真紅に燃えるは我が瞳
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「しかし、お前のこの呪文は凄いな!空を飛ぶ呪文なんか聞いたこともないぞ!」
「そうらしいな。俺はスキルブックも知らない田舎者だから宝の持ち腐れだがな」
俺の言葉にルーリィが驚きで目を見開く。
「お前……それは……スキルが一つもないということか?」
「ん? ああ、そう……」
ルーリィの質問に答えようとしたその時だった。突然、真下から強大な魔力を有する何かが飛んできたのだ。俺は咄嗟にルーリィを庇う。『何か』が俺に接触し、俺は弾き飛ばされる。
「なんじゃ!?」
突然の衝撃にルーリィは目を白黒させている。良かった。怪我はなさそうだ。
上を見ると上空に飛んで行った羽の生えた人型のような『何か』が旋回し、再び俺に向かって突撃してきた。今度の突撃は
『何か』も突撃だけでは俺を捉えられないと判断したのか両腕を振るい、魔力が感じられない衝撃波を飛ばしてくる。それを躱し、反撃のチャンスを伺う。
そう判断した俺は『何か』の突撃に攻撃を合わせようと身構える。しかし、突然の背後からの衝撃に体勢が崩れる。まさか……さっきの躱した衝撃波が戻ってきたのか? 一瞬、意識が背後に向かってしまう。
「!? 前! 前!」
ルーリィの絶叫に意識を前に戻す。『何か』の拳が眼前に迫っていた。咄嗟にルーリィを強く抱きしめ、後ろを向き、背中で『何か』の一撃をくらう。
強大な衝撃を受けた俺の体は、放たれた矢のように岩山に向かって一直線に飛んでいく。
吹き飛ばされたが、
しかし、距離が足りない。岩山にぶつかれば、速度を落としきれていないので、ルーリィはタダでは済まないだろう。
俺は岩山に向かって手を伸ばす。
「
立て続けに岩山の同じ箇所に光球を放つ。岩山の同じ箇所で何度も爆発が起こり、岩山に
岩山の方はこれで良い。俺は次に『何か』に向けて呪文を
速度は充分に落ちただろう。俺は両足を地面につけ、停止するために更に速度を殺す。俺の体は穴の端に着く頃にやっと停止した。
「大丈夫か?」
抱きしめていたルーリィに尋ねる。
「ブハアッ!
俺の胸から顔を上げたルーリィは顔を真っ赤にして抗議してくる。……どうやら、強く抱きしめすぎて窒息させかけたらしい。
「すまん」
ルーリィに形ばかりの謝罪をして下ろす。『何か』もココに来るだろう。ルーリィを抱えたままでは勝てない可能性がある。動きや魔力の大きさから、おそらくだが『何か』は魔物の可能性がある。魔界への穴は全て
「うわあああああああ!!」
穴の前の方で男の悲鳴が聞こえた。こんな荒れた岩山に人がいたのか?俺は悲鳴に向かって走る。
「!?」
悲鳴の方に向かっていると奇妙なことに気がついた。俺が開けた穴に横穴があったのだ。横穴は他にもいくつかあった。横穴の先には開けた場所が……どうみても部屋として作られた空間がある。この岩山の中に何か施設が作られていたのは明らかだった。施設の全容も気になるが、俺は悲鳴の元に急いだ。
「や、やめてくれええええ!」
「同志!? 同志なんですよね!?」
悲鳴の出所まで来た俺は目を疑った。背中から羽を生やした褐色の肌をし、首を不自然に斜め上に上げている『人型』が黒い衣服に革の鎧を着た男達、『勇者の血族』を首にあたる部分で喰っていたのだ。ここが『血族』の砦だったことは嬉しい誤算だが、このままでは情報源がこの『人型』に蹂躙されてしまう。
俺の出現を察したのか人型が振り返る。斜め上を向いている顔とは別に首にもう一つの顔がある。口から鋭い牙が覗き、目は人とは逆に眼球全体が黒く瞳は白い。この顔があるために本来の顔が斜め上を向いていたのだろう。改めて斜め上を向いている顔を見れば、牢獄や王都内で俺と戦った大男のそれだった。
「たす……て……。……やめ……」
大男の顔が呻き声を漏らす。その目からは涙が微かに落ちている。大男は魔物と化し、仲間に危害を加えている現実に抗おうとしているが、どうにもならないようだ。
「な、なんじゃ!こいつは……」
穴の中で大人しくしていれば良いのにルーリィが俺を追ってきたようだ。魔物がルーリィを見やり、涎を垂らして笑みを浮かべる。
