。
俺は全身から力が抜けそうになる。
ルーリィも顔色が青くなっている。
「私には見えます」
その言葉の意味を俺は理解が遅れた。
「何故、そう言い切れる。普通の人間には見えるとは思えんぞ」
再度、右側の大司祭が証人を追及する。
「そうだな。普通なら見えないだろう。だが、俺は普通じゃない」
そう言うと証人は両手を頭にもっていくと髪の毛を振り乱した。すると、髪の毛の間から獣の耳が現れた。二人目の証人は獣人だったのだ。
審議場内の誰もが戸惑っている。
俺とルーリィも思わず目を見合わせてしまう。
「静粛に! 二人目の証言が信用できるのはわかった。しかし、その男は脱獄をしている。その時点で犯罪者だ! 投獄に何の疑問を
大司祭が声を張り上げる。結局はそこに話がいくのか。それについては弁解のしようがない。
「この男は、脱獄したのではなく、『勇者の血族』に誘拐されたのですよ」
!?
ルーリィの発言に俺まで耳を疑った。ルーリィに視線を向けると大司祭を真っ直ぐに見つめている。
「この男は、『勇者の血族』に誘拐され、その時に『血族』の潜伏地で妾の誘拐作戦を知ったのじゃ。そこから脱出したクロウは、誘拐作戦を阻止するために王都に戻り、大通りで『血族』と戦ったというのが本当の流れじゃ。結局、妾は誘拐されてしまったのじゃが、クロウは潜伏地の場所を知っておったから、妾の救出にすぐ来れたというわけじゃ」
「誘拐……。いや、その男を誘拐するメリットがなかろう」
「それが、あった……いや、あると思い込まされたのじゃ」
「どういうことです?」
ルーリィが地図の縁に沿って歩き、俺の前で止まると、仁王立ちで大司教達を見据える。
「クロウは『勇者の血族』である。と、されたのじゃ」
室内が騒然となる。この反応を見る限り、俺が『血族』の仲間と思われて取り調べられていたことは一般には知られていなかったのか……。
「何故……『勇者の血族』とされたのですかね?」
ルーリィが振り返り、俺の顔を見る。そうか……ルーリィは俺が捕縛されていた時のことを知らない。ここからは俺が話すしかない。ルーリィが示した誘拐されたという脱獄をなかったことにする嘘に合わせて……。
「俺が『血族』とされた理由はわかりません。……しかし、把握している事実から導くことはできます」
「その……把握している事実とは?」
「はい。それは……俺を『血族』と断定した衛兵についてです。俺を『血族』と決めつけたのは衛兵長を名乗るスキンヘッドの男でした」
大司教が
「ハッ。その特徴であれば……第五衛兵長のキンクと思われますが……」
「あの『血族』襲撃の日に行方不明になっているのならば、その男で間違いない」
衛兵が目を見開く。
「何故……行方不明になったことを知っている……」
「あの日、俺が誘拐される時……そいつが『血族』と一緒にいたからだ」
室内にざわめきが起こる。
「想像も含まれるが、そのキンクという男は『血族』と接触しようとしていた。しかし、『血族』の居場所がわからなかった。そこで、俺を『血族』と偽った。おそらくだが、『血族』が仲間を救出するために牢獄を襲撃すると予想してだろう。キンクの思惑通りに『血族』は牢獄を襲撃した。それにより、キンクは『血族』と接触し、そのまま行方をくらました。……そのついでに『血族』は偽物の『血族』である俺を処刑するために誘拐したのだろう」
「そんな馬鹿な話があるか!」
俺の脱獄について言及してきた大司祭が声を荒げる。
「落ち着きなさい。確認すればわかることです」
大司教に諌められ、大司祭は口をつぐんだ。
「君の話は刺激的過ぎます。その話の内容について確認し、その後で処遇について言い渡します。皆はこの場で待機していてください」
そう言うと、大司教達は部屋を出て行った。
「すまない」
最初に座っていた長椅子に戻ると隣に座ったルーリィが謝罪してきた。
「何で謝るんだ? 証言者や脱獄についての追及は予想外だったが、上手く躱してくれたじゃないか」
「いや、妾のミスだ。こうなることは予想できた。なのに……」
ルーリィは必要以上に落ち込んでいる。
「そんなに落ち込まんでも……上手くいってるんだからさ」
ルーリィは首を横に振る。
「このままでは終わらんさ。やられたよ……あの無能の策に嫌々付き従っているだけだと思っておったのが、間違いじゃった……」
ルーリィが見学者達の方に顔を向ける。自分の策が外れたことにショックなのか、エンヴィートがこちらを睨みつけている。その後ろで、メイド姿の女性が静かに微笑んでいた。
「誰のことを言っているんだ?」
「無能の雇っている有能な方じゃ……。昨夜、妾に接触してきたのは、妾を油断させる布石だったようじゃ」
ルーリィは祈るように顔の前で手を組んだ。
「最悪……お主は死ぬかもしれん……」
──────
メイド服に身を包んでいるメイは、目の前で苛立っている主人のエンヴィートを無視してルーリィ達を微笑みながら見つめていた。
(ルーリィ様は、私の策にお気づきになられたようで……)
