それぞれの告白

──────



 衛兵舎でのやり取りの後、クロウと別れたルーリィは城内へと戻った。


「お早いお戻りで」


 一人のメイドがルーリィに声をかける。


「ああ、戻ったよメイ。……大丈夫か? わらわに挨拶をしたことが、兄上に知られたらマズイのではないか?」


 ルーリィに声をかけたのは、エンヴィートにルーリィ達の妨害を命ぜられた私兵『メイ=クロフォード』だった。周囲に人がいないことを確認するとメイはルーリィに頭を下げる。


「この度は、貴女様を妨害する手伝いをしなければならなくなりました」


「あの兄上の命であろう? 気にすることはない。兄上の妨害など跳ね除けてくれるわ」


 ルーリィの言葉にメイが微笑む。


「そう言っていただけると気が楽になります」


「なに、気にするな。どんな手でくるか逆に楽しみにしておるよ」


 そう言って去っていくルーリィにメイは微笑んだままで再度頭を下げた。



──────


 ルーリィと別れて、酒場に戻る。今日も眠れないのかと思うと気が滅入ってくる。

 部屋に入ると、この部屋の主である女が……店主にミナイと呼ばれている女がすでに半裸になってくつろいでいた。俺は抗議の意味も込めて溜息を吐くと連日そうしているように部屋のすみへと移動する。


「……そんなに……私には魅力がありませんか?」


 ミナイの方を見るが、こちらに顔を向けていない。独り言かと思い、俺は寝る準備をする。


「私には魅力がありませんか!?」


 今度は俺の方を向き、半ば絶叫するように問いかけてきた。俺は、突然の質問に答えることもできずに狼狽うろたえる。


「ど、どうしたんだ? 突然……」


「いいですか!? 女性が! 半裸で! いつでも良いですよ! と横にいるのに、何で手を出さないんですか!? 私に……娼婦として生計を立て、殿方を魅了するために日々努力している私に! 魅力がないっていうんですかぁ」


 最後の方は泣き声になっていた。


「今日はどうしたんだ?」


「どうした? はこっちのセリフです! 何で!? どうして!?」


 俺に詰め寄るためにミナイが勢いよく立ち上がる。ミナイの足元でコトンと音が鳴り、一本の瓶が転がってくる。


「……酔っ払ってるのか?」


「酔ってたらなんだって言うんですか!? 私は! この仕事で生活してるんです! 老後に向けた貯蓄もしなきゃいけないんです!」


早口で捲し立ててきたかと思うと今度は項垂れ始めた。


「私だってね……飲食店で……やりたいことでお金を稼げればそうしてますよ……。でもね、できなくて……一人で生きていくためにこの商売を始めたのに……その生き方まで否定されたら、どうしたら良いんですか!?」


 大声を上げ、コロコロと表情を変えるミナイ。このままにしていては何をするかわからない。俺はミナイの動きを封じるために、ミナイから目を背けながら、その体を抱きしめる。妙に胸が高鳴ってしまった。頼む。静まってくれ。


「な……な……何のつも……」


「すまないミナイ。君に魅力がないわけではないんだ。……君に何もしないのは、俺の事情なんだ」


 ミナイの耳元で囁やくように語りかける。


「じ……事情……ですか……」


「ああ」


 俺はミナイの顔だけが視界に入るように絶妙な距離にミナイを引き離す。


「俺は……とんでもない田舎で暮らしていたんだ。そのために……母親と……かろうじて祖母しか女性を見たことがなかった。だから、どう君に接して良いかわからなかったんだ」


「本当に……」


「本当だ。しかも……その……なんだ……。そういう行為は、結婚した相手とだけするものだと教えられてきた。だから、君になにもしなかったんだ」


 ミナイは俺の胸を押し、俺との距離を広げると後ろを振り返り、俺に背を向ける。


「その話を信じろと?」


「信じて……もらうしかない……」


 ミナイは俺に背中を向けたまま、黙ってしまった。どうすれば良いんだ!?