俺がルーリィの前に飛び出すのと魔物がルーリィに飛びかかるのは同時だった。魔物が伸ばした右腕を叩き落とし、首の顔面に左横蹴りを食らわす。魔物は吹っ飛び、地面を滑っていく。
「!? ま、まさか……ダイ同志!? ダイ同志なのですか!?」
他の悲鳴を上げていた『血族』の応援に来たのだろう。他の『血族』と同じ格好をした女が魔物となった大男が吹っ飛んだ先で声をかけている。その女の言葉に大男が涙を流しながら微かに嬉しそうな顔をする。
「そいつから離れろ!! 殺されるぞ!!」
俺の叫びを聞き、女がコチラを向く。
「ダイ同志! あいつが敵なのですね? 助太刀いたします」
そう言うと魔物を庇うように前に立ち、俺に向かって構えをとる。
「馬鹿野郎! 今のそいつはお前の知っている奴とは違うんだぞ!」
俺は叫びながら、走り出す。
「黙れ! 同志が我々を裏切るものか! 同志は我々の味方……」
俺は間に合わなかった。魔物の腕が女の腹を貫通している。
「うあ……あ……あ……ああ……」
「な……で……ど……し……」
大男の顔は泣きながら絶叫にならない掠れた声を出し、頭を微かに左右に振っている。女は目を見開きながら自分の腹を貫いた魔物の方を振り向こうとする。
次の瞬間、女の腹から飛び出ていた魔物の腕が膜のように広がり、女を包む。魔物の左腕の先にできた大きな肉塊は見る見る小さくなっていく。悲しみに暮れ、涙を流す大男の顔とは対照的に首にある魔物の顔は恍惚の表情を見せる。
俺は……生まれて初めてかもしれない……ここまでの怒りを感じたのは……。両親の話や先祖代々引き継がれた書物でしか知らなかった魔物の残忍さを目の当たりにした気分だった。
こいつは全力で……跡形もなく消し去ってやる! 俺は自身の魔力を練り込み、すべてを解放する。手加減はしない!
恍惚の表情を浮かべた魔物は背中を丸める。背中から四つの丸い肉塊が飛び出す。地面に落ちた肉塊は蠢き、人の姿を取り始める。増殖を覚えたらしい。だが、関係はない。すべて殺す。
「な、何なのだ……これは……」
聞き覚えのある声が後ろからした。俺と牢獄で言い争った女だ。俺の開けた穴の途中にあった横穴から出てきたようだ。
「お前らもコイツからは助けてやる。代わりにルーリィ……王女に手を出すな。殺されたくなかったらな……」
「お、お前は……。!? そ……それ……」
俺は女を脅すと魔物に向き合う。どうやって殺そうか? 俺はズカズカと大股で無防備に魔物との距離を詰めた。
ズカズカと歩み寄る俺に向けて、魔物が両腕を振って衝撃波を飛ばしてくる。俺は歩みを止めず、左腕を横真一文字に振るう。魔物の飛ばした衝撃波が弾け飛ぶ。魔物は少し、驚いた表情を見せると衝撃波を次々と飛ばしてくる。俺は左腕を前に出す。
「
魔物の出した無数の衝撃波は消し飛び、魔物は後方に吹っ飛んでいく。魔物の後方から小さい魔物四匹が飛び出してくる。最前の魔物の腹に左手刀を突き刺すと
俺は絶命した魔物を次に飛びかかってきた魔物に向けて投げ、ぶつける。絶命した
「
俺に頭を掴まれた魔物の全身があっという間に炎に包まれ、炭化する。炭化した魔物は崩れ去るがその亡骸は燃え続けている。
俺の反撃が予想外だったのか他の魔物が俺から離れていく。大男が変異した魔物とそれから生み出された残り二体の魔物。
大男だった魔物が猛スピードで突っ込んでくる。他の魔物が呪文でそれを援護する。
「
俺は両手に光球を作ると細かく分割し、俺の前面に無数に並べる。細かく分割したことで一つ一つの威力は小さい。そのため、突っ込んでくる魔物に触れ、爆発してもダメージは与えられない。しかし、呪文に対してはそうではなかった。細かい光球に触れた呪文はその場で炸裂し俺には届かない。
俺は両手から細かい光球を供給し続けながら、突っ込んできた魔物の顎を蹴り上げる。蹴り上げると同時に光球の供給をやめ、魔物に両手で触れ、
魔物は骨が粉砕する音を上げながら吹っ飛んでいく。吹っ飛んだ魔物が飛んでくる呪文の盾となったため、他の魔物が呪文を撃つのをやめる。吹っ飛んでいく魔物が他の魔物の所まで来た頃に俺は一足飛びで追いつき、大男だった魔物の首を右手拳で殴りつけて地面に叩きつけた。
