追撃の空

 城内。第二王女のラスティが執務室で書類を確認していると窓を軽く叩く音がした。窓を開けるとバルコニーには一人の男。ラスティが側近とは別に雇った人間の一人だ。元軽業師で王都内で暮らしている。


「何かあったのかしら?」


「ええ。第四王女が『血族』に拐われましたよ」


「そう」


 宰相の執務室で聞いたルーリィの誘拐計画が実行されたことを聞いてもラスティは眉ひとつ動かさなかった。


「それだけかしら?」


「それと……第一王女が第四王女救出の人員として、その場に居合わせた脱獄囚を指名したそうです」


 ラスティが目を見開き、男を見る。


「それは……本当か?」


「はい。騎士団の者に聞いたんで間違いないかと。しかも、だそうです」


 その報告に思わず笑みをこぼしながら、ラスティは男に金貨の入った袋を渡し、下がらせた。


(あの堅物が勅令を……これは、願ってもないチャンスね)


 ラスティは急いで書状を纏めると隣の部屋に待機していた執事を呼んだ。


「この書状を宰相閣下へ。こちらは衛兵総長に渡しなさい。急ぐのよ」


 執事はその命令を了承すると疾風のように駆けて行った。


「後は念押しも必要よね」


 ラスティはそう言って微笑むと執務室を後にした。



──────



 王都南東の上空。ワイバーンが風を切り、一直線に飛んで行く。


「大丈夫か? 一旦、下に降りるか?」


 先頭を飛ぶワイバーンにまたがった操者そうしゃがワイバーンに掴まれている大男に声をかける。


「時間が惜しい。このまま行け」


 大男の返答に操者は肩をすくめた。

 大男は左手で自分の折られた右肘に触れる。妙に熱く、脈打っているのがわかる。砕かれた指の方は既に治っていた。


(一体……俺の体に何が起きているというのか……)


 大男は自分の回復力に疑問を抱いた時だった。妙な違和感を覚えたのだ。


「おい! 追手は大丈夫なんだろうな!?」


「はあ?」


 大男からの突拍子もない言葉に操者は呆れるが、一応確認するため一番後ろを飛んでいる者に大男と同じ問いを投げ掛ける。


(ワイバーンに追いつける馬がいるわけねえだろう)


 そうは思ったが、一番後ろを飛んでいた操者はワイバーンを止め、後方に向き直るとワイバーンに匂いを嗅がせる。ワイバーンが一点を見つめ、鼻をヒクヒクと何度も小刻みに動かす。その反応、その時の顔の向きに操者は唖然とするが、手綱を握りしめるとワイバーン編隊に全速力で合流する。


「どうだった?」


 答えはわかっているというニュアンスを込めて先頭の操者が確認する。


「追手だ! しかも、空を飛んできてやがるぞ!」


「何!? それは本当か!?」


 予想外の返答に先頭の操者は焦りを覚える。


「俺に任せな!」


 索敵を行なった操者が声を張り上げる。


「できるのか?」


「そのための俺達だろう?」


 このワイバーン編隊のワイバーンは十騎。内、六騎が王都襲撃班を乗せている。最後尾の四騎は万が一の場合の予備であり殿しんがりなのだ。


「追手を砦まで連れて行くわけにはいかん! この場で処分しろ!」


 大男が指示を出す。


「ハッハア! 史上初の空中戦だあ! 野朗共! 俺に続けえ!」


 一番後ろの操者が手綱を引くとワイバーンが回頭し、一団と反対方向に飛んで行く。襲撃班を乗せていない他の三騎もその後について行った。


(それにしても……)


 先頭の操者はワイバーンに掴まれている大男を覗き込む。


(ワイバーンでさえ、索敵して初めて捉えた追手を……コイツは何故わかったんだ?)


 大男はその視線を気にする様子もなく前を見つめていた。



──────


 王都を出てしばらく飛んでいると大地の様子が変わってきた。森や草原が消え、岩がゴロゴロしている荒野になったのだ。

 荒野の上空に入ってしばらくすると追っている一団に変化があった。四つの魔力反応が離脱し、こちらに向かってきているのだ。どうやら俺に気づいたらしい。

 気にすることなく進むと視界にワイバーンが入る。小さかった影が見る見る大きくなっていく。影は俺の姿を認めたのか、接近して来るのをやめ、その場に留まっている。


「「「「火炎呪文フレイメラー」」」」


 ワイバーンに乗っている奴らが唱えたであろう呪文が聞こえたかと思うといくつもの火球が俺に向かって飛んでくる。その状況に俺は鼻で笑ってしまった。俺は加速すると火球の弾幕をすり抜け、ワイバーン達の間を通り過ぎる。実際、このまま飛び続けてもコイツらを振り切ることはできる。しかし、奴らの砦が何処にあるのかわからないのだ。正面から援軍。後ろからコイツらという挟撃になってしまうと面倒臭いものがある。ここでコイツらは堕とした方が得策だ。