「フフッ、信じてあげます。貴方、私を抱きしめた時に凄く胸がドキドキしてました。初体験だという人でもあそこまでドキドキしてた人いませんもの」


「ぐ……」


 とてつもなく恥ずかしくなってきた。


「私に魅力がないのかなって、この仕事辞めることまで考えちゃいましたよ。良かったです。最後にちゃんと理由を聞けて……。そういえば、今日で最後ですけど……故郷に帰るんですか?」


「どうなるかはわからない。明日が衛兵殺しについての再審議の日だ。無罪になれば外に出られるが、そうでなければ一生牢獄さ」


「無罪になると良いですね」


「……良いのか?本当は、本当に殺した極悪人かもしれないぞ?」


 ミナイが布団のシーツを体に巻きながら振り返る。


「口ではどうとだって言えます。でも、体は正直です」


 そう言って、ミナイが腕を伸ばして俺の胸に指を這わせる。


「……こんな初心うぶな人が、そんな残酷なことできるとは思えませんもの」


 ミナイが微笑む。俺は思わず顔を背ける。


「いつか騙されるぞ……」


「大丈夫ですよ。それよりも、明日がそんなに大事な日なら、早く寝てください」


 俺が必死に出した負け惜しみをミナイは受け流すと、ベッドに腰掛け、ポンポンとベッドを叩く。


「……人の話聞いてた?」


「何もしませんから、安心してください。目の下の隈、残ったままでは、審議の人達の印象が悪くなるかもしれませんよ」


 ミナイの優しい微笑みの奥に店主のいやらしい笑みが重なる。これは罠じゃないか?


「信じて……くれないんですか?」


 俯くミナイの目元が光った気がした。その光とベッドの誘惑に、俺の頭は罠の可能性を見て見ぬ振りすることにした。……何かあったら、すまないルーリィ。

 俺はベッドに横になるとミナイに背中を向ける。ミナイがその背中を優しくさすってくる。その心地よさとベッドの暖かさが、俺の意識を安らぎの中へと導いていった。

 眼が覚める。自分の今後が決まる日だというのに、熟睡できた。 ルーリィにフローラ、ミナイの顔が思い浮かぶ。自分を信じてくれる人がいるというのが、ここまで心強いとは思わなかった。


「目が覚めました?」


 しっかり服を着ているミナイが椅子に座って微笑んでいる。


「ああ。おかげで熟睡できたよ」


「フフッ。それは良かったです。スープを用意しましたから、飲んで行ってください」


「ありがとう」


 俺はテーブルを挟んでミナイの向かいに座るとスープに口をつける。


「美味い」


「それは良かったです。頑張ってくださいね。……再審議で何をするのかはわかりませんけど……」


「そういえば……俺もよく知らないな……目撃証言とか新たな証拠で無罪か有罪か決めるものだと思ってたが……」


「まあ、ご自身の人生がかかっているのに……」


 俺とミナイは目を見合わせると笑ってしまった。何か……今日は、すべてが上手くいきそうな気がするな。

 ミナイに謝意を伝え、部屋を出るようとするが、もう一度ミナイに向き直る。


「あと、朝食もありがとう。本当に美味かったよ。夢を……飲食店を諦めたみたいなことを言っていたけど、ミナイならできると信じてる。もし、もう一度夢を目指すのなら応援するよ」


ミナイは俺の言葉に驚いたように目を見開くと俯き、


「ありがとう」


と呟いたかと思うと俺に抱きついてきて、唇で口を塞がれた。


「!?」


 ……

 ミナイがゆっくりと離れていく。何が起きたか理解ができない。胸の激しく高鳴っている。


「私も応援しています」


 そう言うとミナイは俺を優しく部屋の外へと押し出した。

 激しく高鳴る鼓動を抑えようと胸に手を当てながら一階に降りていく。顔が熱い。

 階段を降りきると店主がニヤニヤとこちらを見ていた。


「よお、兄ちゃん。昨日、一昨日に比べて顔色が良いな。遂に女殺しになったか?」


「なってねえよ」


 俺は動揺を隠しながら、出入り口に向かって歩いて行く。


「本当かねえ。……おい! ミナイ嬢!」


 店主が二階に向かって怒鳴る。


「何ですか? 旦那さん」


 ミナイが何事もなかったかのように二階から降りてくる。


「この兄ちゃんに何かされなかったか!?」


 ミナイがチラリと俺を見る。


「何もされませんでしたよ。こんなに理性の強い殿方は初めてで、こっちがお手上げですよ」


 ミナイの返答に店主が愕然として、俺の顔を見る。


「マジか。兄ちゃん凄いな……」


 店主のその顔に吹き出しそうになる。その後ろでミナイが微笑みながら小さく手を振っている。二人の顔を見ていたら妙に落ち着いてきた。俺は二人に背を向けると親指を立てた右手を掲げる。


「世話になった!」


 俺は明るく晴れた空の下に踏み出した。

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