大男だった魔物を殴りつけると同時に俺はすぐ横の魔物に両手をかざす。
「
俺は右手から
俺が魔物の氷像を砕いているうちに、大男だった魔物が立ち上がろうとする。俺はそれを阻止するために魔物を右足で踏みつけると右足裏から
足から
俺が大男だった魔物に対処しつつ、空中に上がることが予想外だったのだろう。空振りしたのが信じられないと言わんばかりに目を見開いている。
「
俺の両手から放たれた雷撃が生み出された最後の魔物に直撃する。眩い光と轟音があたりに溢れ、魔物は消し炭になる。
しかし、未だ消えない雷撃は一番近くにいた大男だった魔物に飛び火する。
「ウウゴオアアアアアアアア!!!!」
魔物は咆哮すると雷撃に取り憑かれた両足を自身で切り取る。雷撃は切り捨てられた両足が消し炭になると霧散した。
魔物に目を向けると、なくなった膝から下が生えてくるところだった。肩で息をしている魔物は先程より若干細くなったように感じる。回復や再生には上限があるということだろう。
「再生しても無駄だ! 跡形もなく消し去ってやるからよ!」
──────
「あの男……ものすごく強かったんじゃな……」
「当たり前だ……あいつ……あの方は……勇者の末裔だぞ……」
『血族』の女の言葉にルーリィは目を丸くする。
「急に何を言ってるんじゃ? お主は……」
「勇者様の瞳は燃えるような真紅だったそうだ……。そんな瞳の色をしているのは歴史上で勇者様だけだ」
ルーリィは顎に手をやり、様々な人種を思い浮かべる。
「確かに……見たことないのう……。でも、あの男の瞳は赤くなかったぞ?」
「先程、私に話しかけてきた時の瞳は真っ赤だった。……色が変わる条件があるのかもしれない」
「なるほどのう……しかし、勇者の目が赤いなどと初めて聞いたぞ?」
今度はルーリィの言葉に女が目を見開く。
「そんな馬鹿な! 『血族』には古くからそう伝わっていた。……だが、よく考えてみれば……私も『血族』の一員になって初めて聞いた気がするな……」
「改めて考えてみると妙じゃな。救世の英雄なのに魔王を倒したという話しか後世に伝わっておらん……」
「そう言われれば変な話だな……『血族』だけが知る情報があるのも妙だ……」
(もしかすると……意図的に勇者に関する情報が改竄(かいざん)されておったのか? そうだとして、それをする意味は何じゃ……)
ルーリィは顔を上げ、女を見上げる。
「お主、勇者の末裔である『あの男』に協力する気はないか?」
「協力?」
「ああ。勇者に仇(あだ)なす一派がいる可能性もある。お主らの知っている情報を知りたいのじゃ」
女は目を瞑(つむ)る。
「……彼が望むなら……協力しよう……」
「決まりじゃ。あとは……あいつが勝つのを待つだけじゃな」
──────
魔物は衝撃波が通じないと判断し、接近戦を仕掛けてきた。両手足を振るう他に体の至る所から触手を生やし、トリッキーな攻撃を繰り出してくる。
しかし、俺はそのすべてを見切り、躱す。絶えず攻撃していれば俺が反撃できないとでも思っているのだろうか?浅はかだ。
俺は魔物の右拳を
魔物は凍りついた部位が砕けるのも構わず、無理矢理に体を動かして俺から距離を取る。体勢を立て直す時間をやるつもりはない。
「光り輝く神の手をその目に焼き付けろ!!
俺の右腕横に巨大な光り輝く右腕が現れる。俺はその腕を手刀の形にすると魔物に放ち、その胴体を貫いた。魔物は自身の胴体に掌部分まで突き刺さった光の腕を抜こうと、左腕の他に再生した右腕や触手も使うが効果はない。
そんな魔物の様子を俺は鼻で笑うと、最後の呪文を唱えた。
「
俺が呪文を唱えると同時に魔物に突き刺さっていた光の腕が眩(まばゆ)い光を発し始める。光は球体となり、魔物をスッポリと覆った。
次の瞬間、球体が閃光を放つと霧散し、跡形もなく消え失せた。魔物の姿もない。
魔物の消滅を確認した俺は振り返ると、『血族』の女に詰め寄った。
「お前には聞きたいことがある」
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