再審議の日

──────



 ルーリィは、外出の準備を一人で済ますと部屋を出る。部屋の外で甲冑に身を包んだファティスが立っていた。


「遂に今日だな。大丈夫そうなのか?」


 ルーリィに心配そうに声をかける。


「大丈夫です姉上。正義はわらわ達にありますから」


「そうだな。吉報を楽しみにしているよ」


 ファティスは微笑むと立ち去っていった。


(さて……クロウを迎えに行くかのう)


「おやあ? そこでマヌケづらで立ってるのは、我が妹じゃないか」


 その声にルーリィはムッとした顔になりそうになるが、声をかけてきたエンヴィートに平静を装って挨拶を返す。


「これはこれは兄上。おはようございます」


「なんていったか? お前が執心してる男の再審議が今日だったか? 俺も暇だから見に行ってやるよ。上手くいくと良いなあ?」


「クロウは清廉潔白です。目撃者も出てきてくれたといいますし、安心していますよ」


 ルーリィの言葉にエンヴィートは満面の笑みを浮かべ、ルーリィの顔を覗き込む。


「そうだと良いなあ? だが、目撃者の話がお前らに有利とは限らないもんなあ?」


「そうですね」


 ルーリィの棒読みな返答にも気づかず、エンヴィートは笑いながら歩き去った。

 そんな兄の後ろ姿を見ながら、ルーリィは溜息を吐く。


(語るに落ちるとかいう以前の話じゃな。目撃者を捏造したのは無能で確定。……しかし、あんな奴につかえ、手伝いまでしなければならないとは、メイも大変じゃのう)


 ルーリィは自分達を待っているのが無能による策であることを確信し、再審議の成功に自信を深めた。



──────


 待ち合わせの広場でルーリィを待っていると、城の方から悠然と歩いてくるルーリィの姿が見えた。


「おはようさん」


「うむ。おはよう。……今日は、隈がないのう。グッスリ眠れたのか?」


「ああ。相部屋になった女性が気を利かせてくれた」


「ふむ。そうか。それは良かったのう」


 ルーリィは首を傾げながらも、俺の万全な体調を喜んでいるようだ。


「では、再審議に向かうかのう」


 ルーリィが先導するように歩き出す。


「あ」


 俺は、朝のミナイとの会話を思い出し、思わず声を出す。


「どうかしたか?」


 ルーリィが振り返る。


「いや、再審議って言うけどさ……俺は何をするんだ? それに、再ってついてるが、一回目の審議が記憶にないんだが……」


「ん? ああ、そのことか。再審議は……決闘裁判と違って特にやることはないのう。新たに出てきた証拠や証言に基づいて有罪か無罪を再度審議する場じゃからのう。一回目の記憶がないのは当然じゃ。お主の場合は、『疑う余地なし』ということで、審議は形だけの不在審議じゃったようじゃからのう」


 再審議については良いのだが、一回目の審議については……


「……そんな適当な話で良いのか?」


「仕方あるまい。そういう決め事じゃ」


 決まりとはいえ、人の人生を左右する決定をそういう風に決めて良いのだろうか?


