運命の決闘裁判
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「良いぞ!! これは良い!! おい! ここには、もう用はない! 決闘裁判を見に行くぞ! ルーリィの絶望した顔を堪能しなくてはな」
高笑いしながら席を立ったエンヴィートに続き、メイも席を立つ。
(私が仕組んだこととはいえ、心中お察しします)
メイは部屋から出る前にルーリィの方に顔を向け、頭を下げると静かに退出した。
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決闘裁判を宣言された後、俺はそのまま衛兵に審議所の外に連れ出さた。
「なあ、決闘裁判って何をするんだ?」
「神の前で用意された相手と戦うんだよ。勝てば無罪。負ければ有罪だ」
ぶっきらぼうな衛兵の回答に俺は首を捻る。何故、それでルーリィがあんなにショックを受けたのだろうか? 俺の強さを忘れたのか? ……とにかく、俺の無罪は確定だな。
そんなことを考えながら歩いていると目的地に着いたようだ。そこは衛兵舎など比べようもなく大きかった。もしかすると城と同程度だ。
「コロシアムがそんなに珍しいか? 早く入れ」
建物を見上げていたら、衛兵から呆れられてしまった。
控え室に通されると手枷を外され、私服を返される。服を着替え終わった頃に憔悴しきったルーリィが控え室に入って来た。
「どうしたんだ? 様子がおかしいぞ? 勝てば無罪なんだろ? もっと喜んでくれよ。それとも何か? 俺の強さを忘れたのか?」
俺がおどけて話しかけるが、ルーリィの様子は変わらない。
「そうだな……勝てば無罪なのだ……
「信じるも何も……伝説の魔王クラスじゃなければ、負ける気しないんだが……」
ルーリィが顔を上げる。その目は潤んでいる。
「妾だって……お前の強さは知っている! でも……でも……お主はスキルがないじゃないか!」
ん? スキル?
「スキル? どういう……」
「決闘裁判ではスキルに即した戦闘しかできんのじゃ!」
「えっと……つまり……」
「お主には、勝つための攻撃手段がないということじゃ!!」
遂にルーリィの目から涙が
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審議所の鐘が立て続けに三回鳴らされた。クロウの無罪を祈っていたミナイは、ハッとして顔を上げる。
(決闘裁判……どうか……ご無事で……)
ミナイの心中とは裏腹に階下では歓声が上がる。
「お嬢さん方! 決闘裁判中は仕事にならん! 店閉めるぞ!」
店主が嬉々として叫んでいる。
(私も見に行こう……。応援だけでも……)
ミナイは、外出の準備を始めた。
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「攻撃手段がない?」
「そうじゃ……殴る蹴るには『体術スキル』、武器の使用には『剣術スキル』等の対応したスキル。呪文は少しややこしいが、呪文の基となる魔力の操作や新呪文の開発に『呪文スキル』、既存の呪文の習得にもそれぞれの『系統別呪文スキル』が必要じゃ」
「系統別……」
「例えば、火球を放つ『フレイム系』じゃが、『フレイム下級スキル』で『フレイメラー』が、『中級』で『フレイギラー』の使用が許可されるのじゃ」
そこまで細かいのか……。
「じゃから、お主には攻撃手段がないのじゃ……」
スキルで
「物を投げるとか……」
「『投擲スキル』」
間髪入れずに答えが返ってきた。どうしたものか……。
「あ、お前を助ける時にファティスが資格外活動は不問にしてくれたぞ。あれはどうだ?」
ルーリィが首を振る。
「駄目じゃ。あれは、『血族』と戦うという公益性があったからできたことじゃ。お主の無罪のためにはできん」
「そうか……」
「準備ができた。決闘場へ誘導する。着いてこい」
頭を抱える俺に衛兵が無情にも考える時間がなくなったことを告げる。駄々をこねても事態は好転しない。俺は黙って衛兵の後について行く。
「クロウ!」
ルーリィの呼びかけに振り向く。走って来たルーリィが飛びついて来た。咄嗟にルーリィを抱きとめる。
「妾はお主を信じている。先程の再審議における予想外の追求の際、妾の咄嗟の言い分をお主は察して合わせてみせた。その後の答弁も見事じゃった。じゃから……この状況も……お主なら……切り抜けると信じてる……」
言葉を言い終えたルーリィが声を殺して泣き始めた。俺はルーリィを降ろすと頭を撫でる。
「安心して見ていろ。俺は……勇者にできなかった偉業を成し遂げた男だぞ?」
俺はルーリィに微笑むと衛兵に向き直り、会話が終わったことを知らせる。待っていてくれた衛兵が黙って歩き出す。
衛兵の背中を見ながら考える。まずは……自分にできることを知らなくては……。
扉が開かれ、決闘場の中央へと進む。太陽はまもなく真上にさしかかろうとしている。下は地面で小石しか転がっておらず、スキルに縛られずに武器にできそうなものはない。
闘技場の状況を第一に確認したが、それ以上に気になることがあった。……観客だ。決闘場をグルリと囲むように観覧席が設置されているようだが、人で溢れている。王都中の人間が来ているのか?