メイは知っていた。ルーリィが、エンヴィートに雇われることとなった自分達に同情していることを……。そして、メイ達が嫌々従っているために仕事にやる気が無いと思い込んでいることを……。だからこそ、メイはそこを突いた。
メイは、嫌々エンヴィートに従っているが、仕事にやる気が無いわけではなかったのだ。メイは知っている。エンヴィートの思惑とは関係なく、自分達が貧困から抜け出せたのは見出してくれたエンヴィートのおかげであることを……。そのため、メイは解雇されないためにも仕事はこなすようにしているのだった。
(昨夜、ルーリィ様に話しかけておいて正解でしたね)
メイは、ルーリィに『再審議の妨害を手伝うことになった』と伝えた。メイに仕事に対するやる気が無いとルーリィが思い込んでいることを知っていたからだ。
メイは考えた。この言葉を聞いたルーリィは『策を考えたのはエンヴィートであり、メイはサポートのみ』と考えるだろう。そのため、メイが妨害のための策を用意していることにルーリィは気付かないと……。
この布石を打ったメイは大司祭の一人に接触し、何気ない会話の中で
「明日の再審議では、衛兵殺しのみが取り沙汰されると聞き及びました。急に現れた証人に疑問ですが、仮に被告の衛兵殺しが否定されたとして、無罪にして良いのでしょうか? ……そもそも……無罪であると言うのなら、脱走する必要があったのでしょうか?」
と囁いたのだ。この言葉は大司祭の胸の中に燻り、再審議中におけるクロウ達にとって予想外な追及へと繋がったのだった。
(予想外の追及を躱したのは流石です。しかし、このような流れになった以上は無罪にはなれないでしょう……。最悪、死んでしまうでしょうが、お許しくださいクロウさん……。私は、私と家族が何より大事なのです)
メイは、自分の策で死の淵に立たされているクロウの横顔を目に焼き付けるように見つめた。
──────
ルーリィの神妙な顔つきに思わず唾を飲み込む。
「最悪……死ぬ? どういうことだ?」
「それは……」
ルーリィが説明しようとすると大司教達が戻って来た。すぐに再審議が再開されてしまったためにルーリィの言葉の真意を聞くことができなかった。
再度、大司教達の前に立たされる。大司教が口を開く。
「協議の結果を伝える前に聞きたいことがある。……君は空を飛ぶ呪文が使えるそうだな?」
「え? ええ……使えます」
そこに触れるのか……。
「衛兵の話では、脱獄時に高速で空を飛んで行った者がいると言う。……君ではないのか?」
ボロが出るかと思い、あえて触れなかったところを聞かれてしまい、内心では焦るが、平静を装って回答する。
「それは違います。『血族』の中にも空を飛ぶ呪文を使える者がいたのだと思います」
大司教の目が座る。
「空を飛ぶ呪文など聞いたこともない。そんなものを複数の人間が使えるとは思えんがね?」
「失礼ですが、それは視野が狭いと言わざるをえません。『血族』達はワイバーンを使役する方法を知っていました。大司教様はワイバーンを使役している者を知っていますか?」
「むう。そんな者は聞いたこともない……」
「そうでしょう。『血族』は我々の知らない技術を持っています。それならば、空を飛ぶ呪文を知っていても不思議ではありません」
「じゃあ、その呪文を使えるお前が『血族』じゃないのか!」
俺の脱獄を追求してきた大祭司が横から口を挟む。
「それはありえませんのじゃ! ……お忘れか大司祭様。『呪文スキル上級』では、新しい呪文を作成することが許可されます。空を飛ぶという便利な呪文が同時多発的に作られていても不思議ではありません! それに、クロウが『血族』でないことは『血族』の拠点を潰したことからも明白じゃ!」
興奮しているのか、口調が統一できていないルーリィが反論する。
「では、その飛んで行った者は君ではないのだね?」
「はい! 違います!」
俺は堂々と嘘を吐いた。
大司祭は溜息を一つ吐くと立ち上がった。
「よろしい。では、今の問答も含めた再審議の結果を伝える。再審議におけるクロウ=プラグブロックの扱いは保留とする!」
室内が騒めく。この騒めきは戸惑いではない。期待のそれだ。ルーリィが俯いている。クハァッと笑いかけたのを必死に止めたような声が聞こえた。『保留』という結果に似つかわしくない反応だ。『保留』とはどういうことだ?疑問を口にする前に大司教が話し始めた。
「今回の再審議を一言で言うならば、混乱だ。『殺害を見たと嘘を吐く者』が現れるとは前代未聞だ。また、我々の問いに対する被告の答えは確認のしようが無いものばかりだった。そのため、被告が罪人であるかの判断をすることができなかった。……そこで、我々は再審議での結論を保留とし、被告への判決は神に託すこととした!」
大司教が一息入れる。周りの空気が緊迫しているのを感じる。
「決闘裁判を執り行う!!」
大司教の絶叫にも近い宣言に見学者達から歓声が上がり、ルーリィはその場に崩れ落ちた。
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