「疑問が残るか? 妾も納得はしておらん。ま、それをどうにかするのも、すべてはこの再審議が終わった後じゃな」


 などと話しているとルーリィが足を止めた。目の前に衛兵舎など比べようもないくらいに大きい建物があった。


「着いたぞ? お主の今後が決まる運命の場所……審議所じゃ」


 ここが決戦の地か……。俺は唾を飲み込んだ。

 審議所に入ろうとすると衛兵に止められた。


「被告であるお前の出入口はここではない。裏に回れ」


 素直に裏に行こうとするとまた止められる。


「裏から入るのは、その男だけです。ルーリィ様はこちらからお入りください」


「妾は身元引き受け人なんじゃが?」


「『被告人のみ裏から入る』という決まりですので……」


 ルーリィが何か言おうとするが、それを手で制する。


「別にガキじゃないんだ、一人でも大丈夫だよ」


「タワケ! 一緒に被告の席に行かんと弁護できんじゃろうが!」


 ルーリィが今度は俺に食ってかかってきた。


「あの、中で合流できますから……」


 見かねた衛兵がなだめるように言ってきた。


「それを早く言わんか!」


 そう声を荒げるとルーリィは足早に中に入っていった。


「いや、騒がせたね」


 俺はそう言って頭を下げると審判所の裏へと向かった。

 審判所の裏に来ると衛兵が五人もおり、所持品や服の中、口の中とあらゆる場所を確認された。それらが終わると手枷をはめられ、用意されていた黒い粗末な衣服を着せられる。

 審議では、結果を不服として暴れる者が多かったことから、被告の自由を制限するとのことだった。


「これじゃあ、誰が見ても俺が犯人だと思わないか?」


「安心しろ。審判は司教様と二名の大司祭様が行う。審判中の見た目で結果を変えるような方々ではない」


「そう願うよ……」


 溜息を吐きながら、先導する衛兵について行く。衣服に違和感があるので、歩きながら肩口の生地をマジマジと見ていたら、違和感の正体に気づいて驚いた。

 衣服は黒かったのではない。ビッシリと細かい刺繍が施されていたから黒く見えていたのだ。違和感の正体とは、肌に触れる刺繍の凹凸だったのだ。


「何だこれ……」


「刺繍に気づいたのか? それは着用者の呪文を封じるためのものだ。原理はわからんが、魔力の流れを阻害する刺繍だそうだ」


 暴れるのを防ぐためとはいえ、手が込んでいる。この生地を作った人は、大変だったろうな……。ああ、こんなにチクチクしていたら、不快感で呪文使うための魔力操作に集中できないかもな……。などと考えているうちに再審議を行う部屋についた。

 部屋に入ると、目の前に長い椅子が置かれており、その正面にも少し離れて同じ椅子が置かれている。右手には一段高くなった所に地図が貼られた大きな演台のような物が置かれていた。二つの椅子はその演台の前の空間を挟むように配置されている。左手を見れば、柵が設置されており、この部屋が二つに分けられていることがわかった。柵の向こうには、演台の方を向くように規則正しく一人がけの椅子が並べられている。


「キョロキョロしおって、緊張してきたのか?」


 俺が入ってきたのと同じドアから入ってきたルーリィが声をかけてきた。


「……田舎者だから、こういう所が珍しかったんだよ」


 俺が軽口を叩くと、ルーリィがクックックッと喉を鳴らして笑った。


「緊張はしておらんようじゃな。お主の無実を勝ち取るために妾が弁護するが、お主も気づいたことがあったら言うのじゃぞ。些細な見落とし、思い込みが命取りになりかねんからのう」


「ああ、自分の人生だ。他人にすべてを委ねようとは思わないさ」


 俺達は顔を見合わせると互いにニヤッと笑った。

 手前の長椅子に二人で並んで座っていると、柵の向こうにも人が入ってきはじめた。結構な人数だ。


「見ず知らずの俺の再審議を見に来る奴がいるのか……」


「こういったものは、数少ない娯楽じゃからのう」


「俺の人生かかってるんだけどな」


 俺の言葉にルーリィが鼻を鳴らす。


「仕様があるまい。赤の他人にとっては、お主の人生がかかった再審議も戯曲のワンシーンとかわらん。戯曲と違うのは、無料で見られる点だけじゃな」


 俺は天を仰ぐ。


「どんな結末を望んで来てんだか……」


「フフッ。少なくとも、一人は幸福な結末を望んでおるはずじゃよ」


 ルーリィを見ると、柵の向こうを小さく指差している。その指の先に視線を向けるとフローラが微笑んでいた。フローラは、俺達の視線に気づくと小さく手を振ってきた。俺は返事の代わりに微笑んだ。