しかし、観覧席の一部、俺から見て左手の一角だけは、座っているのがエンヴィートと付き添いのメイドだけだ。入って来たルーリィもその一角に座る。……どうやら、『お偉いさん用』の区画らしい。
闘技場内をキョロキョロと見回していると、正面の扉が開き、ガチガチに装備を固めた一人の衛兵が入って来た。こいつは……王都への帰還中に攻撃してきた衛兵の指揮官だ。
「あの時の借りを返しに来たぞ」
「また、返り討ちにしてやるよ」
衛兵が俺にだけ聞こえるように囁いたので、俺も衛兵にだけ聞こえるように返答する。
一際高い歓声が観客から上がる。大司教達が入って来たようだ。観客達の興奮ぶりを見るにまもなく始まるのだろう。
始まる前に俺にできることを確認しておかなければならない。俺は右手を挙げ、大司教に声をかける。
「質問をよろしいでしょうか?」
「……何でしょう?」
「私は『剣術スキル』を持っていません。どこからが武器……剣の使用になるのか教えていただきたい」
大司教が首を傾げる。
「どういうことですか? 貴方は、そもそも剣を持っていませんが……」
その通りだ。俺は衣服を着ているだけ。鎧も盾もない。
「相手が持っています。防御の際に振れる可能性があります」
「なるほど。では、答えましょう。武器の使用に関しては『武器の柄を持ち、他者や物を害するために振るう』。これを使用としています」
「わかりました。では……」
「まだあるのですか?」
大司教が目を丸くする。
「はい。体術についてです。相手に触れるのも駄目なのでしょうか?」
大司教が溜息を吐く。
「それでは、幼子(おさなご)が親と触れ合うこともできないでしょう。……良いですか? 『体術』とは『腕や足を振るい、手足の先端もしくは肘膝において、他者及び物を打突する』と定義しています。他には?」
「ありがとうございます。『投擲』にもスキルがあると聞きました。これも『他者や物を害するために物を投げる』でしょうか?」
「その通りです。石畳が敷かれていない地面に投げつけたり、放り投げるのであれば、スキルはいりません。……と。もう太陽が真上まできてしまいましたね。説明を」
大司教が俺の質問タイムを切り上げ、右隣の大司祭を促す。
「此度の決闘裁判について説明する。被告は衛兵殺しの嫌疑がかけられているものである。被告の運命は神に託された! 勝てば神に認められたものとし、無罪。負ければ、有罪とする!原告は自ら名乗り出た第一衛兵長のプロト=シルフが務める!観覧席には
殺しは良くて、『資格外活動』が駄目な理由を聞きたい。しかし、俺の疑問は取り残されたまま事態は進んでいく。
大司祭の説明が終わると大司教が息を深く吸い込む。
「……これより、決闘裁判を開始する!」
大司教が宣言すると同時に開始を知らせる鐘が鳴り響いた。
開始と同時にプロトが両手を俺に向かって突き出す。
「
複数の光球が俺に向かって飛んでくる。それを難なく躱し、プロトの眼前に詰め寄る。しかし、決め手がない。そんな俺の様子を見て、プロトがいやらしい笑みを浮かべる。
「
俺の体を熱波が襲う。咄嗟に魔力で体を覆って防御しようとするが、頭を切り替えてプロトから距離を取る。プロトの周りを微かに赤い光の膜が渦巻いている。攻防一体の呪文か。
慌てて距離を取った俺を馬鹿にするようにプロトがゲラゲラと笑いだす。
「どうした? そんなものか? お前の人生がかかった戦いだぞ? 攻撃しないのか?」
この野郎……。絶対に負けを認めさせてやる。