 ワイバーン達の間を通り過ぎた俺は停止し、ワイバーン達に向き直る。


「どうした? 遅すぎるようだが、その程度なのか?」


「テェメエエ!」


 俺の挑発に対し、先頭を飛んできた奴が激昂し、突っ込んでくる。他の三匹もそれにならう。

 俺はワイバーンが迫ってくると同時に呪文を解除し、自由落下を開始する。ワイバーン達も急降下し、俺を追ってくる。ワイバーン達は俺を追いながら、再度火炎呪文を放つ。


「何だ!?」


 ワイバーン達は自分達が放った火球に追いついてしまい、慌てて身をよじってそれを躱す。やはり、コイツらは空中戦の素人だ。ため、高速で行われる空中戦には不向きなのだ。

 地面が迫る。俺は再度飛翔呪文ハイラーフを唱え、地面の寸前で直角に曲がり、地面と平行に高速で移動する。

 ワイバーン達も同じように曲がり、追ってくるが、一匹が曲がり切れずに大地に激突する。

 他の三匹は脱落した一匹に構うことなく俺を追ってくる。俺は進行方向はそのままに体をワイバーン達に向け、腕を伸ばす。


光矢呪文コローキア


 俺の周りに現れた無数の黄白色の光の矢を次々とワイバーンに向けて放つ。放ち終わった俺はワイバーン達の意識が光の矢に向いている間にワイバーン達の上空に移動する。先頭のワイバーンは慌てて羽を羽ばたかせ、上空に移動することで光の矢を逃れた。しかし、他の二匹は躱しきれず、光の矢に体と羽をズタズタに引き裂かれ、墜落する。轟音と砂煙をあげながらワイバーンが転がっていった。

 上空に逃げ、難を逃れたワイバーンの上をとった俺は更なる呪文を放つ。


衝撃呪文インパクション


 強烈な衝撃波でワイバーンと乗っている人間を大地に叩きつける。ワイバーンも人間も生きているようだが、多くの骨折で俺を追って来ることは無理だろう。

 俺はルーリィ救出のために追撃を再開する。後ろからワイバーンに乗っていた男の悪態が聞こえた気がした。


──────



「駄目だったようだな」


 ワイバーンに掴まれている大男が呟く。


「な!? ワイバーン四騎が堕とされたっていうのか!?」


 操者の声を無視して大男は指示を出す。


「人質を乗せたワイバーンだけ先に行け。残りで追手を殺す」


 大男の指示通りに人質を乗せたワイバーンは砦へと向かい、他の五騎が回頭し、クロウへと向けて移動を開始した。



──────


『血族』の奴らとはまだ距離がある。それにもかかわらず五つの魔力反応がこちらへ向かって来ている。『血族』にも魔力探知を行える奴がいるのか? それとも、他の索敵技術があるのだろうか?

 まあいい。答えが何であっても構わない。相手に戦う意思があるのなら、撃退するまでだ。


極爆呪文イクステラージョン


 俺は自身の魔力を抑え、探知されないようにすると呪文で俺と同じ大きさの光球を作る。こちらへ向かって来る一団に対して光球を発射し、俺自身は魔力を抑えたまま低空へと移動する。

 奴らはどう出る?


──────



 大男は追手の様子に変化があることに気づいた。


(何だ? さっきまでと感じが違う……)


 大男に違和感の正体はわからなかったが、追手に変化があったことは確信していた。


「前方に呪文を打ち込め! 早い呪文だ! 敵の出鼻を挫け!」


 大男の指示に他の者達が思い思いの呪文を放つ。放たれた呪文が空の彼方に消えたかと思った瞬間、光り輝く球体が空に生じ、一瞬で消える。遅れて凄まじい轟音が鳴り響き、音と共に衝撃波が一団を襲った。


「!?」


 大男は再び違和感に襲われる。光の球体から放射状に放たれた衝撃波。その衝撃波も綺麗に球体を形作ったまま拡がっていくはずである。しかし、大男は衝撃波が欠けているような気がしたのだ。自分の前にいるワイバーン達に当たった部分の衝撃波も欠けている。だが、それとは別に……