「ここかあ? 俺は暇じゃねんだ。さっさと始めろ!」


 フローラのお陰で温かい気持ちで再審議に臨めるかと思ったが、大声を上げながら入って来た見るからに粗暴そうな男が再び俺の心をすさませる。

 粗暴な男は、柵の向こう側で中央に位置した椅子に腰掛ける。その後ろにメイド姿の女が座る。


「早く始めろ! 俺の命令が聞こえねえ……」


 粗暴な男の声は、演台脇に立っていた衛兵が槍の柄で床を叩いた音で掻き消された。


「静まれ!! ここは、大司教様管轄である! たとえ王族であろうとも、こちらの指示に従わぬ場合は実力で排除する!」


 衛兵の言葉に、粗暴な男は青ざめて口をつぐんだ。……意外と弱気だ。ん? あいつも王族なのか?……ってことは……。


「気づいたか? あれが噂の無能じゃ」


 顔を正面に向けたまま、目をつむっているルーリィが呟いた。あいつがそうなのか……。


「あの、自分を有能と勘違いしている無能のことじゃ、自分の策で妾が悔しがる姿を見ようと来たのじゃろうな。……返り討ちになるとも知らずにのう」


 ルーリィがそう言いながら目を開くと、演台の後ろから三人の男が入って来た。


「これより! 『正門における衛兵殺し』の再審議を開始する! 総員起立!」


 号令に合わせて室内の全員が立ち上がる。続く『礼の号令』で全員が大司教に頭を下げ、椅子に腰掛ける。

 俺の今後の人生を決める再審議が始まった。

 演台の前に立っていた三人の内、中央の男が椅子に腰掛ける。その後、その両サイドの男達も中央の男に続いた。中央の男が大司教なのだろう。この男の言動に合わせて再審議が進んでいくようだ。

 演台の三人が椅子に座るのを確認すると他の者達が全員座り始める。再審議の流れがまったくわからない俺は、見様見真似で動きを合わせる。


「被告人は前へ」


 エンヴィートを黙らせた衛兵が指示を出してくる。俺の隣に座っているルーリィが演台の正面の床を軽く指差す。

 よく見ると、ルーリィが指差した床には小さく×印が書かれていた。俺は×印の上まで移動すると、大司教に視線を向ける。


「被告人……クロウ=プラグブロックは、数名の共犯者と共謀し、衛兵舎地下牢獄から逃走。また、その道々において衛兵七名を殺害したものである。……被告人は、この事実を認めるか?」


 俺が視線を向けると同時に大司教が俺の犯したとされる罪の内容を読み上げる。


「認めない! 俺は殺していない」


 大司教の問いに、俺は毅然と答えた。


「よろしい。では、己の罪を否定する証拠を提示しなさい」


「よろしいでしょうか? 大司教様」


 ルーリィが挙手する。


「被告人の身元引き受け人ですか。何でしょう?」


 ルーリィが立ち上がる。


「証拠はありません。ですが、犯行を目撃していたという証人が出廷していると聞いています。証言による罪の否定でもよろしいでしょうか?」


「それは問題ありません。しかし、彼らの証言内容は、こちらでも確認していません。被告人に不利となる証言の可能性もありますが、良いのですか?」


「構いません」


「よろしい。では、証人を入れなさい」


 大司教がそう言うと俺達が入って来た扉の横に立っていた衛兵が静かに扉を開ける。それと同時にが室内に入って来た。入って来た男達は、俺の前を横切るとルーリィが座っている長椅子の向かいに置かれた長椅子に並んで座った。

 ……証人は全部で五人だったはず……。俺達が用意した証人は二番目に並んでいる。つまり、エンヴィートが用意したと思われる証人が一人いないのだ。


「証人の皆さん、先ほども説明があったと思いますが、この再審議は神の名の下に執り行われています。この場では真実のみ話すことが許されています。この場での嘘や偽りは神の冒涜となり、罰せられることになると心得るように……。では、証言を始めてください」


 大司教が証言についての注意事項を語り、それが終わるとかたわらの衛兵が一人目の証人の名を呼ぶ。呼ばれた証人はその場で立ち上がる。


「嘘ぉ言わずに、言います。……あの日ぃ、俺は……ええと、門。そう、門の近くに行ったら、衛兵が殺されてたんですよぅ」


 何だ……この、胡散臭い演技は……。思った以上の駄目さにルーリィも呆然としているようだ。


「貴方が見た衛兵を殺した者は、この場にいますか?」


 大司教の左隣の大司祭が顔色を変えずに質問する。


「ええ……と、ああ、こいつ……この人……です」


 男が俺を指差す。


「他に何か見ましたか?」


「はい。……あ、いやぁ、いいや。見てないです」


 そう言うと男は長椅子に戻った。


 次に俺達が用意した証人が証言を行った。一人目と同じように嘘をつかないと宣誓すると、俺達が吹き込んだ通りに話をする。


「衛兵を殺した者は見ましたか?」


 大司教から一人目と同じ質問がされる。


「……いいえ。私が現場に行った時には、既に衛兵が殺されていました。……しかし、衛兵舎から逃げて行った者の中に彼はいませんでした」


 男が俺を指差しながらそう語った。『ヒューリンプ水』の効果で俺達が吹き込んだ内容には入っていない文言だが、俺を犯人から外すために辻褄を合わせた結果なのだろう。催眠効果の思わぬ作用に、内心ガッツポーズをしながら無表情で話を聞き続ける。