プロトが構えもせず、無防備にゆっくりと近づいてくる。
「俺に触れても良いんだぞ? 触れて何ができる? 頭でも撫でてくれるのか? 馬鹿が! この呪文全盛の時代に戦闘中の相手に触れられるものか! スキル0のお前は最初から負けているんだよ!」
プロトが
「うるせえ! どんな状況だろうと俺は諦めない! 信じてくれる人がいるんだ! 俺は信頼には絶対応える! 今までも……これからも!」
「いいや! お前にこれからはない!」
プロトが地面に手をつく。
「
地面を凍らせながら、呪文が俺に迫る。
「
今度は俺とプロトを結ぶ直線を挟むように二枚の氷の壁が走ってくる。物に対する攻撃もできない。氷の壁を壊すわけにはいかない。横への移動を封じられた俺は上空に跳ぶ。
「馬鹿が!」
空中の俺を無数の
「呪文は効果が薄いか……」
勝手に勘違いしたプロトが剣を抜く。剣での直接攻撃が当たれば、魔力で防御していない以上、流石に俺でも死ぬ。
今の爆裂呪文と同じように攻められたならば、回避は難しいだろう。刃先に触れて軌道を変えれば良いが、追撃まで対処できるかは運かもしれない……。
ん? いや、待てよ……。できるかもしれない。この戦いを終わらせることが……。
自分の閃きの手順を確認する。大丈夫だ。『資格外活動』には該当しないはずだ。
俺は、勝機を見つけたことを悟られないように平静を保ちながらプロトを見る。だが、興奮から少しばかり呼吸が乱れる。
しかし、プロトはそれが敗北への焦りから生じたと勘違いしたようで、ニヤリと顔を歪ませる。
それと同時に再度氷の壁で俺の両脇を塞ぐ。そして、地を這う
先程とは手順が逆だが、狙いは同じだろう。
俺も狙った結末のために跳ぶ。
プロトが
構えは突き。
止めにくい。
突き出される刃先を両手で挟み込む。
刃が滑る。
力を込める。
刃が止まった。
プロトが愕然とした表情を一瞬だけ見せる。だが、その表情は本当に一瞬だった。ニヤリと笑い、
体を熱波が襲うが、俺は刃先を離さない。
刃先を挟んでいる部分を起点に体を捻り、打突と判断されないように細心の注意を払って、両足ふくらはぎでプロトの顔を挟む。
呪文を唱えようとするが顔を挟んでいる足に力を込め、締め上げることで阻止する。
次いで、剣を奪うために力付くで腕を引く。顔を締め上げられ、力が入らないのか、抵抗は弱く、プロトの両手から剣を奪う。
剣を奪う動作の影響で俺とプロトの間を支点として回転が始まる。
十分に回転にスピードがついた頃、プロトの頭が地面に向かっているところで足を開く。
俺の足という枷のなくなったプロトは地面に一直線に飛んでいく。
次いで、俺は両手で挟んでいた剣を空に向けて放つ。
地面に激突するプロト。
体を大の字にし、空気の抵抗を受けて落下の速度を落とす俺。
空に放った剣が刃を下に向けて落下を始め、俺を追い抜く。
俺は体を畳み、剣を追って高速で落下する。
プロトの首もと、地面に突き刺さる剣。
プロトの体に触れないように着地する俺。右足を地面に突き刺さった剣の柄に置く。
地面に叩きつけられたプロトが起き上がろうとする。
俺は右足に力を入れ、剣を傾ける。
プロトの首筋に当たる剣。
動きを止めるプロト。
「良い子だ。俺が足に力を込めれば……どうなるかわかるよな?」
プロトの呼吸が荒くなる。
「お前がどれだけ呪文を使おうと、俺が音を上げるよりも先にお前の首が胴とお別れすることになるぞ?」
プロトが悔しさから唸り声を上げる。俺は右足に力を込め、刃を少し首にめり込ませる。血が流れる。