──────


『血族』の一団が光球に対して呪文を放ったようだ。俺はスピードを上げ、一団の真下へと移動する。爆発に混乱しているところを奇襲するためだ。『血族』の呪文が当たった光球が爆発し、轟音と衝撃波を辺りに撒き散らす。爆発の衝撃でワイバーン達が煽られ、爆発と体勢の制御に意識が向けられているのがわかる。俺は一団に攻撃を仕掛けるため、急上昇する。


「下だ!! 散開しろ!!!」


 大男が絶叫し、密集していたワイバーン達が広がる。俺の攻撃は空振りに終わり、俺自身ワイバーンの集団を素通りしてしまう。


「上だ! 撃て!」


 大男が指示を出し、様々な呪文が俺に向けて放たれる。俺はその弾幕を躱しながら最も近くにいるワイバーンに接近するとワイバーンの頭を全力で殴りつける。頭を潰されたワイバーンは乗っている者達の悲鳴を残しながら墜落していった。

『血族』達が再び呪文を放ってきたので、移動しようとしたが、右足を引っ張られ動けない。右足を確認すると縄が巻きついている。縄を目で追えば、やはり大男につながっていた。回復呪文でもしたのか、すでに怪我は完治しているようだ。

 俺は足の縄を掴むと力一杯引っ張る。呪文で空中に固定され、踏ん張れる俺とワイバーンに掴まれているだけの大男では発揮できる力に大きな差がある。俺の力にワイバーンも対抗できず、大男を離す。俺はそのまま縄に繋がった大男を振り回し、大男を飛んでくる呪文にぶつけることで身を守る。

 仲間を撃ったことで動揺したのか、目の前の状況を理解できないからか動かないワイバーンに向けて大男を放ち、叩き込む。ワイバーンは墜落をまぬがれようと必死に羽ばたくが、飛ぶために必要な致命的な部位を負傷したらしく、落下していく。

 大男も落下していくが、ワイバーンが救出するために大男に向かって飛んで行く。俺がそのワイバーンに向かおうとすると別のワイバーンが割って入って来た。


「良いのか? 俺に不用意に近ずいて……衝撃呪文インパクション


 俺は眼前に出てきた一匹のワイバーンに呪文を放つ。呪文を受けたワイバーンは大男を助けに向かっているワイバーンに向かって吹っ飛んでいく。

 ワイバーンとワイバーンが接触する寸前、呪文を受けたワイバーンが真下に急降下した。どうやら、大男が縄を巻きつけ、引っ張り落とすことで軌道を変えたようだ。吹っ飛んできたワイバーンとの接触を免れたワイバーンは大男を背中で受け止め、確保する。


「不用意に近ずくな! 呪文で射殺すんだ!」


 大男の指示に従い、ワイバーン二匹が俺を中心に旋回し始める。俺から一定の距離を保ち、呪文を打ち続ける気らしい。俺が一方を攻撃しようとすれば、別の一方がそれを阻止するための攻撃を仕掛けてくる。

 こちらが両方に向けて同時に呪文を放てば、片方は上へ避け、もう片方は下に避ける。それによって、横向きの円が縦に変わっただけで俺を中心にしての旋回は終わらないのだった。


「良い手かもしれないな。……俺以外が相手ならな」


 俺は二匹のワイバーンを無視して、ルーリィを連れているワイバーンが飛び去った方向へ全速力で飛ぶ。置き去りにされた二匹のワイバーンが慌てて追ってくる。

 俺が追ってくるワイバーンの方に腕を伸ばす。ワイバーンに乗っている者達が警戒したのが手に取るようにわかる。俺の攻撃を、呪文を躱すために目を見開いている。

「それでは駄目なんだよ。閃光呪文ラシュカッ


 眩(まばゆ)い光が俺の手先で明滅する。あまりの光に視界が真っ白になっているであろうワイバーン達に接近すると二匹の頭を叩き潰し、撃墜する。

 思った以上に時間を食ってしまった。俺は落ちていくワイバーン達に見向きもせず、ルーリィを追って移動を再開した。


──────



 ワイバーンと共に墜落した大男はワイバーンがクッションになったとはいえ、一命を取り留めていた。しかし、全身の骨が折れており、身じろぎひとつできない。内臓も損傷し、耳や鼻、口といったあらゆる所から出血もしていた。