 その後、行われた三人目以降の証言も酷いものだった。話している内容は一人目とほぼ同じ。違っているのは話し方だけだ。まともな頭があれば、俺たちの用意した証言者以外は嘘を言っているとわかるレベルだ。俺は『勝利』を確信し、ほくそ笑む。

 しかし、大司教から出た言葉は俺の予想を超えたものだった。


「被告人が殺人の罪を犯したものと認める。保釈を打ちきり、再度投獄する」


「「なにぃ!?」」


 俺とルーリィは同時に驚きの声を上げる。


「ちょっと待ってください大司教様! 被告を犯人とする証言は拙く、信憑性に乏しいと言わざるを得ません!」


「言葉を慎みなさい! 証人は、嘘偽りのない証言を神に誓っています! 貴方は、彼らの信仰心を疑うと言うのですか!」


「く……」


 ルーリィが俯く。後ろからクククッと笑いを堪えているような声が聞こえる。後ろを見るとエンヴィートが肩を震わせていた。


「そうです大司教! 妾は、その者達の信仰心に疑問を持っております!」


 室内が騒然とする。ルーリィを見ると、俯いていた顔を上げ、大司教をしっかりと見つめていた。


「静粛に! ……第四王女……今の言葉は、もう取り消せませんよ。どうするのです。この者達の証言が嘘であると、どう証明するつもりですか!? 証明できなければ、『他人の信仰に対する侮辱』の罪が適用され、貴方はすべての権利を剥奪されることとなりますよ!」


「覚悟の上です」


 ルーリィが大司教の前に歩いて行く。


「この台に取り付けられている地図をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「……良いでしょう」


 ルーリィは演台から地図を取ると、大司教達にも見やすいように俺の前の床に広げた。地図を広げ終わったルーリィは証人達の前に移動する。


「お主達に確認したいことがある。……神に真実を話すと誓ったのだ……少しばかり確認されても痛くも痒くもあるまい?」


 ルーリィはそう言うと一人目の証人に地図の前まで来るように命じた。

 ルーリィは長椅子に座っている証人達に背を向けるようにして立つと、一人目の証人を自分の隣に立たせた。


「これは王都の地図じゃ。……ここに城へと続く城門があり、こちらは西門、これが正門じゃ。お主は、衛兵殺しをどこで見ていたのじゃ?」


 ルーリィは地図上を指し示し、王都にある門の位置を指し示しながら質問をした。


「え? あ、ああ……と……」


 男の喉からゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。男は俺の後ろを、再審議を見学している人達を見る。しかし、すぐに地図に視線を戻す。男が震える指で西門の前にある建物の陰を指差す。


「なるほど……」


 男の様子を前のめりで観察していた大司教が顎鬚を撫でながら背もたれに寄りかかる。

 ルーリィは一人目の証人を長椅子に戻すと、三人目の証人を自分の隣に呼んだ。


「先程の者へと同じ質問じゃ。衛兵殺しをどこで見ていたんじゃ?」


 男はすぐに正門前を指し示した。


「なるほど。こんなに見通しの良い所で見ていたんじゃな。犯人は、目撃者すべて殺害するような勢いだったんじゃが……お主は運が良いのう?」


「そ、それは……」


 男が青ざめて口籠る。ルーリィはそんな三人目を無視して四人目の証人に顔を向ける。四人目は冷や汗を流し、俯いて震えていた。


「どうしたのじゃ? お主にも、こちらで話を聞きたいのじゃが……」

 そのルーリィの言葉で、四人目は一層震えるばかりで立ち上がろうともしない。


「では、お主には質問を変えよう。この男は、どうやって衛兵を殺したかのう?」


 四人目が顔を上げる。


「ハア……ハア……。そ、それはぁ……」


 四人目の男は俺達が用意した証人に目を向ける。


「あ、喉を潰して殺したんだ」


「なるほど。どうやって潰したんじゃ?」


「へ? あ……踏み……つけて……」


 その回答にルーリィがニヤリと笑う。


「ほう。踏みつけるには転倒させなければならんが、どうやったのかのう?」


「もうよい!」


 向かって右側の大司祭が突然声をあげた。

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