「
勝利の気配に気が緩んだのかプロトの掌が自分に向いていることに気がつかなかった。
しかし、俺は微動だにしない。
俺の意思で剣の位置を動かしているとわからせるように、爆発が収まった頃に足へ力を込めてプロトの首に切れ目を入れる。
「……わかった……俺の敗けだ……」
プロトの宣言と同時に鐘が鳴り響き、決闘裁判は終結した。
──────
メイは、目の前で起きたことが信じられなかった。
それは、このコロシアムにいる人間全員の総意だった。スキルを何一つ持たない者が決闘裁判で勝利するなど、常識的に考えて有り得ないことだったからだ。
主人のエンヴィートが忌々しそうに立ち上がると、少し離れた所で喜びを爆発させているルーリィを睨みつけながら出て行った。メイもその後を追って行く。
(ルーリィ様は、あの男……クロウを召抱えるだろう。王族内の力関係にも影響が出る。誰が見てもエンヴィートが最下位だ。私も……身の振り方を考える時期かもしれないな……)
メイはエンヴィートの背中に冷ややかな視線を浴びせる。
(この男が、少しでも有能だったら違ったものを……)
メイは思わず溜息を吐いた。
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辺りに鐘の音が鳴り響くと大司祭が立ち上がり、決闘裁判の終結及び俺の勝利が宣言される。俺は一息つくと剣の柄に置いていた足をそれまでとは逆に動かし、プロトの首から刃を離して足をどかした。
途端、観客席から一斉に野次が飛んできた。
「ふざけんな!!」
「殺せ!!!」
「誰も死んでねえだろうが!!!!」
俺は観客席を見回しながら立ち尽くした。こいつらは何を言っているんだ? 鳴り止まない『殺せコール』に気持ちの悪さを感じた俺は決闘場を後にするために、入って来た扉へと向かう。
扉まで来たところで後ろから言い争う声と殺気が飛んできたので振り返った。プロトの横に今にも剣を抜いて飛びかかって来そうな衛兵が立っている。プロトを抱き起こしているもう一人の衛兵とプロトがその衛兵を止めているようだ。
「やめないか! その男は無罪となったんだぞ!」
「ですが……納得できません! 強ければ……誰にも負けなければ、罪を償わなくても良いんですか!? 兄を殺した人間が……のうのうと……」
「それ以上は言うな!! 神を……冒涜する気か……」
決闘場に鳴り響く『殺せコール』の中で俺だけがその会話を聞いていた。この結果に納得いかないか……。
飛びかかって来そうだった衛兵も落着きを取り戻したのか、プロトを支え、俺とは反対方向の扉に向かって歩いて行く。俺はプロト達の背中から視線を切ると扉を通った。そこには、案内役だった衛兵が待っていた。
「おめでとう。君は晴れて無罪となった。これからは自由だ。……と、言いたいがそうとも言えん。君にスキルがない以上は縛りがある。『冒険初級』がない君は王都から出ることができない」
「え? ……確か……『資格外活動』で捕まった時に『冒険上級』がないから王都に入れないみたいなことを言われたが、王都に居て良いのか?」
「今回、君は第一王女殿下の勅命中に王都に入ったと聞いている。勅令中であれば、それは不問だ」
納得いくような、いかないような……。とりあえず、王都から出られないが自由の身になったことだけはわかった。
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