(どうなて……俺……生き……)


 まとまらない思考。なくならない意識。体の損傷が激しすぎるために痛みも感じない。


(なん……あ……つ……い……)


 痛みも感じなくなっている体に火がついたような熱を感じ始める。熱は全身を覆っていく。次第に痛みを感じるようになり、背中に大地が触れていることも感じ始める。折れていた骨が繋がりだし、体を動かせるようになってくる。出血も止まった頃、大男は自分の足で立ち上がる。しかし、その姿は筋肉も脂肪もなくなり、痩せ細ったものになっていた。


「いったいどうなっている!?……何故……俺は……立てるんだ……傷が治っているんだ?」


 他に身動きするものがいない中、その問いに答えるものはいない。だが、そんな自身の身体に対する疑問も突然襲ってきた強烈な空腹感の前に消し飛んでいく。腹が鳴る。自身の中から声が聞こえた気がした。


(喰エ。血肉ガ足リナイ。ナンデモ良イ。喰ウンダ)


 大男はフラフラと動き出す。食事をするために……。



──────


 全速力で飛んでいると遂にルーリィを乗せたワイバーンを視界に捉えた。ワイバーンの先には岩山しか見えない。砦に戻られる前に連れ戻せそうだ。

 ワイバーンもそれに乗っている者も俺が接近していることには気づいていないようだ。俺はワイバーンに近づいていく。ワイバーンの背中にルーリィはしがみつき、そのルーリィが飛ばされないようにするためか一人の『血族』がルーリィに覆いかぶさっていた。

 俺はルーリィに覆いかぶさっている『血族』を殴り飛ばす。


「どうし……!?」


 落ちていく『血族』の悲鳴にワイバーンの手綱を握っている者とルーリィが振り返る。俺の姿に目を丸くする『血族』を無視して、俺は唖然としているルーリィを抱き上げワイバーンの背中に手をつく。


衝撃呪文インパクション


 ルーリィを抱えた俺を残して衝撃波で胴体の潰れたワイバーンは落下していった。


「さて、帰るか」


「……何故じゃ……何故……お前が……」


「ん? 何が言いたいんだ?」


 ルーリィの言いたいことがわからず、俺は首をかしげた。


「お前は脱獄囚ではないか! わらわを……どうする気じゃ!?」


「どうする気って……王都に連れて帰るんだよ」


「お前のような犯罪者を信用できるか!」


 ルーリィが俺の腕の中で暴れ出す。


「暴れるな! 落としたらどうする気だよ!」


「お前のような犯罪者に利用されるくらいなら死んだ方がマシじゃ!」


「『血族』の前では大人しかった奴のセリフじゃないぞ!」


 俺の言葉にルーリィは大人しくなる。


「……しょうがないじゃろ……。王都内には……あいつらの仲間がいる可能性があるのじゃ……妾が抵抗したら、民(たみ)に危害を加えられる可能性がある……」


「確かにな……ってことは、お前を助け出したのも秘密にしなきゃならないのか……」


「王都内に入り込んでいる『血族』がいるのかいないのか。いるとしたら誰なのか。これがわかれば良いんじゃが……」


「『血族』の砦に行けば、確認できたかもしれないのか……。救出優先で砦探しを二の次にしてしまったな……」


 ルーリィが顎に手をやり、考え込むような仕草をする。


「妾を誘拐した者を一人でも生け捕りにしていれば、聞き出せたかもしれんが……」


「時間をかけられない空中戦で無理言うな。……って、いや、いるぞ。生きてる奴がいる」


「本当か!?」


 ルーリィが顔を上げる。


「ああ、最初に俺の追撃を邪魔してきた奴ら。あいつらの少なくとも一人は生きてる」


「何故、そう言い切れるんじゃ?」


「撃墜した後、動いた気がする。それに、俺に対して何か怒鳴っているのは聞こえたからな」


「そいつにアジトの場所を聞けば……王都内の『血族』もどうにかできるかもしれん」


 希望を見出したのかルーリィがニッと笑う。


「俺じゃなきゃ、そいつの場所まで行けないが、俺と一緒でいいのか?」


 我ながら、意地の悪い質問をする。


「フン! 清濁併せ呑むのも上に立つ者の資質よ。今はお前が有用なのじゃ。細かいことは気にせん」


「ま、それじゃ期間限定ですが協力いたしましょう」


 そう言うと俺は最初にワイバーンと戦った地点に向けて飛び立った。

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